不器用な彼女 第6話
入学式や新フェスも終わり、授業が始まる頃になると忙しい日々に戻る。
学年が2年になり、今までよりも専門科目の授業が多くなるのが嬉しい反面、農学部では実験などが増え、更に内容も濃くなってくるので
毎回きちんと理解していないと試験前に大変なことになってしまう、という事態が2年次から起こるらしい。
また農学部は、2年次までに必修とされる受講時間数が決められており、それを割ってしまうと、3年に上がれないというシステムになっている。
なので次第に皆、1年次のキラキラした雰囲気から一転、少し疲れたような表情になってくるのだった。
――そんな授業の始まりの慌しさが漸く収まり始めたGW前日。
「ゴホっゴホンっっ…」
「…、風邪か?」
ゴミを所定の場所に持って行くと、後ろから声をかけられた。
そこには同じくゴミ袋を持った幹が立っている。
「…あぁ、少しな」
声が掠れて、普段以上に声が小さくなってしまった。
聞き取り難かったのか、彼は一歩近づく。
「風邪に少しもいっぱいもないだろ? 休みの間、ゆっくりしとけよ」
「…あぁ」
そう言うと幹に背を向けてアパートに戻るが、すぐに彼が追いついてくる。
「何かあったら言えよ。 動けない時は買い物くらい行ってやるから」
「…春日……」
がぽかーんとして固まっていると、さっさと彼は彼女を追い越して部屋に戻っていった。
ありがとう、くらい言えばよかったと思いながらも、何だか違和感を感じてしまう自分がいる。
あんなに彼は歩み寄ってくれているのに、未だに構えてしまう自分が申し訳なく思えた。
昼食後、あまりにも体がだるかった為に市販薬を飲んで横になっていたが、
どうやら眠ってしまったらしく、目を覚ました時には窓の外は暗くなっていた。
時計を見ると19時半頃。 自分でもよく眠ったな、と思う。
それでも寝すぎたのか、風邪のせいなのか、激しい頭痛に襲われ身体が動かない。
明日から休みだし1食くらい抜いてもいいか、と思い再び目を閉じるが、
『ピンポーン』
と呼び鈴が鳴った。
仕方なく重い身体をゆっくりと起こし、壁を伝うように玄関の方へ向かっていく。
少し髪の毛を整えてドアを開けると、幹が立っていた。
「大丈夫かよ?死にそうな顔してるけど」
「……あまり…」
力なくそう言うと、幹は心配そうにを覗き込んだ。
幹の顔のアップに瞬間ピクッと身体を硬直させるが、身体が動かないので急いで離れることもできず、じわじわと離れていく。
「昼間からずっと静かだったから飯も食べずに倒れてるんじゃないかと思って」
彼は持っていたスーパーの袋を顔の位置まで持ち上げて見せた。
「大したもんは作れないけど、俺が作るから一緒に食わない?」
「……あ…ありがとう…」
熱のせいかぼんやりとした頭で口を開く。
すると彼に背中を押されてベッドに戻された。
「熱測った?」
「いや…」
「身体、熱いぜ?病院に行った方がいいんじゃない?」
「…大丈夫だ。それに明日から病院は休みだろ」
そう言うと彼はスーパーの袋からごそごそと何やら箱を取り出して封を切ると、
中から熱を吸収する冷却シートを取り出し、の額にぺたりと貼る。
「冷たい…」
「文句言わないの。じゃあおとなしく寝てろよ」
そうして彼はシンクの前に立ち、何かを作り始める。
するとトントンと軽快な包丁の音が聞こえてきた。
その音にうとうととまどろんでくる。
「…、飯作ったけど――」
「ん」
幹の声で目が覚める。
部屋はいい香りで満ちていた。
「…ありがとう」
「まぁ、味の保障はできないけど。 食べないよりはマシだろ?」
そう言うと彼が手を差し出す。 躊躇することなくすっとその手を取った。
そうしてテーブルの所までゆっくりと歩いていく。
テーブルの上には土鍋が置かれていた。
中身は雑炊。 ピンク色の物体が見えるので、鮭雑炊だろうか。
白い湯気まで美味しそうに見えた。
「じゃあ、いただきまーす!」
「いただきます」
初めて2人は一緒に食卓を囲む。
何だか今まで気まずく思っていたのが嘘のように、夏香と一緒にご飯を食べる時のような心地よさがあった。
「ん〜やっぱり誰かと一緒に食べた方が美味しいよなぁ」
「…あぁ」
シンクロしたようにが感じていたことを幹が口に出す。
同じ釜の飯を食うとはこういう連帯感をもたらすことを指しているのか、と思った。
「……美味しい。料理、得意なんだな」
「ホント?普段はあんまり料理とかしないんだけどさ。 俺、意外と器用だから何でもできちゃうんだよね〜」
子どもが自慢する時のように嬉しそうに話す幹。
こんな可愛らしい自慢話を聞くのは悪くない、と思う。
「だがお前は雑炊で足りるのか?」
「大丈夫・大丈夫。ちゃんとデザートも買ってきたから。 あ、の分も冷蔵庫に入れてるから調子がいい時に食べろよ?」
「…ありがとう」
「……今日は熱のせいか? 表情が何か柔らかく見えるけど」
「……そうかもしれないな」
静かにそう言うとは穏やかに目を細めた。
