「ちょっと手洗いに行ってくる」
「あ、場所わかる? 入口からこのゼミ室の方に曲がらずに真っ直ぐ行った先にあるよ」
「ありがとう」

そう言ってはトイレへ向かった。


 ハンカチを水で濡らして固く絞り、腰を曲げて足の甲を冷やす。
慣れない下駄で歩き回ったからか少し皮膚が赤くなっていた。だが、幸いまだ皮が剥けたり肉刺になってはいないようだ。
皮膚が乾いたのを確認して再び下駄を履く。
気をつけて歩きながら匡の研究室に戻ると、まだ緑と夏香は戻っていなかった。

「あ、お帰りー。迷わなかった?」
「ああ」
「あれ、足赤くない?大丈夫?」

歩き方が少しぎこちなかったのか、匡が足に目をとめて口を開く。

「あぁ。少し靴ずれみたいになってしまって」
「絆創膏いる?確かこの部屋にストックがあったと思うんだ〜」
「いや、そこまで酷くはない。ありがとう」

そう言ったが、匡は念の為にと数枚の絆創膏をに渡した。
彼の優しさに感謝して、ありがたく受け取ることにする。
しかし貰った絆創膏を巾着に入れて椅子に腰を下ろすと、未だに誰も戻ってきていないので部屋はシーンとしており、
は何を話せばいいのか分からなくなってしまった。
一時期、匡のことで動揺していたこともあったので尚更何か話をしなければ沈黙が気まずいように思えてくる。
何か話すことはないかと記憶を辿っていくと、幹に“もっと構ってやれ”と言われたことを思い出す。
そう言えば最近緑に応援が偏っていた、と思ったは申し訳ない気持ちになり匡に謝ることにした。

「匡、少しいいか」
「うん、何?」

無邪気に彼は首を右に倒してこちらを見る。

「あの……匡が夏香のことを……その…想っているのを知っていながら、最近私は高田くんばかりに夏香の話をしているから……、
 その…申し訳ないと思って……」

何と説明したらいいのかよく分からないながらも、一生懸命に言葉を探して申し訳なさそうに話をすると、
そんな彼女をポカーンとした様子で見つめる匡。

「私は自発的に応援するのはその…苦手だし、どういう風にすればいいのか分らないから…あまりできそうにない。
 だが、質問されれば話せる範囲のことは話せるし、協力も惜しまないつもりだ。高田くんにはそんな感じの応援をしている。
 だから匡も…その…良かったら…遠慮なく何でも聞いて欲しい」
「…うん……分かった……――っていうか…えっ?ちょっと…えええ!?」

の真剣な様子に思わず頷いた匡だが、次の瞬間ハッと我に返ったように声を上げた。
そして頬を赤くしてジタバタしている。

「ちょっと、ってば! 俺が観月さんをめちゃくちゃ大好きだと思ってない!?
 待って待って待って!! そりゃ確かに可愛いし好みのタイプだけど、そんな恋愛対象として見てないよ? 俺!」

慌てふためく匡に今度はがキョトンとする。

「緑はどうか分かんないけど俺はアイドル的な憧れであって、そんな真剣に協力してもらう程じゃないし!
 ってか俺、傍から見たら観月さん大好きっ子みたいに見えるワケ!? すっごい恥ずかしいじゃん、それ」
「え…いや、別に愛情表現が凄いとかいう訳ではなくて…春日にもっと匡を構ってやれと忠告されたんだ。
 それで、そういえば最近応援が偏っていると思って申し訳なく…」
「あぁ、なんだ。そういうことかー」

安心したーと匡は心底安心したような様子でため息を漏らした。
しかし突然、笑い始める。

「どうかしたか?」
「ううん。――なんていうか……ってホント、真面目で友達想いだなーって思って」
「わ、私が何か笑われるようなことをしたか? ――ただ私は…匡も大切な友達だから…差なんてつけたくなくて」
「うん、分かってる。…ありがと。 のそういうトコ好きだよ、俺」

ニコッと可愛らしく笑う匡の言葉に思わずは固まった。
恋愛感情が入っていない“好き”だと分かっているのに、胸が激しく鼓動してしまうのは、匡が異性だからなのか、それとも……匡だからなのか。

