5月3日(火)


 いつもの夢を見たけれど、今回は最後の方が違っていたせいか夢見は悪くなかった。
夢の中でピアノを弾いていた人の顔は見えなかったけれど、男性だったような気がする。
私の知っている人だろうか。それとも私の心が生み出した実在しない人なのだろうか。
あの曲は実際に存在するのだろうか。もしかしたら街中やテレビで流れていた曲で微かに記憶に残っていたのかもしれない。
明日は公園にジャンルを問わず何でも売っている移動雑貨屋が来る日なので探してみようかな。


―メモ―
◆ピアノの夢を見る




5月4日(水)


 とんでもないことが起こってしまった。きっかけは美空の突発的な思いつき。「入れ替わって学校に行こう!」だって。
どうやら数日前から双子が入れ替わって活躍する小説がクラス内で流行っているらしく、それに触発されてしまったようだ。
見た目は変わらなくても、美空と私とでは中身が全く違う。
学力だけでなく明るくて面倒見が良い性格の彼女と入れ替わるだなんて。
短い朝食の間くらいなら両親も騙せるくらいに中身も真似することができるけれど、
学校で一日過ごすともなれば、絶対周りにバレるに決まっているから危険すぎると何度も言ったのだが……。
手を合わせて一生懸命にお願いする彼女の姿を見ていたらどうにも断れなくなって結局了解してしまった。
その日はテストや行事などもないし、もし怪しまれたとしても具合が悪いなどと言って最悪保健室に駆け込めば一日くらい大丈夫、という彼女の力説もあって
ドキドキしながら学校に行ったものの、教室に着く前に一人の生徒にバレてしまった。
運が良いのか悪いのか私のクラスメイトの恩田冬樹くんの双子の弟が美空の学校に通っていたのだ。
昔からの“双子は縁起が悪い”という迷信を今でも信じている人がいるからと、私も周りには秘密にしているけれど、まさか恩田くんも双子だったなんて驚いた。
今まで挨拶くらいしかしたことがなかった希薄な関係だったけど、何故か急に親近感が湧いてしまったなんて現金かな?
今日、出会った弟さんは冬弥くん(トーヤと呼んでだって)という名前らしい。
廊下で恩田くんと同じ顔が前から歩いてきた時点で凄く驚いたのに、目が合うなり無表情で「君、妹の方じゃないの?」なんて言われたから本当にびっくりして一瞬目の前が真っ白になってしまった。
家で冬樹くんから私の話を聞いたことがあったから何となく分かっただなんて、勘が良いにも程がある。
とりあえず「はじめまして」と自己紹介すると、少しキョトンとした表情を浮かべていた。
前からお兄さんに話を聞いていたせいか初対面のような感じがしないと言っていたけれど……恩田くん、家で弟にどんなことを話してるんだろう?
私たち姉妹とは違い、トーヤくんと冬樹くん兄弟は雰囲気も似ている。
トーヤくんはとても物静かで表情も硬く最初は少し怖かったけれど、でも、困ったことがあったら相談しろと言って何故か家の電話番号まで教えてくれた。
思ったよりもいい人で良かった。
そう言えば、以前、冬樹くんと席が隣になった時、光の反射で黒板が見えなくて顔をしかめていた私にノートをそっと見せてくれたことがあった。
表情はクールだけれど、優しい性格をしている兄弟なのだろう。

あと、心配していた休み時間は、和泉くんがいつも私…というか向こうは美空だと思っているのだけれど、
私のところに辞書を借りに来たり移動教室のついでに寄って話をしていったりしていたから、心配していた女友達との会話は殆どしなくて済んだ。
一応、美空から前情報のようなメモを貰っていたんだけれど、和泉くんのおかげで凄く助かった。
「遠山くんと幼馴染だなんて羨ましいなぁ」とは何度も言われたな。
でも、家がお向かいの幼馴染という存在だから昔から私たち姉妹は和泉くんと仲が良いのだけれど、美空と和泉くんは学校でいつもあんなに一緒にいるのかな?
初等学校から美空や和泉くんと別の学校に通っていた私は学校での二人のことは全然知らないから何だか新鮮だった。
それでも学校以外でも和気藹藹とライブに行ったり、他愛のないことで口喧嘩しては仲直りしたりしているから本当に二人はウマが合って仲が良いということなのだろう。
……そういえば、私はそこまで和泉くんとワイワイ騒いだりしたことがない。
課題を手伝ったり手伝ってもらったり、一緒に映画を見に行ったり、部屋でお互い好きな本を読みながらのんびり話したりする付き合い。
和泉くんは退屈ではないのかなと思うのだけれど、私は和泉くんと過ごす時間は心穏やかで好きだ。
きっと私たちにそれぞれ合う接し方をしてくれているのだと思う。
でも彼の中に優劣とか特別とかの感情は感じなくて、私を美空と同じように大切な友達だと思ってくれているのが何となく分かるから。
――そんな彼に入れ替わりのことを黙って過ごすのは何だかとても後ろめたい思いがした。
だけど、和泉くんに話したら美空のことをこっぴどく叱りそうだから、やっぱり内緒にしてた方がいいかなと思う。
和泉くんも好きだけど、美空のことも大好きだし、いつも元気な彼女がシュンとする姿を見るのはこっちも悲しくなるから。

