不器用な彼女 第14話
暗い中、コトリと控えめにコップを置く音が聞こえる。
はゆっくりと目を開けて上半身を起こした。
コタツの周りには夏香や緑、そして匡がそれぞれ横を向いたり仰向けになって寝ている。
先程の音を出したのは幹だったようで、彼はが起きたのを確認して「あ、起こした?」と頭を掻く。
「水、入れて来ようか」
「いや、いいよ。まだ眠いだろ? 寝てろよ」
「お前は?」
「なんか睡眠の周期が良かったみたいで、今凄く冴えてる」
「そうか。私もそうだ」
そう言い、はコタツから出て冷蔵庫から麦茶を取り出し、戻ってきてテーブルの上に置いてある自分と幹のコップに茶を注いだ。
時計を確認すると朝の4時。
夏香の誕生日会は最初からとても盛り上がり、少し休憩がてら皆で夏香のお勧めのDVDを見ることになったのだが、
部屋を暗くしていたのもあってか次々に皆、眠ってしまったのだった。
「寒くないか?」
「ああ、俺はな。でもタオルかなんか干してた方がいいかもな。暖房とコタツで乾燥してるっぽい」
「そうだな」
コタツのすぐ傍の壁にもたれて幹は先程コップに注がれた麦茶を半分ほど飲む。
もコップに口をつけた後、洗面所に行き、できるだけ音を出さないように水を出してタオルを2枚ほど濡らして絞った。
それをハンガーにひっかけて窓辺に吊るす。
少しカーテンを開けてみたが冬ということもあり窓の外はまだ真っ暗で、時々バイクの音が聞こえるくらいで後はシーンと静まり返っていた。
すっかり覚醒してしまったはこれからどうしようかと考える。
暗闇で表情もろくに見えないが、どうやら幹も同じような状況のようだ。
そこではずっと聞こうと思っていたことを聞くことにした。
今なら表情も見えないし、他に何もすることもないこの状況なら話してくれるかもしれない。
は幹の隣に座り自分も壁に背をもたれる。
「お前に聞きたいことがある」
「何?」
気付かれないように深呼吸をする。
「昔……中学時代、お前が私を嫌っていた理由を知りたい。
…性格があの頃とは変わっているとはいえ、同じ人間だ。また同じ過ちをしないとも限らない」
そう言うと幹は「違う」と短く低い声を発した後、俯いた。
「違う? 何が違うんだ。お前の行動にも何か理由があるんだろう?
お前はそれを私に話そうとしない。私のことを気にしているのなら、そんな気遣いは心配無用だ。
どこが嫌いだと言われても私は構わない」
は声のトーンを下げてできるだけ冷静に話をする。
自分は当時の彼を責めたいわけではない。ただ、あの頃の自分の非を指摘してもらいたいだけなのだ。
ゆっくりとそう言い、は穏やかな表情で幹の方を向いた。
彼の表情は分からなかったけれど、自分の方を見ているのは分かる。
「お前は…悪くなんてない。全然、悪くない。
ただ俺がガキだっただけだ」
苦しそうに言葉を発すると、彼は「ごめん」と謝った。
まるで朝顔がシュンとしぼんでしまったかのように彼は体を丸くして膝を抱える。
「――お前はさ、昔から何でもできて皆から人気者でいい奴だったよな」
彼は昔を思い出しながら呟いた。
「でもそれは私が皆に好かれようとしていただけで……お前はそんな私に苛立ったんじゃないのか?」
「確かに苛立ってたよ。でも、苛立った理由は後で分かった。お前が転校した後で…」
そう言って彼は自嘲気味に笑う。
「――ホント、馬鹿だよな。
俺、お前が好きだったんだ。多分、小学生の頃から」
そんな彼の言葉にはピクっと体を揺らした。
しかしそれは当時の彼のことであって今というわけではないと思い直し、話の続きを聞く。
小学生時代の自分たちのことを思い出しながら。
「俺さ、子どもの頃チビでガリガリだったからよくいじめられてたんだよね。
お前も知ってるだろ? なんせお前がいつも助けに来てくれてたし」
「…ああ。助けるとかそういうつもりはなかったが、お前が困ってるように見えたから」
「……そう、お前は困ってる奴の所にいつもすっ飛んで行ってた。
でも俺はさ、馬鹿だからお前に助けられると何かホッとする反面、ムカついてたんだ。
今思えば好きな子に助けられるなんて男として情けないっていうか、自分に対する怒りだったって分かるけど。
あの頃の俺は全く分かってなくて、そんな怒りをお前に向けてた。
…んで、中学生になった頃から背が伸びて俺を馬鹿にする奴もいなくなったんだけど、
お前はどんどん人気者になっていってるじゃん? 俺だけじゃなくて、皆に優しいから。
――だからそんなお前が凄くイイコ面してるように見えて、また勝手にイラついて………」
彼は再び苦しそうな声を出し首を下げる。
「お前は本当に何も悪くない。全部俺が馬鹿で自分勝手だったから……。全部俺が悪かった、本当に……ごめん。
まさか性格がガラっとまで変わっちまうくらいお前を傷つけてたなんて…あの頃の俺は思ってなくて……。
もう…今更謝ったってお前の人生は戻んないけど……でも……ずっといつか会えた時に謝りたいって思ってた」
更に幹は、再会してからなかなか勇気が出せずに誤魔化し続けて今日まで謝罪が遅れたことも一緒に謝った。
今にも泣き出しそうな彼の姿に、何だか逆に彼の心の傷を広げてしまったような気がしても泣きそうな気持ちになる。
