beautiful sky -I-



 私はの部屋に飾られた写真立てを眺める。高等学校の入学式の日に撮った写真だ。私と――同じ顔、同じ体型、違うのは髪型と制服、あと性格も。
これまで私は自分が一番のことを分かっていると思っていた。いや、理解しているというよりもも自分と同じように考え、感じているものと思っていた。
性格は違えどは私が楽しい時は一緒に笑い、悲しい時は一緒に泣いていたから、ずっとそうなのだと思い込んでいたのだ。
しかし、それは違っていた。違っていると教えてくれたのは恩田兄弟と和泉だった。
幼馴染でずっと私たちの傍にいた和泉ならともかく、最近知り合ったような関係の恩田兄弟に「妹の心をもっと気遣え」と指摘されたことには反発もあったけれど、衝撃も大きかった。
わざわざ兄が入れ替わって注意しに来るくらいには私のことで思い悩んでいるのだろうかと、恥ずかしながら私はその時漸く自分とは違うと気付いたのだ。
翌日、恩田兄のことは伏せたけれど恩田冬弥から妹のことで注意されたと話したら、和泉は少し呆れたような表情で頷いていた。
和泉とは家が向かいなのでよく登下校が一緒になる。その間、恋愛観や人生観を語り合うことがあり、先日も「私が尊敬できる人がいい」などと私が理想の男性像を語ると和泉も頷いていた。
自分で言うのも何だけれど、私は昔から成績は優秀で運動も好きだったのでいつも一番だった。
和泉も何でもそつなくこなし、授業中寝ていたとしても試験前に教科書をざっと見るだけで満点を取るような天才肌。どことなく私たちが似ているのは互いに自覚している。
そんな私たちが尊敬できると思える相手はこれまで現れなかった。周りの友人に言わせると「理想が高い」のだそうだけれど、誰でも自分よりも優れている人を好きになりたいものだろう。
私や和泉の場合は基準となる自分が一般よりも高いのだ。――そんな私の考えを聞くと、和泉はその時も先程見せたような少し呆れたような表情で笑ったのだった。

「恩田くんってあの子のこと好きなのかな? まだ会って間がないのにね」

先日ことを思い出した私は、唐突に恩田弟の話題を出した。すると和泉の表情が少し強張る。こうなることが分かって私は言ったのだけれど。
少しくらい動揺させないと和泉は本音をなかなか話さない。動揺させて、和泉がこの前深く話さなかった理想の人の話を聞こうと思ったのだ。
そんな私の思惑が功を奏したのか、それとも和泉が空気を読んだのかは分からないが、私が理想の人の話をしてくれと頼んだら渋々だけれど話してくれた。
最近、和泉は尊敬できるということがどういう意味か考えているそうだ。彼にとっては学力や運動神経が優れていても素直に尊敬する存在にはならないと言う。
そうだとしたらとっくに私を好きになっている筈だと。私も確かにそうかもしれない。能力でいうと和泉は私よりも勝っているが、私は彼を好きではないのだから。

「じゃあ、和泉にとって尊敬できる相手ってどんな相手なの?」

そう尋ねると、彼にとっての尊敬は信頼に近いと言っていた。
人懐っこい和泉が信頼できる相手だなんてごまんといそうなのに、と思ったけれど何となく彼が言いたいことは分かる気がした。
それというのも私自身、昔からずっと親しくしているものの和泉のことを完全に理解できていないところがあり、その点で不安に思う時があるからだ。
私がそう話すと和泉は感心した様子だった。そして「思っていたよりも観察眼があるな」と言って笑った。彼の中で私は直感型で主観的な人間らしい。
そしてそんな部分があるから私のことを完全に信頼できないのだと話した。自分の価値観と違う部分があったら躊躇なく拒絶しそうだから、と。
それを聞いた私は否定も肯定もできなかった。ナルシストだと言われてもいい、私は自分が好きだし自分の生き方を気に入っている。
したがって彼の言うとおり自分の考えと違う人の意見を素直に私が聞き入れるかといえば、恐らくそうではないと思ったのだ。
勿論、クラスのHRなどで話し合いをする時などは客観的に人の意見を聞いて良いと思った部分は認めて取り入れている。しかし、私生活になったらどうなるか分からない。
それでも素直にそんなことを認めたくはないのだ。何故ならそれはあまりにも自分本位だと頭では理解しているからである。
その点、妹のはそういう部分が全くといっていい程ない。昔からあの子は少し気弱で言葉は少ないけれど誰にも優しくて、相手を否定したり拒絶したりすることはなかった。
そんなあの子はよく男の子たちからいじめられていた。自分よりも明らかに弱い存在だと子ども心に分かったのだろうし、好意の裏返しもあったのかもしれない。
男の子たちに囲まれているを見かけては私や和泉が駆けつけてその子どもたちを追い払い、あの子を守っていた。
そんな風に彼女を守るのが自分の役目だと思っていたのもあって、男子に対して見る目が厳しいというのも恋ができない理由でもある。
私がそんな思い出話をすると和泉は「本当に俺たちはを守っていたのかな」と呟いた。

「最近、気づいたんだ。守られていたのは本当は俺たちだったんじゃないかって」

そう言って彼は立ち止まった。どういうことなのか分からず私が意味を尋ねると彼はがいることで今の自分たちがあるのだと語った。
つらい時や不安な時、ふと立ち止まって振り向いた時、いつも後ろでが微笑んでいてくれるから頑張れるし自分に自信を持てるのだと和泉は言う。

「美空もそうじゃないか?がいつも傍にいて、心に寄り添ってくれるからお前はお前らしくいられるんだ」

そう言われて私は初めて知った。
楽しい時は一緒に笑い、悲しい時は一緒に泣いていたのはあの子が私と同じ気持ちを持っていたからではなく、私の気持ちに共感して想いを共有してくれていたからなのだ。
あの子が人を否定することがないのは、否定された相手の気持ちを考えるから。あの子が優しいのは相手を傷つけたくないから。
人の気持ちに敏感だからいつもは相手の表情や態度などちょっとした変化にも気づいていたのか――私の目からは涙が零れていた。
誰かを想って泣いたのはこれが初めてだった。

「嫌なことがあった日に限ってが一緒に寝ようとか言うの。この子ったらいつまでも甘えて…なんて思ってたけど、違ったんだ。
 私の異変に気づいて一緒にいてくれてたんだ」

これまでによってどんなに心が救われていたか、私は和泉と恩田兄弟のおかげでやっと気づくことができたのだ。

「尚更、離れできなくなりそう」
「暫くはそれもいいかもな。変な虫がつかないように」
「……例えあんたでもそう簡単にはを渡さないわよ。但し、あの子があんたを好きって言うんなら仕方ないけど」

そう言ったら和泉は何も答えず笑っていた。こういうところがひっかかるのだ。を特別大切に想っているのは分かるけれど、表に出そうとしない。
和泉が本気でを好きという素振りを見せたなら、私は心から応援するのに。

「綺麗な空……。の目にはどんな風に映ってるんだろう。私と同じ世界が見えてるのかな。
 感覚が鋭いあの子の目に映るのは眩いくらいに綺麗な世界なのか、それとも逆に物凄く怖くて汚い世界なのか……私にはきっと一生分からない」

その日の空は鳥肌が立ちそうな程に美しい茜色をしていた。
この空を見る度に私はその時のことを思い出し、に感謝しては自分本位な自身を省みるのだろう。


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