そうして、食事が終るとスポーツ飲料を飲まされ、ベッドに連行される。
きっと幹は先生を目指しているだけあって面倒見のいい性格なのだろうとは思い、彼の言うことに従いベッドに向かう。
「なぁ…」
「ん?」
ベッドに腰掛けると幹が肩に手を置いた。
「エッチするか!汗流したら風邪治るかも」
「……」
暫く状況が理解できずに考え込んでいたが、突如、の顔がボッと赤くなる。
「なななな何を言ってるんだお前は!」
「…チャン、反応遅すぎ」
ムスッとした表情で幹は頭の後ろで手を組んでみせる。
「わざとボケたのに無反応だと、物凄く恥ずかしいのはこっちなんだぜ?」
「あああんなボケがあるか! お前はいつも女子にあんな冗談を言ってるのか!?」
動揺してぜぇぜぇと呼吸を乱す。
そんな彼女を見てプっと幹は噴出した。
「毎度のことだけど、っていっつもそんな反応なワケ? 何か小学生よりもずっとガキ…っくくっっ!」
「…悪かったな」
プイと顔を背けると、はポツリと呟く。
――慣れていないんだ。
特に異性と関わるのは。
その言葉を聞いた幹は静かに口を開いた。
「…前もそんなこと言ってたけど、何で? 昔は男女関係なく皆と仲良かったじゃん」
彼の言葉にチクンと胸が痛む。
それと同時に5年以上前の記憶がぶわっと浮かんでくる。
小学生の頃から何かとお節介で、目立ちたがり屋で学級委員をしていた自分。
男子にも女子にも沢山友達がいたあの頃。
…しかし、あの日を境に――――
「――もしかして、俺のせい?」
「…っ…」
はビクッと肩を揺らした。
そうしてゆっくりと顔を上げる。
「…当たり、ね」
そう言って幹は皮肉な笑みを浮かべていた。
彼は今、一体何を考えているのだろう。
こちらの態度に怒りを覚えているのか。 それとも、あの時の自分の行動は正しかったと思っているのだろうか。
「…悪かったな。お前の人生、おかしくしちまったみたいで」
「そんな……っ――春日!」
そう言うと幹はバッと腰掛けていたベッドから立ち上がった。
の言葉も聞かず、玄関へと向かう。
「春日――違うんだ…っ!私は…っっ!!」
咄嗟に身体を起こしてベッドから降りて彼を追うが、足に力が入らずガクンと床に崩れ落ちた。
「――っバカ」
チッと舌打ちすると幹はの所へ戻ってくる。
そうして彼女の傍らに膝を下ろすと、彼女の腕を掴んで身体を起こさせる。
「何やって――」
「春日のせいじゃない。 …もしかするときっかけは春日になるのかもしれないが、
でも、私は自分が嫌になって…人にどう思われてるのか不安になったから、人と接することが苦手になったんだ」
「…」
「それまでの私は愚かだった。皆に見てもらいたくて愛されたくて…。 それでいい子を演じたんだ……。
お前はそんな私が嫌だったんだろう?…だから――」
「…、もういいよ」
ポロポロと涙を零すを包み込むように幹が抱きしめる。
「昔のことは、忘れてくれ…もう。 ――俺がガキだったんだ、お前は悪くない。 ゴメン…」
「…っ」
やっと心のしこりが取れたような気がした。
これで漸く今の幹を何の偏りもなく見ることができると思った。
「今から友達になれるかな、俺たち?」
「…あぁ」
はコクンと頷く。
「…にしても、って痩せてる割には結構胸が大きくて柔らか――」
「っなっっ!?」
ガッとは目を大きく開けると、物凄い勢いで彼から身体を離した。
「っ…ぷっ!」
顔を真っ赤にして離れるを見て、幹は噴出す。
「お前という奴はっっ…!」
「あはっ、ってやっぱり面白れ〜。 今まで全然そういう経験ないわけ?」
「っ…!」
がブンブンと振り回す拳を素早くガードしながら、幹は首を傾けて彼女の顔を覗き込む。
「いつものことだけど分かりやすっ。 …じゃあ――」
『ドサリ』
彼にぐっと肩を押されて、熱で力を奪われたは勢いで床に倒れ込んだ。
すると彼が馬乗りのような体勢で上から彼女を見下ろす。
「俺が1から順に教えてやろうか?」
「っ…こ断るっ…!」
「…チャンってホント、つれないなぁ。 でも折角の機会だし、キスくらいしとく?」
「いいっ!しなくていいからっ――!」
そう叫んだ瞬間、
「――ちゃん?」
『ガチャ』
とドアが開き、そこには夏香と匡と緑がポカーンとした様子で立っていた。
それでも続きます。
というわけで、一気に第6話まで更新でした。
しかしストックがなくなってしまったので…今後更新が遅くなります、きっと^^;
でもこんな感じの青春チックな(?)仲間の関係を書いてみたかったので
私的にはワクワクしております^^
次の更新までまたちょっと空くかもしれませんが、
どうぞ『不器用な彼女』をよろしくお願いします。
では、ここまで読んでくださったお客様、ありがとうございました☆
吉永裕 (2007.11.2)
追記。
ちょっと幹の台詞を変えました^^わかったでしょうか…?(2007.11.17)
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