不器用な彼女 第13話



 一大イベントの七夕祭も終わり、次にやってくるのは前期の試験。
そして試験が終わると2か月間の長期休業――即ち夏休みに突入する。
はその年の夏休みも前年と同じく盆前後にしか帰省せず、それ以外の日はバイトに行ったり、家でだらだらと過ごしたり、
夏香や緑と一緒に匡がバイトしている市民プールに遊びに行ったりもした。
時々夏香が泊まりに来て、夜遅くまでDVD鑑賞会をすることもあったし、幹に誘われてアパートの裏で線香花火をすることもあった。
夏香は去年も泊まりに来ていたが、今年は匡や緑、そして幹の3人ともかかわることが増え、それと同時に楽しい思い出も増えた。
誰かと一緒の楽しい思い出なんてここ数年は夏香と一緒の時のものしかなかったのに、今は、優しくて明るい友人らとの思い出ばかり。
とても幸せだと思う反面、もし彼女らを失ってしまったらと想像するのは酷く恐ろしいとは思う。
かといって彼らの顔色を異常に気にしたり、当たり障りのない無難な対応をするのはかつての優等生を演じていた頃の自分に戻ってしまい、
そんな自分を幹は嫌っていたのだからきっと他の者もそうだろうと考えて、結局、考えはぐるっと廻って現状維持に落ち着いた。
それに彼らは今の不器用で無愛想な自分でも受け入れ友人になってくれたのだから、色々と遠慮する方が失礼な気もする。
そもそも友情を壊すような言動をしないというのは人として当たり前の行動だし、そのくらいなら人とのかかわりに疎い自分でも判別できるだろうと考えて
友人らの優しさに甘えることにし、無理に自分を変えようとするのはやめた。
昔の自分はできないことでも笑顔で頑張ると言って取り組んでいたし、笑いたくなくても笑顔でいた。
両親の機嫌を良くする為に、少しでも喧嘩の種がなくなるように。
しかし、今はそんなことをする必要はない。
できないことはできないと言えるし、笑いたい時、勝手に顔は緩む。
当たり前のようで当たり前にできなかったことを漸く今、できているのだ。
それは心が自由であることの証であり、紛れもなく自分がであることの証。
友人らが今のを好いてくれる以上、無暗に身の丈に合わない飾りを身に着けるべきではない。

だが、自分の短所をきちんと把握しておかねば再び過ちを犯しかねないとは思った。
今まで何度か話す機会があったものの、幹は「俺が悪い」と言って謝るだけでいじめた原因をはっきりと教えてくれない。
そこを教えてもらわねば、無意識にまた同じような行動を自分が取る可能性もある。
そうなったら、漸く友達になれた幹との関係も壊れてしまう。
折角力を抜いて話ができるようになったのに、また気まずくなるのは嫌だ。

――そんなこんなで、いつか彼にちゃんと話を聞かねばと思いつつ機会を窺っていただったが、
その機会がやってきたのは、夏香の誕生日の12月3日だった。



 その日は匡、緑、主役の夏香、そして時々と匡を通じてこのグループに混ざるようになった幹も呼び、
の部屋でパーティーという名の食事会をすることになった。
今まで何度か一緒に鍋をしたこともあるし、試験前はこのメンバーで勉強会などもしてきた為、
彼女の部屋にこんなに大勢が集まるのはもう珍しくない。
最初は緊張していたも、今では皆が帰宅してしまうとふと寂しい気持ちになるくらい友人らに遊びに来てもらうことが好きになっていた。
そうしては大人数でも楽しめるように鍋の材料を揃え、下ごしらえをする。
暫くするとチャイムが鳴った。
玄関を開けると幹、匡、緑の3人が現れる。

