アークバーンという小さな大陸には伝説がありました。

「光と闇がひとつになる時
 世界を変える力が手に入る」

…そうして、その絶大な力を求め、
長い間、光と闇の両国は争い続けてきたのです。


アークバーンの伝説




1.プロローグ


…私は
でも、名前以外思い出せない。
ここは一体どこだろう。
見慣れない景色だ…。

は見知らぬ土地にいた。
アスファルトではなく、土の一本道で、辺りは野原。
遠くには木が見えるが、他には何も見えない。

「お、こんな田舎には似合わねぇ上等の女だなぁ」

キョロキョロしていると後ろから低い男の声がした。
そこに現れたのは身なりの悪い男たち3人であった。

(何…?この人たち、悪い人っぽい…)

「頭、こいつを町で売ったらいい金になりやすぜ!!」

どうやら物言いや風貌から、彼らは「山賊」というイメージがピタリとはまる。
彼らの手には大きな剣や斧が握られていた。

(でもこのご時勢に山賊なんているわけないし…だけど…明らかに悪者な……感じ)

「そうだな。そこら辺の女よりずっと高く売れそうだな。だが、その前に味見しなきゃーよぉ」

頭と呼ばれる男の下卑た笑いにの背中に嫌な直感が走る。

(これ…身の危険…ってヤツ!?)

「…や…、だ、誰かっ!!」

踵を返して逃げようとしたが、手下であろう男に腕を掴まれてしまった。

「おおっと、待ちな!」
「逃げられると思ってんのかぁ?」

グッと腕を持たれて片足が少し浮くような状態にさせられたの頭の中には
これから先に起こるであろう悪夢しか浮かんでこない。

(怖いっ…!でも、声が…出ないっ)

「…っ!!」

(誰か、助けてっ…!!)

が身を縮めた瞬間、

「それ以上、その女性に近づくな」

と辺りに透き通るような声が響いた。
その声の先に真紅の服を纏った綺麗な青年が現れる。

「テメェ、殺されてぇのか!!」
「それはこっちのセリフだっつーの」

次に現れたのは猫のような大きく吊り上った目の青年。
何で皆、こんな恰好なの?――などとは不思議に思うが、今はとにかくこの事態をどうにかしてもらいたい一身だった。

「態度を改めよ。このお方の身上を知らぬにしてもそなたの言動は無礼すぎる」

さらに頭に布のようなものを纏った青年が現れる。

(助けてくれるのはありがたいけど…。この人たち、一体何人!?)

混乱しているとまた声が聞こえた。

「女の子に乱暴する人は、許しませんっ!!」

最後に現れたのは大きな瞳の少年だった。

「ふんっ、軟弱男が何人来ても同じだ。おい、やっちまえ!!」
「「へいっ!」」

山賊の頭らしき男が叫ぶと子分たちも臨戦態勢に入る。
そして…。

『キンッ!!』

吊り目の青年が大きい剣で山賊の刀を弾き、
綺麗な青年が細い剣をシュッと振ると親玉らしい奴の前髪がハラリと落ちた。

「お、おい。おめぇら、退くぞ!!」
「「へ、へいっ!」」

そうして慌てふためきながら山賊は退散していく。

「ふん、大した事ねーな」
「大した事あったら大変ですよ!!」
「そんなことよりも彼女です」
「そなた、怪我はないか?」

(わ、私の事だよね…?)

「は、はいっ。助けていただき、ありがとうございました」

は1人1人に向かって深々とお辞儀をしていく。

「…ま、この辺は物騒だから気をつけるんだな」
「あ、あのっ…!」

危うく肝心な事を聞くのをすっかり忘れるところだった。
彼らが踵を返す前に、急いでは質問を繰り出す。

「ここってどこですか?」
「はっ!?」
「もしかして迷子ですか?」
「いえ、迷子というか…。
 何故自分がここにいるかとか、全部…。自分の名前以外、何もわからないんです」
「…記憶喪失?」
「…そうなのかもしれません」
「…それは厄介だな」

4人は困惑の表情である。

「…で、どうすんだよ」
「ここに置いて行くわけにもいきませんし」
「…しかし、我々が連れて行くわけにもいきませんよ。この旅は危険すぎる」
「それもそうだが…」

(…何か困ってるみたい。 もしかして置いていかれるのかな…)

