「はい、どうぞ」
「ありがとう」
は本を受け取る。
「ヤンも何か本読むの?」
「いいえ。特に何も」
「え?じゃあ何しに来たの?」
「さんに会いに来たんですよ」
彼はこれ以上ないほどの弾ける笑顔を見せた。
「わ、私!?」
思わず本を落とす。
「ヤンって笑顔で冗談言うからホント、性質悪い。
…いつも女の人にそんな事言ってるの?」
は動揺を隠すように早口でそう言うと本をさっと拾い上げ、ヤンに背を向け椅子に座った。
「失礼な事言いますね、私が口説くのは貴女だけですよ」
「なっ…」
彼は隣に座る。
(…ヤンって…どこまで本気なんだろ……)
はヤンとの距離を少しあけた。
すると彼も笑顔で距離を狭める。
「…あのねぇ…」
「傍にいたいんですよ」
「…」
ヤンの口説き文句のような台詞に思わず照れてしまう。
(ただからかわれてるだけってわかってるのに、身体が反応してしまう。悔しい…)
「今から本、読むんだから邪魔しないでよね」
そう言い、はヤンに背を向けて本を開いた。
「つれない人ですね…」
仕方なくヤンもそこら辺の本棚から本を取り、読み始める。
そしてシーンとした図書室にページをめくる音だけが響く。
『アークバーンの伝説』
それにはこう書かれていた。
8つの宝玉は己の為に光らず。
両国がひとつになる時、封印は放たれる。
「これって…自分の私利私欲の為に宝玉を集めても、願い事は叶わないって事なんじゃ…」
「『アークバーンの伝説』ですか?」
「うん」
はヤンの方を向く。
「それは物語調に書かれていますから少し信憑性に欠けるんです」
「え、そうなの?」
「元々、この伝説の宝玉により願い事が叶ったという例は何千年も前にしかないんですよ。
それすらも本当の事だかわかりませんけどね」
「そんなに前なの!?」
「はい。まだアーク人がこの大陸を統一していた時代の記録に載っています。
この本はそれを元に現代風にアレンジして書いているんですよ」
「あ、そうなんだ〜。ヤンってやっぱり研究者なだけあって物知りだね」
「研究者なだけあってって…。
これでも、私は史上最年少で国立研究所の研究員に抜擢されたエリートなのですよ?」
「あ、そーなんだ」
「少しは見直しました?」
「ううん、あんまり」
そう言いは立ち上がり、本棚から新しく本を取り出す。
「…貴女という人は、どうすれば私をちゃんと見てくれるのですか?」
彼の声が少し低くなる。
「私はちゃんと見て――」
振り向くと、顔の横にヤンがバンと手をつき、は本棚と彼に挟まれた。
「…な、何?」
真剣な表情のヤンに少し怯える。
「本気で貴女は私が女性なら誰にでもこんな事すると思ってます?」
「え…」
(ヤン…、ちょっと怖い…)
彼のあまりの剣幕に顔をそらせない。
「貴女の後姿を見かけて喜んで追って来たのに…」
「…ヤン…」
切なげに俯く彼に思わず手が伸びた。
しかし次の瞬間、彼はパッと顔を上げる。
「――キスしてもいいですか」
「え――」
答える間もなくヤンの顔が近づいてきた。
(え!?
何?ちょっと!?)
「…やっ!」
咄嗟には彼を突き飛ばす。
「…他に好きな人でも?」
「え…。そんな人はいないけど…」
(だからといっていきなりキスできるもんですか!!)
言葉を濁らす彼女をじっと見つめていたが、彼はパッと踵を返した。
「…研究があるので帰ります」
「あ…」
引き止めたいが引き止める言葉が見当らない。
「ヤンっ…!」
「…はい?」
怒っているのかもしれないと思ったが、振り向いた彼はいつもの穏やかな顔に戻っていた。
それでは少しホッとする。
「――私、最近調子いいんだ。
多分ヤンがいつも栄養剤くれるおかげ…だと思う…」
そう言うとヤンは笑った。
「それはよかった。また研究所に来てください。お菓子を用意して待っています」
「うん」
そうして彼は図書室から出て行った。
(ホントに…私に会いにきてくれたんだ…。何だか悪い事しちゃったな)
そう思いながらは脚立を運ぶ。
「よっと」
『アークバーンの伝説』を元の位置に戻すと、そのまま脚立の上で先程の出来事を思い出す。
「――キスしてもいいですか」
『ドキっ』
真剣な表情のヤンを思い出して思わず赤くなる。
(あんな唐突じゃなかったら、私は…OKしてたんだろうか…)
は暫く彼の事を考えていた。
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