「っ――あ…ありが…と…う」

失礼とは思ったものの、頬が赤くなっていることを自覚したは視線を逸らして礼を言った。
そんな彼女の額にツンと指が押しつけられる。

「あはっ、顔赤いよ。ってば可愛いー」
「か、からかうな」

彼の指と無邪気な笑顔から逃げるように、はプイっと顔を背けた。
彼女のその様子に匡は目を細めて笑う。
ちらりとが横目で見た彼は何だかいつもとは立場が逆転して、兄が妹を見守るように穏やかで優しく微笑んでいた。
その笑顔を見た瞬間、キュウっと胸が締め付けられる感覚がする。
気の置けない安心感と、それとは相容れない筈のドキドキする緊張感の共存した状態が
どうして匡と一緒の時に起こるのかにはまだ分からなかったが、感覚的にその状態が好きだと思った。
胸は苦しいし、何だかとても恥ずかしくなって匡の顔も見れなくなる時もあるのに、
そんな状態をも楽しいと思える自分を自身が理解できないなんて何だか不思議だと思いつつ、も穏やかな表情を浮かべる。

 「――そうだ、って手紙とか書く?」

話が一通り終わったので話題を探していたのか、突如、何かを思い出して匡が立ち上がった。

「んー、最近はあまり書いていないが、それでも手紙は好きだ」
「ホント? 俺さ、最近消しゴムスタンプ作るのにはまっててさー」

そう言って彼は扉のないロッカーの中からお菓子の缶を取り出して持ってくる。
そして缶の蓋をあけると、その中には10個程の消しゴムで作られたスタンプが入っていた。
消しゴムには可愛らしい動物や、傘や車などの物体、デフォルメした人の顔が彫られている。

「凄いな!どれも可愛い」
「え、ホント!? うれしーな! 良かったらの好きなのあげるよ」
「いいのか? 手間暇かけて作ったものなんじゃ…」
「いいのいいの。また作ればいいんだから。それに手紙とか手帳とか、そういうのでいっぱい使ってもらえた方が嬉しい」
「そうか。じゃあ選ばせてもらうぞ」

そんな話をしていると緑が戻ってきて、そのすぐ後に夏香も戻ってきた。
買ってきた物を机の上に置くと、彼らも匡の作ったスタンプに興味を示す。
その後は皆でスタンプを紙に押して遊び、一つずつ好きな絵柄のスタンプを貰ったが、緑も作ってみたいと言ったので
構内で唯一開いている食堂横の売店に行き、消しゴムの5つ入りを3セットも買って全員でスタンプ作りをすることになった。



 「今年の七夕祭は凄く楽しかったなぁ」

午後も匡の研究室でずっと消しゴムスタンプを製作していたが、満足した様子で夏香はうーんと腕を上げる。
教育学部の玄関を出ると、辺りはオレンジ色に染まっていた。
それでも夜の9時まで開かれる屋台周辺はまだ騒がしい。

「いい経験をしたな」
「うん。一度やり始めたら止まんないね、あれは」
「でしょ? しかもうまく作れたら次はもっと頑張ろうって思えるし」
「失敗したら悔しいしねぇ」

そうして4人はそれぞれ消しゴムを手にして帰宅していった。










そんなこんなでまだ続くんですよ……。


うひゃああ、ご無沙汰しておりますっっ^^;
これは酷い、約3か月ぶりの更新…? すすすすみませんっっ(><)
それにしても自分で書いておきながら凄いつまらない小説だと…思うのですが、これ以上書き直せません。
もう本気でこの作品は全体的にスランプになります。

さて、今回初めて分岐しました。
ここから一気にラストまでもっていきたいので、あと2話か3話で終わるつもりなのですが…
私のことだから無駄な描写で1話増えたりしそうです。気をつけます。

しかも今回、キャラの扱いに差が…ありまくるんですけども
匡を贔屓しすぎたような。まぁ、匡好きな方にはいいことだと思いますけども^^
ともかく、ヒロインさんはどこまでも純粋で真っ直ぐで自分に正直な人間として書くようにしています。
不器用な人のそういう面が愛しいなぁと思う今日この頃なんですけども、皆様はいかがでしょう^^;

基本的に私は“有り得ないシチュエーションを前提として有り得そうなちょいリアルなことを混ぜて書く”のが好きですので
ヒロインのような人間はいないだろうな、とか自分でも思うんですけどね^^;
でもそんなヒロインやキャラ達の一側面に自分の欠片のようなものを感じ取っていただけたらと思っております。

というわけで、意味不明なあとがきになってしまいましたが読んでくださったお客様、ありがとうございました^^


吉永裕 (2008.12.22)


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