5月5日(木)


 朝、家の前で和泉くんと会う。
昨日は美空になっていたから彼のことを「和泉」と呼び捨てにしなければならなくてとても違和感があったけれど、
今日からはまたいつも通りに接すればいいので、楽な気持ちで彼と対面できた。
「劇のこと大変だろうけど、お前は何でも一生懸命にやる性質だからうまくいくよ」って、何の根拠があって言ってるのかは分からないけど
和泉くんに言われると、何だかそんな風に思えてくる。不思議だ。

昨日のことを心配しながら学校に行くと、教室に入った途端に窓辺の席の冬樹くんに目がいった。
何となく親近感が湧いてしまった私は珍しく自分から挨拶をすることにした。
すると彼がやってきて、「昨日は大変だったね」と無表情で呟くように言った。
どうやらトーヤくんから話を聞いたようで、私が入れ替わっていたということも知っているらしい。
昨日、トーヤくんにお世話になったと話すと、冬樹くんも自分でよければ力になると言ってくれた。
劇のシナリオもほぼクヴォレーくんがメインの内容を考えてきてくれたらしい。
今まであまり話したことがなかったけれど、もしかしたら冬樹くんも私と同じで自分から人に話しかけるのが苦手なタイプかもしれない。
最初は緊張して理論立てて話せなかったけれど、彼は私の次の言葉を急かさずに待ってくれるので、次第に落ち着いて話ができるようになった。
これを機に仲良くなれたらいいなと思う。

一方、クヴォレーくんはというと、私の姿を見つけるとゆっくり近づき天使のような笑顔で挨拶してきたかと思うと、
「宿題見せろ」と周りに聞こえないような小さな声で言い放った。
「クヴォレーくんって学年上位の成績なのに、どこか分からないとこでもあったの?」とおずおず尋ねたら、
数学の証明問題が面倒臭くてやる気が起きなかったとのこと。
ノートを見ると計算式と答えは書いており、間の説明文や補足などは一切省かれている。
恐らく頭の中では順序立てて問題を解いているのだろうけれど、文字として表わすのが苦手というよりもやはり面倒臭いのだろう。
真面目なのか不真面目なのかよく分からないけれど、彼の教科書には所々に彼の出身地であるチャイラの言葉で何か書き込まれていて
自学で得たことことや、先生の言った何気ない一言などを細かく記しているようだった。
……とりあえず、昨日と今日で私に対しては上から目線な話し方が定着してしまったらしい。
そして「明日は昼飯に付き合え」と言われた。いつもクラスメイトに誘われない限り一人で食べているし、一緒に食事をするのは構わないけれども、
何だかクヴォレーくんの下僕になったような気分だ……。

帰宅した美空がトーヤくんに冷たい視線を向けられたと言っていた。
昨日、話した限りではそんな人じゃないと思うのだけれど。ただ表情が硬くて少しつり目なだけなのでは……?
そして「の周囲にろくな男がいない」と嘆く。
多分、今日のトーヤくんの態度と昨日クヴォレーくんの素を見てしまったからそんな風に思ったのだろうけど。
今まで異性の存在を特に気にしたことがなかったので、「そうなのかな?」と美空の言葉に微妙な表情で首を傾げるしかなかった。
すると今度は「今のところ一番気になる人って誰?」と聞いてきた。
周囲の人を思い浮かべた結果、クヴォレーくんの名前を挙げたら、美空は凄くびっくりしていた。
良くも悪くも、インパクト大だもの、彼……。


―メモ―
◎帰宅後の行動:読書




5月6日(金)


 冬樹くんの劇のシナリオが完成したので今日から劇の練習開始。
童話を基にした内容で、できるだけ演者に無理がないようにしかし意外性があるように作ったと言っていたけれど、
実際に台詞を読んでみたらとても演じやすそうだった。
私は長所も短所も見当たらないような柔らかい雰囲気の第二王子、クヴォレーくんは我儘で勝気な隣国の王女様。
まさか男女入れ替わるとは思っていなかったし、クヴォレーくんがそれを許可するとは思わなかったのだけれど、シナリオが面白いから演じてやる、だって。
確かに童話を基にしているのもあって、展開も分かりやすいしスッと入ってくる内容だった。
人物の詳しい設定は考えていないと冬樹くんは言っていたけれど、私の演じる第二王子はどこか私に似ている感じがした。
優秀な兄がいたり、両親から全く期待されていなかったり、何でも受け入れてしまう気の弱いところだったり。
これなら今まで劇の表舞台に立ったことのなかった私でも、なんとか演技できる気がする。
素敵なシナリオを書いてくれた冬樹くんに感謝しなければ。

そういえば、相手役のクヴォレーくんと初めて一緒に昼食をとる。
彼が天使のようなアイドルを演じているのは、いつか金持ちの娘と出会い、気に入られ結婚して逆玉の輿に乗ることを夢見ているからなのだそう。
彼にとってはお金が全て、らしい。あまりにもはっきり言うので逆に清々しかった。
こういう価値観の人もいるよね、と思う。
私もお金は最低限必要なものだと思うのだけれど……でも、今のところはお金が何よりも大事ってことはないかな。

今、私が大事なのは何だろう。
やっぱり家族なのだろうか。家族というよりも、美空かな。
あとは一人でのんびりする時間かもしれない。


―メモ―
◎帰宅後の行動:読書







次のページに進む     ▼メニューに戻る