そんなわけで、私はあまり大したこともなく過ごせたわけだけど、美空の方は大変なことになったみたいで。
明日する予定だった文化祭の出し物決めを急遽、今日することになったらしく……その話を聞いた瞬間嫌な予感がしたのだけれど、
まさか出し物が劇で、更に主役の一人に美空が立候補してしまっただなんて……本当に目の前が真っ暗だ。
美空らしいといえばらしいのだけれど、誰も手を上げようとしなくて帰宅が遅くなりそうな重い雰囲気になった為に、仕方なく「私が」と手を挙げたらしい。
本来の私だったら、どんなに教室の空気が悪くなっても完全に裏方を選んでいると思う。
周りの皆の為に自分が、と思う美空は本当に偉いなと思うと同時に、入れ替わっている私のことを考えて!と言いたかった……。
それでも、決まってしまったことは仕方がないし、シナリオ係になった冬樹くんができるだけ私の演じやすいような台本を作ってくれるらしいので、それに期待するしかない。
多分、彼は立候補後に私のことを思い出して落ち込んでた美空を励ますつもりで言ってくれたんだと思う。
当人の美空は「やっちゃった」という後悔に苛まれていたみたいだけれど、彼は私が空気を呼んで嫌々主役を引き受けたと勘違いしてくれたんだろう。
本当に恩田兄弟は優しい性格である。

更に美空がやらかしてしまったのは、うちの学校一人気がある留学生アイドルで私と同じく劇の主役となったクヴォレー=ロンディースに目をつけられてしまったこと。
放課後、劇の主役になってしまったことやクラスメイトの消極性にブツブツと悪態をつきながら中庭を通って帰っていたら、
草むらに寝ころんでいたクヴォレーくんに聞かれていたそうで、「お前、今まで大人しくてつまらない奴だと思っていたけど、二面性があるんだな」と笑われたらしい。
彼の言葉に腹を立てた美空が激しく言い返したみたいで、状況悪化。
そんな彼は真の二面性の持ち主だったようで、これまで天使のように可愛らしく皆から愛されているアイドルの姿は全て偽りで、
本来は「人を見下げて小馬鹿にした言い方しかできない器の小さい男よ!」――という美空の話だった。
それでも、美空がズバズバとクヴォレーくんの欠点を指摘したのが珍しかったようで逆に気に入られたらしく、「これから時々昼食に付き合え」と宣言されたそうだ。
恐らく付き合うのは昼食ではなく、彼の悪態にだと思うのだが……。
今さら入れ替わっていたとも言えないし、きっと劇でも主役同士関わりが頻繁にあるだろうから穏便に済ませたいのだけれど。
何度か昼食に付き合ったら飽きてくれるかもしれない。所詮、私は“つまらない奴”ですからー。……でも、実際当たっているのだけれど。
とそんなことを思っていたら、クヴォレーくんから電話がかかってきた。何で番号知ってるの?と思ったら連絡網のプリントを見たのだそう。
実際に私が彼と話すのはあれが初めてだったのだけれど、想像以上にお喋りな人だった。
話の内容は下級生に付きまとわれるのがうざいとか、媚びる女は嫌いだとか、今までの天使のような笑顔の彼のイメージが木っ端みじんに崩壊するもので、
ただ「そうなんだ」と相槌を打つしかできなかった。
そんな私に「今さら猫被るなよ」と言い放ち電話を切った彼にはさすがにため息が漏れた。
これからどうなるのだろう、私の学校生活……。

それでも、ひとまず劇関連は文化祭までの辛抱だし、21日が本番だからあと17日、土日は休みだから実質二週間もない。
そう思ったらなんとかなりそうな気もするけれど、逆にそんな短期間で人に見せられるような劇など自分にできるのだろうかと別の不安が出てくる。
でも、それこそなんとかするしかないか。
一生に一度の晴れの舞台だと思って、ひたすら頑張ることにする。


―メモ―
▼“移動雑貨屋”に行く
 CDにもMガムにも昨日の夢で聞いた曲はないみたい。
 雑貨屋のお姉さんに鼻歌披露した恥ずかしさを返して!

◎支出:なし
◎残高:500リーン
◎気になるアイテム:『お菓子作りの本』(900リーン)

◆トーヤくんの電話: J-DNEOCIEYP-PERRIE(内線 *c)
◆クヴォレーくんの電話; J-NEOISGTLA-TEIDMI(内線 *b)
◆“アイテム一覧表”を入手







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