「今日は場所を提供してくれてありがとう」
「――あ、もう用意してたの? ごめん、手伝うよー」
「いや、大したことはしていないから」

食後のお菓子やジュースの入った袋を両手に下げた緑と匡は部屋に入ると荷物を置いて器を並べるのを手伝い始める。

「じゃあ俺は飾り付けすっかな」

にそれっぽい装飾を作って欲しいと頼まれていた幹は、紙袋から大きめのビーズでできた飾りを取り出した。

「カーテンのトコにひっかけるけどいいか?」
「ああ、好きに使ってくれ。…それにしても結構手の込んだものを作ってくれたんだな。
 普通に部屋の飾りとしても使えると思うが……」
「まぁね、1日で捨てるのもなんか勿体ないしさ。実際に使えるようなものにしようと思って。
 こんなんでいいなら後でやるよ」
「本当か? ありがとう」

いつも雑貨屋などで部屋に下げるチャームのようなキラキラした飾りを見ては可愛いなぁと思っていたものの、
何となく買うのが恥ずかしかった為、はとても喜んで幹の言葉に頷く。

さん、鍋の水が沸騰してきたよ」
「そろそろ観月さん、呼んできたら?」
「そうだな。じゃあ悪いが鍋の昆布を取り除いておいてもらえるか?
 あ、鶏肉とか火が通りにくいのはもう入れていてもいいから」
「OK、OK! 任せといてよ」

鍋を匡と緑に任せ、は上の階の夏香を呼びに行く。
チャイムを鳴らすとバタバタと足音が聞こえてくる。

「そろそろ鍋の準備ができたから呼びに来た」
「うんっありがとう」

ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべる夏香。
彼女は多くの人と一緒にわいわいと食事をするのが好きだ。
自分の誕生日に集まってくれたことが特に嬉しいのだろう。
そんなご機嫌な夏香と一緒に部屋に戻る。
ドアを開け、夏香が部屋に入ってくると部屋にいた3人がパーンとクラッカーを鳴らした。
一瞬驚いて固まる夏香の頭をはくすっと笑って撫でる。

「「「「誕生日おめでとう」」」」

4人は揃って彼女にお祝いの言葉を言うと、夏香は頬を赤くして満面の笑みで首をコテンと傾けた。
そんな様子を見たには、嬉しさと照れが混ざり合い高揚感で気持ちが弾んでいる夏香の気持ちが何となくよく分かる。
彼女は母子家庭で育ったのでこんなに沢山の人に誕生日を祝われたことはあまりないのだ。
彼女の母親も優しく可愛らしい人で2人揃うと姉妹のようなとても仲が良くて明るい家庭なので、そのことを忘れそうになることもあるが
夏香の年上が好きという異性の好みや、極度の味音痴というか味覚障害はその部分からきているのではないかとは何となく思っている。

「えへへっありがとう!!」

ぺこっと元気よく頭を下げる夏香。
全員は主役である彼女を席に案内した。
そうして誕生日会が始まる。

「じゃあ幹事さん、乾杯の挨拶を」
「わ、私がか?」

幹に話をふられては硬直する。

「あーー、では僭越ながら挨拶をさせていただくぞ」

こほんと咳払いして背筋を伸ばすを見て匡は笑った。

「ちょっと、硬いよー。普通で大丈夫だからさっ」
「そ、そうか」

はもう一度、咳払いをする。

「夏香。20歳の誕生日、おめでとう。今年も一緒に過ごせて…嬉しい。これからも、よろしく頼む。
 ――では、夏香にとって素晴らしい1年になりますように」

夏香はにっこりと笑ってグラスを持った。
緑や匡、幹もグラスを掲げる。

「「「「「乾杯!」」」」」
「ありがとう、皆〜!」

部屋にカチンカチンというグラスの音と夏香の嬉しそうな声が響いた。









もう少し続きます。


本当はこの次でラストの予定だったんですけども長くなりそうだったので分けました。
ああ、こうやってどんどん長引いていく…orz
本当にあと2話で終わるのだろうかという気も。
でもがんばります!

ウイルスが流行っている中、不安な方もいらっしゃるだろうし普通小説も更新するのよそうかなぁと思ったのですが
楽しみに待っていてくださる方もいらっしゃるようですので、今まで以上にしつこくウイルスチェックをして安全な事を確認して更新することにしました。
更新が遅いのは変わらないとは思うんですけども…どうぞこれからもよろしくお願いいたしますm(__)m


吉永裕 (2009.6.1)


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