の不安な表情を察知したのだろう。
瞳の大きな少年が彼女の肩に手を置く。

「せめて次の町まで一緒に行きましょうよ!彼女、独りじゃ心細いだろうし」
「…ま、そりゃそうだな」
「では、次の町まで我々が護衛としてお供致しましょう」
「ありがとうございますっ!!
 あ、あの…、皆さんのお名前教えていただけますか?」
「そういやまだ名乗ってなかったな。
 …えっと、この方がアーク国の第一王位継承者、レジェンス・ホーリー王子だ」

大きな剣を持った青年が金髪の綺麗な青年を見て言う。

「お、王子様だったんですか!? 通りで高貴な感じが…。
 っていうか、今まで私、言葉遣いとか無礼で申し訳ありません!!」
「気にしなくていい。私もこの旅の間は、自分が王族であるのを忘れる事にしている」
「そ、そうですか…?」

(優しそうな王子様でよかった…)

「…で、俺はレジェンス王子に仕えるククル・イッキ。騎士団の副団長をしてる」
「副団長さん…。若いのに、お強いんですね」
「まぁ、王子とは昔からの顔馴染みっていう事もあるんだけどな」
「私は私的な理由でお前を副団長に任命したわけではないが…。
 まぁ、いいだろう。紹介を続ける。
 …そちらにいるのが占い師のシャルトリューと商人のランだ」


レジェンスの視線の先にいた2人は軽く会釈をする。

「シャルトリュー・ノルディックです。代々、ホーリー家に仕えております」

シャルトリューは静かに微笑む。

「えっと、ラン・イエーガです。修行の為に王子一行に同行させてもらっています」
「以上だ。次の町までのつきあいだが、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします!! 私、っていいます」

…こうして私は王子一行に出会ったのです。



―町―

 「…さて、着いたな」
「…」
「今日は宿をとろう。の事に親身になってくれる人捜しは明日に行う」
「はい、ありがとうございます」


―宿のテラス―

 「…明日から私は独りぼっちかぁ。寂しいし、不安…」

は月を眺めていた。昼間は暖かかったのに、夜になると風が少し冷たく感じる。
自分の心を映すように月も寂しく見える気がした。

!?」!?」
「どうしたんですか?」

ククルとランが慌てて駆け寄ってくる。

「い、今、お前透き通ってたぞ!?」
「え?」
「今にも君が消えちゃいそうだった」
「…消える?私が?」

(…よくわからないなぁ。光の屈折でそう見えたのかな?)

首を捻っていると後ろから声が聞こえた。

「私もが透き通ったのを見た」
「私もです」

レジェンスとシャルトリューもやって来る。

「…貴女は何者です?」

シャルトリューの真剣な眼差しが刺すように感じる。
自分自身のことも、今置かれている状況もわからず、頼れるのは目の前にいるこの4人だけなのに
彼らから見放されてしまったら、自分は一体この後どうすればいいのだろう。

「…わからない、わからないよ…!」

その瞬間、の身体が薄っすらと透き通った。

、また消えてくよ!? 王子、をこのままにはしておけません!
 独りにするなんて可哀想です!! 右も左もわからないのに…!!」
「だが、正体もわからないヤツを王子と一緒に行動させるわけにはいかないだろ」
「でも…!」
「…確かに不可思議な事態が起こってはいますが、彼女からは邪気を感じません。
 が王子に危害を加える事はないでしょう」
「ならば少々危険ではあるが、の記憶が戻り、正体がわかるまで我々が保護しよう」
「王子、正気なのですか!? 俺たちの旅は…!」
「女性1人守れぬ者が国を守れるものか。…違うか、ククル?」
「…わかりました」

彼らは結論が出たようだが、は喜びながらも手放しで喜べずにいた。

「でも…、私、皆さんの足手まといに…」

そう、彼らが昼間言っていたように危険な旅をしているのなら、自分は格闘技も多分できないし、
剣なんて使えない。絶対、邪魔な存在になるに決まっている。

「…気になさらず。貴女は自分の事だけを考えていればよろしい」
は我々が守る。安心していい」

4人の笑顔にの肩が軽くなる。
足手まといになるかもしれない。でも、私にも何かできるかもしれない。
それを精一杯しよう。独りじゃないんだから、少々の危険は仕方ない。
今怖いのはわけもわからない土地で、記憶も無い状態で独りでいる事。

「…皆さん…。本当にありがとうございます…!!」

…こうして私はレジェンス王子一行と共に旅する事に決めたのです。





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