『コンコン』

は呆然としながらカルトスの部屋のドアをノックする。

「…か。どうした?…顔色が悪いな。大丈夫か?」

カルトスはを部屋の中に入れる。

「ご、ごめんね。ちょっと眠れなくて」
「そうか。しかしあまり夜更かしは…」
「わかってる…。でも、今日はカルトスと一緒にいたいの」
…?」

の只ならぬ雰囲気にカルトスは少し戸惑う。
だが彼女の瞳はとても悲しげに揺れていた。

「…私、明日でカルトスとはお別れしなきゃいけなくなった」
「何だと!?」

彼は思わず椅子から立ち上がる。

「…記憶がね、本当に戻ったの。それで私、帰る事にしたんだ。自分の在るべき場所に…」

は泣かないように笑顔で嬉しそうに振舞うが、目からは許容量を超えた涙が溢れ出る。

「どこに行くのだ!? アーク国か?」
「ううん。この大陸じゃない、もっと遠い所…」

彼女の手を掴んで引き寄せると、ギュっとカルトスはを抱きしめた。

(駄目…。折角、我慢してるのに、そんな事されたら私、想い止められなくなっちゃう…)

「行くなと言っても駄目なのか…?」

耳元で静かに聞こえる悲痛な彼の言葉には頷く事しかできない。

、俺はお前が――」
「!!」

咄嗟にカルトスの口を押さえる。

(駄目、言わないで。そんな言葉、言っちゃ駄目)

は泣きながら首を横に振る。
そんな彼女の手をカルトスは優しく握り、口から離した。

「言うまいと思いながらずっとお前に言いたかった」
「聞きたくないっ…!」

逃げようとするが、彼にしっかりと両手を掴まれ逃げる事ができない。

が好きだ」

『ガシャン』

心の何かが砕けるような音が聞こえた気がした。

「…言っちゃ駄目なのに…!そんな言葉、聞きたくなかったのに…っ!!」
「好きだ」

取り乱す彼女とは反対に、カルトスは冷静で穏やかな表情で想いを口にする。
そんな彼の言葉に、魔法にかかったようにの胸の押さえが取れていく。

「何で言うの…!? そんな事、言ったら別れがつらくなるって思って聞きたくなかったのに…っ!!
 何で言うのよ…っ!
 私も…伝えないようにしようと思ったのに…、カルトスの事、好きだって言わないようにしようって思ってたのに、
 もう、気持ちが止められなくなっちゃ――っ」

溢れるように想いが言葉となって飛び出し、泣き叫ぶ彼女の唇を強引にカルトスが塞いだ。

「…ん…っ」

心を解放した2人の唇は離れることなく何度も互いを強く求め合う。

「私、カルトスが好き」
「俺もが好きだ」

2人は想いが通ったにもかかわらず、悲しい涙を流して身体を重ねた。



 (このまま…、時が止まればいいのに…)

「……でも、カルトスは最初から私とは結ばれないって分かってたし、全然…悲しくなんて………っ」

強がりで言った独り言が、思わず涙で詰まる。
は隣で自分を抱きしめて眠る王ではない少年の顔をしたカルトスを見つめながら
何度も朝が来ないようにと願った。




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