彼を責める気持ちは少しも浮かんでこなかった。
寧ろ彼がありのままを話してくれたことが嬉しかった。
ずっと自分のことを覚えていて申し訳ないと思ってくれていたことが有難かった。
「春日、ありがとう」
「…何で……?」
「真っ直ぐ向き合ってくれたから。――これからもよろしく頼む」
「…っ……お前は、ホントに――…っ……」
幹は少し呆れたような、でもホッとしたような声を出すと前髪をクシャリと掴み、少し遅れて「ありがとう」と言葉を発した。
は心から微笑む。
「……お前には本当に感謝してる。
俺が教育の道に進もうって思ったのもお前のおかげだから」
「え?」
少し明るさを取り戻し、彼は垂れていた首を起こした。
「いじめてた奴が先生なんて…って、自分でも突っ込んだり過去の自分を悔やんだりもするんだ。
でも罪滅ぼしって訳じゃないけど、俺は自分が馬鹿だったから……もし俺みたいに馬鹿やろうとする奴がいたらそれを止めたいし、
そいつらが俺みたいな馬鹿になる前に、もっと真っ直ぐ素直に相手の気持ちを考えて理解して、行動できるようになってほしいなって。
そしたらいじめそのものもなくなるじゃん? ……あと、一応、俺もいじめられてた側の気持ちも分かるしさ。
もしいじめられて苦しい状況の子どもがいたとしたら、何とか力になってやりたいって思うし。
ま、でもやっぱりいじめなんてのを根本からなくす為には、小さい頃の人と関わったりする経験とか体験が一番大切だなって思ったから
最初は中学教師になるつもりだったけど今は幼稚園か保育園の先生を志望してる」
そう言って彼は腕を伸ばす。
は微笑んだまま頷いた。
「でも、俺も子どもたちと一緒に色んなこと、体験して学んでいかなきゃなって。
多分、子どもたちに教えられることの方が多い気がするよ」
「そうか……そうだな」
「あと甥っ子が可愛くてさ。それから子ども好きになったっていうのもあるんだけど」
「そうか。そういえばお姉さんが1人いたな」
「ああ。地元の人と結婚したからよく子ども連れて家に寄るんだ」
「甥はいくつなんだ?」
「今年で4歳」
「そうか、可愛いだろうな」
「ああ」
そうして話もひと段落した頃、皆がもぞもぞと動き始めた。
時計を見ると5時半になっている。
今日は金曜日。平日なので皆、時間割は違うとはいえ授業がある。
一度家に帰って風呂に入ったり着替えたり授業の準備をしたりとするだろうから、もう全員起こして解散させた方がいいだろうな、とは思う。
申し訳ない気持ちになりながら部屋の電気を点けて最初に手前に寝ていた夏香に声をかけ、次に緑、匡、と起こしていく。
「…か、体が痛い」
「ありゃ〜あのまま寝ちゃったんだ〜」
ストレッチするように体のいろんなところを伸ばしながら緑と匡は立ち上がり、
夏香はコンタクトが乾いたと言っていつも常備している目薬を取り出し両目に点している。
そんな彼女らにが朝食を作ると提案するが、皆これ以上世話になるのも申し訳ないと思ったのか
それぞれコンビニに寄りたいからとか、家に余り物があるからとか言ってバタバタと彼女の部屋の片付けを済ませると帰宅していった。
皆が帰ってしまうと部屋はガランとして何だか一気に広くなったように思えた。
それでも誕生日会は楽しかったし、幹とゆっくり話もできたし、部屋を見渡すの心は非常に満たされている。
思わず二度寝してしまいそうなくらいの心地よさだ。
しかし二度寝するわけにもいかないのでできるだけ静かに風呂掃除をして風呂を沸かした。
風呂から上がり身支度を整えて朝食を取った頃、窓の外は漸く朝を告げるような明るさになっていた。
次から終わりに向けてラストスパートな感じだと…思います^^;
こんなんで納得していただけるかなぁ…。
幹がどうしても許せない、って方は多いと思うんですよ。
いじめてたくせに友達気どり?先生目指してる?はぁ?みたいな。
でもまだ最終的な部分までは書けてないので、あまり詳しく話せない……。最終話までお待ちください^^;
一応、いじめてた本人は本人でずっと引きずってたっていう設定です。
なんていうかこのヒロインは軽く私をモデルにしていて、いじめ〜性格変わるくらいまでの過程やら心理描写はほぼ私の実話なんですが
(性格変わったと言っても目立ちたがり屋が人見知り・地味になっただけでヒロインほど変わってませんけど^^;)
被害者だった私が加害者をとっくに許しているというか、当時自分の態度も悪かったなぁと思っているので
(私の場合はヒロインさんとは違い非があるからなんでしょうが)
今もその時の事は何とも思ってないし恨んでもないし、今でも地元の友達の中で連絡先を知っていて時々会ったりするのはその子たちなので
寧ろこんな私と友達続けてくれて嬉しいみたいな^^;
そんな感じでヒロインさんも同じような穏やかな気持ちにさせています。
寧ろヒロインさん変化の一番の原因は両親によるものですから。
そこら辺を時々思い出していただきながら読んでもらえたらいいな^^;
というわけでここまで読んでくださったお客様、ありがとうございました!
吉永裕 (2009.6.13)
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