刻印
旅を終え全ての決着がつくまでこの家に帰るのは苦しく辛いものだった。
誰もいない空間にいることなど旅に出る前は慣れていたはずなのにいつの間にか毎日を
必死の思いで過ごすことになっていた。
心の大部分を持っていかれ、喪失感に苛まれる日々。
あの日俺の前から突然消えてしまったあいつ。
はわかっていただろうか。
自分がこの世界からいなくなることがどれだけ俺を打ちのめすかってことを。
*
がこの世界に再び戻ってきてから幾日かを数えた。
初めて来た時と違い、今は前の世界のこともこの世界に来てからのことも全てを覚えている。
旅も大変だったがそれよりも心の奥底に沈んでいた気持ちの方がを苦しめていた。
足元が崩れていってしまうような、自分の存在を否定されるような不確かなもの。
どんなに自分に言い聞かせてもそれは無くならなくて。
だからみんなの気持ちがうれしかった。
受け入れて、優しくしてくれて。
うれしくて陰でこっそり泣いた。
でも一番うれしかったのは彼が気持ちを受け入れてくれたこと。
言葉はきつかったけれど傍にいてくれたククル。
彼と自分の気持ちが同じだったことが困難を乗り越えさせてくれた。
だからこうしてまたククルの傍にいる事ができて、同じ家に住んで同じ時間を刻んでいくことができて。
これ以上の幸せはなかった。
*
「!」
言葉と同時に抱きしめられた。
走ってきたのだろうか。ククルの息は荒く抱きしめる身体は暖かい。
それでも腕は離さないようにと強く息苦しくなるほどだった。
「ククル」
「よかった……」
いつもと違う消え入りそうな声がの心に深く入り込んでくる。
安堵と怒りの混じった表情よりもその声がククルの感情をそのままに伝えてくれた。
「よかった。おまえがまた消えてしまったかと思った。この世界から俺の傍からいなくなってしまったかと……」
「ククル……」
「おまえがいないとわかった時、頭が真っ白になった。
家中探しても見つからなくて、おまえが好きな場所を探して、それでも見つからなくて……
二度といなくなることはないって信じていた。でも不安でその考えさえも押しつぶされそうだった!」
大きな胸に包まれてククルを身体中で感じる。
優しさも激しさもを想う気持ちの深さも。
回された腕から伝わる僅かな震えにの心が痛んだ。
「ごめんなさい。子供達といっしょにいたの。どうしても見せたいものがあるからって」
練習の終った子供達が家に駆け込んできて早く早くと引っ張って連れて行かれた。
には先生、絶対に言わないだろうから僕達が言わなくちゃいけないと思ったって、
みんな真剣な顔をして。
「子供達に?」
「うん。これ……」
「え……?」
大きな胸から体を少し起こすと右手に持っていたものをククルへしっかり見えるように差し出す。
手よりほんの少し大きなそれは幾分汚れていたが表面を読み取るには十分だった。
「うわっ!」
大きな声をあげるとククルはの手からそれを奪い取る。
ククルの手におさまっているものとは別の、以前からあるそれはいつもと同じ位置にある。
若干形や色の違う表札を慌てて後ろに隠すとククルの顔は見つめるの前で
どんどん赤く染まっていった。
「どうしてこれがっ」
がこの家にきてから飾られた表札と違い、ククルの手にあるものは何度もの名前が刻まれていた。
「ククルが表札を作っていることを子供達は知っていたみたいなの。
ただそこに刻んであるのが誰かまでは知らなかったって言っていたわ。
でも作っている時の表情をみてきっと大切な人なんだろうって思っていたって」
「…………」
「とても嬉しそうなのに今にも泣きそうなどこかをぶつけて痛みをこらえるような顔の先生に
声をかけることができなかったんだよって言っていたの」
嬉しそうなのは今こうしているような未来の自分達を想像していたから。
痛みをこらえていたのは自分の傍にいない存在と未来への不安を想像していたから。
押し殺していた気持ちの行き場を探していた。誰にも言うことができずたった一人で。
不安と幸せの気持ちを抱きながらの名前を何度も刻まずにはいられなかった。
そう告げるククルにの胸が痛くなる。
「呆れるだろう?」
投げやりとも取れる声とともに向けられた表情は固く厳しい。
先程までの慌てた様子は消えどこか切羽詰ったものさえ感じられた。
「ククル?」
「笑ってくれていいから。も見たんだろう?俺が作った表札の数とおまえの名前を刻んだ跡を。
あんなに作って、失敗して。それなのにお前の前ではこの飾ってある一つだけしか作っていない風に振舞って。
たくっ、俺、情けないよな」
自嘲するように軽く笑うククルにの胸の痛みが増す。
と同時に荒れ狂うような感情に支配されはたたきつけるように叫んだ。
「どうしてそんなこと言うのっ」
がいない日々を過ごしてきたククルの気持ちがこもっているもの。
きっと自分が同じ立場でも相手を感じられる何かを探して必死になっていたはずだ。
強い想いのこもったものはうれしいと感じることはあっても決して嫌だとか不快などと感じることはない。
だからたとえククルが自分のことを言っていてもその気持ちを否定するようなことはして欲しくなかった。
「ククルが作ってくれたものをどうして笑うことができるの?
ククルは私と再び会うことを、一緒に暮らすことを想って作ってくれたんでしょう!?」
には二年間の空白があるけどそれでも再びこの世界に来ることができた時にはもう決めていた。
もう二度とククルと離れたくないって。
ククルが嫌と言っても離れるつもりはなかった。
だからこれを見たときはうれしかった。
今私はこの世界の現実にいることができるんだって思うことができたの。
「ククルの気持ちがうれしかった。私と同じだってわかったから。
一度失ってしまったものを取り戻すことはできる。一緒に歩いていけるんだって」
「」
俯いたの頬に大きな手が触れた。
反射的にあげた顔を指先がなぞっていく。
「泣くなっ。おまえに泣かれるとどうしていいかわかんねぇ」
困った顔が目の前に飛び込んできた。
それでも困惑をしながらもの言葉を受け入れてくれている。
その気持ちに涙が止まらなくなった。
「、頼む。泣くな」
「ククル、これからはずっと一緒にいていいのね」
「」
「私の傍から離れないって約束して欲しい」
「……ああ。約束する」
空白の時間なんて関係ない。
離れ離れになっていたとしても心は、想いはずっと一緒だった。
お互いがお互いの心に刻印を持っていた。
それなのに二人の間を分かつものなどあるはずもない。
だからもう離れることはない。
二度と、絶対に。
麗さん、ホントにほんっとうに、こんな素晴らしい作品をありがとうございました!!!!
私の「お好きに〜」というようなアバウトで書きづらいリクエストだったのにもかかわらず、
こうして素敵な作品を作っていただけて本当に幸せです。
私が数年前に書いた拙いアークバーンが、麗さんの手にかかるとこんなにも愛の溢れる作品になるなんて…夢のようです^^
心から御礼申し上げますm(_ _)m
このような素晴らしい麗さんの作品が溢れる素敵なサイトはこちらです→ 幻想彩地
皆様、一度ご覧になったら私のように麗さんの作品・世界のファンになりますよ!
*原作の『アークバーンの伝説』を読んでみたいという方はこちらで名前を変換してからこちらへどうぞ。
麗さんと比べられると……アレなんですけど^^; 一生懸命考えて作ったブツですので…。
吉永裕 (2008.4.14)
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