不器用な彼女 第5話
「ちゃんが珍しく騒がしい中にいると思ったらそんなことがあったの〜?」
少し遅れて学食にやってきた夏香は、匡から話を聞くと驚いた様子で口を開いた。
「私は第一印象が悪いから、よく知らないけどいい人とは思えないけどさぁ、実際、中学の時はどんな人だったの?」
そうして目の前のタルタルソースのかかったエビフライをつつきながらの顔を覗き込む。
「…あまり話したことがなかったから……。 覚えてるのは…皆に人気だったことかな」
さすがにこのメンバーの前で「いじめられたきっかけがヤツだ」とは言えなかった。
特に夏香がそのことを知ってしまったら、今から彼の家に乗り込んでぶん殴りそうだと思った。
なので黙っておくことにする。
「話したことない割には凄い仲良かったじゃん〜」
「…まぁ何というか……再会後、昔のことは一切忘れて仲良くしよう、という話になってな」
身体を乗り出すようにして匡が尋ねると、は話せる範囲のことを答える。
「忘れなきゃいけないような出来事でもあったわけ?」
「――え…いや……特にそういうわけでは……」
緑の尋問のような冷静な声には思わずピクリと反応するが、気を落ち着けて普段通りに接する。
こういう時は自分が無表情でよかったと思う。
「まぁでも、これからお隣さんだし、仲良くしとくに越したことはないよ〜。
会う度にギスギスするなんて嫌でしょ?」
匡はいつものように明るい調子で屋台で買った焼きソバを口に運ぶと、夏香もうん、と頷いた。
「確かにある程度は話せる仲の方がいいよねぇ。 でも、ちゃん。安心して!
もし何かいじめられたり迷惑なことされたら私が文句言ってやるから!!」
「そうそう、俺も緑も何かできることがあれば力になるからさ!」
「うん。何か困ったことがあったら遠慮せずに言ってね」
「…あぁ、ありがとう」
友人たちの優しさに感謝しつつ、は緑とお揃いのトマトと茄子の冷製パスタを口に運んだ。
「お、今帰りか?」
夏香と一緒にアパートに戻ると、駐輪場の方から声が聞こえてきた。
声のした方を見ると、自転車の前に幹が立っている。
「…こんにちは」
様子を伺うように夏香が挨拶すると彼は「どーも」と笑顔を向けた。
「自転車…買ったのか?」
「あぁ。バイト先がちょっと遠いからな」
「…入学早々もうバイトを始めるのか?……偉いな」
「だっていっぱい欲しいものあるしさー。 ――2人はバイトしてるの?」
自転車を駐輪場に止めながら幹が尋ねる。
そんな彼の背中に向かってはあぁ、と答えた。
すると幹はへぇ〜、と驚いた様子で振り返る。
「…、どんなバイトしてんの? 接客業とかは…無理そうだし、ね?」
そう言うと夏香に同意を求める。
夏香はそうかなぁ、と気を利かせてそう言っているが、自身も無理だと分かっているので反論はしなかった。
「小さな洋服屋で裏方の仕事をしているんだ。
……データ入力とかホームページの管理とか、そういうコンピュータの操作は好きだから」
「へぇ…普通に社員みたいじゃん」
「そこまで責任のある仕事じゃない。 ご厚意で雇ってもらってるようなものだ」
「ふーん。なるほどね。 そちらの友達は?」
「私は大学前のコンビニ〜。 良かったらいっぱい買い物して貢献してください」
そう言って夏香は営業スマイルをして見せた。
普段からニコニコしているので、営業スマイルといってもあまり大差ない気もする。
「あ、接客業似合いそー。 客から声とかかけられたりしない?」
「あはは、あるある。いきなりメモとか渡されたりとか。
でも、相手のこと何も知らないし、何か怖い気がするから申し訳ないけどすぐにシュレッダー行き」
幹の言葉に夏香はニコッと笑う。
確かに夏香はよくメモのようなものを貰うらしい。
バイトをし始めた頃は、貰ってすぐに捨てるのが申し訳なくて家に持って帰ってビリビリ破いて捨てていたが、
最近は他の店員やバイトの人にも周知の事実ということもあって、
交代の際や、商品の置き換えの際など裏に行った時に店のシュレッダーでバリバリ処分しているそうだ。
それを聞いたは、可愛い子は大変だなぁと思った。
まさに夏香は自分の部屋にある少女漫画の主人公のような女の子。
そんな子がいつも行くコンビニにいて笑顔を向けられたら、誰だって好きになりそうだ。
「えっと…貴方は――」
「あ、俺、春日幹ね」
「じゃあ…春日くん。 春日くんは何のバイトをするの?」
「俺は家庭教師。っていっても小学生相手だけど」
「…」
幹の言葉には少し驚く。
「チャン、お前が教えられるのかって今思ったでしょ?」
「い、いや、別に…っ。 ただ、子どもが好きなのかと思って」
そう言うと、彼は今まで見たことないような顔で微笑んだ。
「うん、すっげー好き。 俺、幼稚園の先生か小学校の先生になりたくってさ」
「え…そうなの?」
幹がそう言うと、意外な様子で夏香が言葉を漏らす。
「似合わないでしょ」
「え…あ、まぁ何ていうか……ねぇ」
事実、見た目が軟派そうなのと、今までのに対する行動を見聞きしている夏香は教育者としての幹が想像できない。
「だって似合わないって思うだろ?」
「…」
今は苦笑しているが、先程の幹はとても希望に満ちた表情をしていた。
本当に子どもが好きで、その職業を志す上で家庭教師というアルバイトを選んだのだと思った。
「…私は、いいと思う」
「え…?」
「幼稚園教諭も、小学校教諭も、子どもたちの一生を左右するかもしれない重要な職業だろう?
それを志すというのは、それ相応の熱意と責任感が伴うことだと思う。 何より、子どもが好きという気持ちが最も必要とされる筈だ。
……だから、春日だったら大丈夫だよ」
思わぬ言葉を受け、幹はポカーンと口を開けたまま固まった。
しかしすぐに穏やかな表情でを見つめる。
「…やっぱりお前って変わってるよなぁ」
――俺の夢を肯定されたの、初めてだ。
そう言って少し嬉しそうに笑った。
そんな幹を見るの表情も、夏香の目には穏やかに映って見えた。
何気に続きます^^;
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