不器用な彼女 ~プロローグ~
今は大学の春休み。この春から大学2年生になる私は友人たちと遊園地に来ている。
正直、人ごみは苦手だ。
それでもそんな私の手を取り、親友の観月夏香がどんどん先へと進んでいく。
「おい、夏香。あまり急ぐとあの2人がついて来れないぞ?」
「大丈夫だって。裕ちゃんは目立つから」
「確かにこんな全身黒い服を着た女がいたら目立つだろうが……」
「そういう意味じゃなくて~! もぉ、裕ちゃんってば自分の外見に鈍感なんだから」
そう言うと少し離れて後ろを歩く2人の青年に夏香が手を振った。
そんな彼女に1人は少しはにかみながら、もう1人は嬉しそうに手を振り返す。
――向かって右側、はにかみながら手を振った青年は高田緑。
私と同じ学科で、入学当初、席が近かったことから話す機会が多く、今では学科の中で一番話をする。
外見はスマートで吊り目なのでクールで神経質そうに見えるが、実際は穏やかで落ち着きがあり、とても大人だ。
次に、向かって左側。嬉しそうに手を振った青年は、蒼井匡。
同じ水泳同好会というサークルに所属している。
目が大きく童顔な外見からも伺えるとおり、人懐っこく明るいため、
出会った時から下の名前を呼ばれ、サークル以外でも話しかけられるようになった。
世間は狭いと思ったのが、彼らは元々高校時代の同級生で、寮が同室だったらしくその時から親友らしい。
しかし私は2人とも顔を合わせた時に挨拶をするくらいの仲だったのだが、今ではこのメンバーで出かけるのも、もう慣れたものだ。
そんな彼らとグループで遊びに行くようになったきっかけは、入学して1ヶ月後くらいに親友の夏香と学食で食事をしていた際、
彼らと遭遇し、夏香を紹介したところ、2人とも夏香の可愛さに一目惚れしたことが始まりだ。
彼らも互いの想いを知っているが、そこまで激しいライバルというわけでもなく、「好きなアイドルが同じ」くらいの気持ちのようだ。
私もそれぞれから軽い相談のようなものを受ける時もある。
唯一知らないのは、当事者の夏香だけだ。
なので、私を介して集まる機会が増え、今ではこうして外出するほどの仲になった。
「やっぱりシメは観覧車よね~」
私の腕に夏香が絡みつきながら目の前の大きな観覧車を見上げた。
そんな彼女の可愛らしさに私だけでなく、後ろの2人も頬を緩ませる。
「――すまない、母親から電話のようだ。 ……順番までに間に合わなかったら、3人で乗ってくれ」
自分たちの順番が近づいてきた頃、そう言うと私は並んでいた列から抜け、彼らに背を向けて携帯電話を開いた。
液晶にはただの待ち受け画面。
当たり前だ。
余程の用がない限り、母親は忙しくて電話なんてかける人ではない。
……それでも、私にはこのくらいしかできない。
2人を同時に応援するなんて、やはり物理的には無理だ。
ただの待ち受け状態の携帯を耳に当て、彼らの様子を見ると、ゴンドラに乗ったばかりの夏香がこちらに手を振っていた。
携帯を持っていない反対の手を上げて彼らを見送る。
あの2人が、もっと夏香と仲良くなれますように――
「でもさ、裕ってちょっと変わってるよな」
ゴンドラから下を見下ろしながら匡が口を開く。
「あぁ、とても落ち着いてて同い年とは思えないよ」
穏やかに緑が答えた。
「落ち着いてるっていうか、殆ど無表情だよ?
最近は結構話してくれるけど、最初の頃とか単語くらいしか話さなかったし、言葉遣いも硬いしさぁ。 嫌われてるのかと思ったもん」
「……でも前よりずっと心を開いてくれてるよ、裕ちゃん」
匡の言葉に夏香は少し表情を曇らせながら視線を下の裕に落とした。
そんな彼女の言葉に2人は首を捻る。
「裕ちゃんってね、昔いじめられてたんだって。で、同じ時期に両親が離婚して。
転校することになっていじめからは逃れられたみたいなんだけど…」
――自分のことも人のことも信じられなくなっちゃったんだって。
それまで何も疑問に思うこと無く、自分は普通に生きてきたと思っていた。
寧ろ、自分から学級委員になったり、発表会など積極的に参加したり、目立つ方だった。
だがある時から、皆から存在を否定され、途端にそれまでの自分が壊れていった。
親は自分たちのことで忙しく相手にされず、相談できる人もいなかったし、一気に自分というものが分からなくなった。
それまでも両親から相手にされなかったのにクラスメイトにまで拒絶され、今までの自分をすべて否定されたような気持ちだった。
それから自分が嫌いになった。
きっと自分は自らは気づかないけれども、人に不快感を与える存在なのだと思ったから。
だから人と話すのが怖くなったし、自分の気持ちや感情を相手に伝えることすらできなくなった。
「――今も自分からは話しかけられないみたいだけど、話しかけられたら普通に話もできるようになったみたいだし、
昔に比べたらずっと穏やかな表情してるから、少しずつ傷は癒えてると思うんだけどね」
大学生になって初めて裕の部屋に泊まりに行った時に聞いた話を彼らに軽く話す。
匡と緑は神妙な面持ちで沈黙していた。
しかし緑がゆっくりと口を開く。
「そうか……。そういえば、初めて話しかけた時、少しギクシャクしてたな。
今でもあんまり同級生の子とも話さないし。…そういうのが苦手だったんだね」
「サークルの時も誰とも話さずに黙々と泳いでるもんな~」
「でも、2人は裕ちゃんのこと、大切にしてくれてるから嬉しい。ありがとう」
夏香がニコッと笑うと、2人は照れた様子で笑った。
「裕ちゃんって外見が美人でクールだし、口調もあんな感じだから怖そうだけど、凄く優しくて純粋な子なんだよ。
だからこれからも裕ちゃんのこと、宜しくね?」
「「うん」」
何だか夏香と裕の関係がとても深いことを感じ、匡と緑は微笑ましく思う。
「そういえば、どうやって2人は友達になったの?」
観覧車が頂上を過ぎる頃、匡がふと疑問に思い口を開いた。
「高校2年の時にね、あることがきっかけで仲良くなったんだ。
それまではさ、私も裕ちゃんのこと、怖そうな人だなって思ってたんだけど、
こっちからしつこいくらい話しかけてたら、凄く可愛い人ってわかってね~」
夏香は高校時代の話をし始める。
彼女らは高校2年の時に知り合った。
丁度、夏香が同級生の女子に因縁を吹っ掛けられていた時に助けてくれたのが裕だったのだ。
当時の裕は授業以外では殆ど口を開かず表情も変わらないことから、周りから「人形みたい」と悪い意味で時々噂されていた。
そんな噂は同級生の夏香の耳にも入っており、集会の時などに遠くから見かけて
「あぁ、確かに綺麗な顔立ちで人形みたいだなぁ」と思っていた。
尚且つ、裕の成績は学年トップ。
「ロボットじゃないの?」と言われることもあり、皆から敬遠されていた。
そんな彼女が突如、夏香の前に立ちはだかると、それまで夏香にグジグジと悪口を言っていた女子たちはすぐに逃げ出した。
「美人の無言の威圧感に勝るものはない」というのは、その時に頭に浮かんだ夏香の格言だ。
その後、お礼を言うと「別に私は何もしていない」とすぐに立ち去ってしまったが、
次の日、クッキーを作って持って行くと、口ごもりながら「あり…がと…う」と言われた。
そうして目の前でポリポリと食べると、美味しいと言ってくれた。
しかし、当時付き合っていた彼氏に余ったクッキーをあげると、「なんだこりゃ」と言っていた。
どうやら粉っぽいやら苦いやら石のように固いやらで、美味しいものではないとのこと。
それを彼女は美味しいと言ってくれたのだ。
次の日の昼休みも彼女に会いに行った。
クッキーのことを謝ると、フルフルと首を振り、今度は彼女がクッキーをくれた。
今まで料理やお菓子を「美味しい」と思えなかったけれど、そのクッキーは凄く美味しいと思った。
美味しい、と言うと彼女は「…よかった」と少し頬を赤くして顔を逸らした。
「あぁ、この人は照れ屋さんなんだ」と思った。
そうと分かったら、無表情と思えた彼女の顔から次第に感情が垣間見えてきたような気がした。
ふと笑った顔が見たいと思い、それからは毎日彼女に会いに行った。
「裕ちゃんって呼んでいい?って言った時、凄く照れて赤くなっちゃってさ~。 めちゃくちゃ可愛かったよぉ」
当時を思い出しながら夏香は目を細めて笑う。
そんな彼女の話が終わる頃には、ゴンドラが終了する地点が近づいてきていた。
「裕ちゃ~ん!」
ゴンドラから降りて第一声、夏香が出口の所で待っていた裕目掛けて走り出す。
そんな彼女を見て手を軽く上げる裕の表情は、ゴンドラに乗る前と比べるとずっと優しく見える気がして
不思議な気持ちになりながら、匡と緑も裕の下へと歩いた。
「眺め、綺麗だったよ!私は喋ってばかりだったけど」
「そうか、よかったな。もう満足か?」
「うん!じゃあ、帰ろっか」
よしよしと夏香の頭にポンポンと手を乗せ心なしか微笑んでいるように見える裕。
そうして4人は出口のゲートに向かって歩き始めた。
すると匡が裕を呼ぶ。
「裕、乗れなかったし、観覧車からの眺め撮ったから写メ送るよ。俺の気持ちが入った特別な写メだぞ~」
「…っあ…りが…と……」
冗談っぽく話す匡とは反対に、裕の表情は固まりカクカクと口がゆっくりと動く。
すると数秒後に匡からメールが届いたようで、裕は立ち止まって携帯を確認する。
そんな裕に気づかず匡と夏香がどんどん歩いて行ってしまうので、緑は立ち止まって彼女の方を振り返った。
「吉永さん、あの2人に置いていかれ――」
緑は裕の目線がある人物を捉えているのに気がついた。
彼女の目線の先にいる人物、それは匡。
そして彼を見つめる彼女が何だかとても――可愛いらしく見えた。
夕日のせいか?
いや……違う。
もしかして、吉永さんは――
「どうかしたか?」
裕と目が合う。
緑はハッと我に返ると、前の2人を指差した。
「早く行かないとあの2人に置いていかれてるよ、俺たち」
「ホントだ。あの2人は最後まで元気だな」
そう言うと裕が歩を進める。
そんな彼女の一歩後ろを歩きながら、緑は斜め後ろから彼女を見つめた。
彼女の過去を知ってしまったからか、これまで少し近寄りがたい雰囲気を感じていたのに、
なぜだか今の裕はとても脆くて儚く、夏香以上にか弱い女の子のように思えた。
続きますよ、勿論。
さぁ、サイト2周年記念(?)の新作。
基本的に私の描くヒロインさんは皆不器用なのですが、
この物語のヒロインさんは群を抜いて不器用です(笑)
そういう女の子って可愛いじゃないですか(=´∇`=)
(男目線な奴…)
一気に第6話まで更新なので、まだまだ続きます。
どうぞ楽しんでいってください^^
吉永裕 (2007.9.25)
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