「これでいいのか?」
「うん!ありがとう」
レノンがに本を手渡す。
「レノンさんは何しに?」
「兵法の本を探しに来た」
「へいほう?」
「戦い方だ。
どんなに武力があってもどんなに多く兵士がいたとしても、作戦が良いものでなければ敗北する事もある」
「勉強家なのね…」
(戦争する事は悲しいけど…でも、レノンさんは戦う事が仕事だものね)
少し割り切っては笑顔を向けた。
「私はこの大陸について勉強しに来たんだ」
「…そうか」
「私、静かに読むからどうぞ遠慮なく」
そう言っては椅子に座る。
その言葉を受けてレノンは彼女の前に座って本を読み始めた。
(レノンさんが本読む姿なんて何か新鮮〜)
そう思いながらはレノンをちらちらと見る。
「…どうした?」
そんな視線に気づき、彼が顔を上げた。
「いえっ!!
何でも!」
慌てて は本に目を落とす。
そして今度こそ真剣に本を読み始めた。
『アークバーンの伝説』
それにはこう書かれていた。
8つの宝玉は己の為に光らず。
両国がひとつになる時、封印は放たれる。
「これって…自分の私利私欲の為に宝玉を集めても、願い事は叶わないって事なんじゃ…」
「…」
「あ、ごめんなさい。煩かった?」
「いや…」
レノンは心なしか微笑んでいる。
「何?」
「…おぬしは独り言が多いな」
「そう!?
気づかなかった!」
(変な人と思われたかな…)
「…」
そんなを見て、レノンは真剣な表情になる。
「…どうかした?」
「…おぬしは俺が怖くはないのか?」
「え?全然」
「一般人は俺を見ると恐れて近づこうとしない」
「…何でだろ。レノンさん、いい人なのに」
その言葉に彼は目を丸くする。
「…いい人?」
「うん。だって私の事助けてくれたし、私がレジェンスたちの連れだって知っても黙っててくれたし。
さっきだって、本取ってくれたし」
「…優しいのだな」
いつも硬い表情をしている彼が微笑んだ。
「だからそれはレノンさんだってば」
そんなレノンの穏やかな顔には嬉しくなる。
「あ、レノンさんが怖がられる理由ってその顔の傷?」
「…多分そうだろう」
「…外見だけじゃ何もわからないのにね」
レノンの古傷を見つめる。
傷があっても十分綺麗だが、傷がなければレジェンスと同じくらい美しい顔だろう。
色も白いし遠くから見たら女性に見えるかもしれない。
「その傷…、戦いで?」
「いや…。一昨年、カルトス様がまだ王子でいらしたとき、暗殺者が城内に侵入した際に負ったものだ」
「…もしかしてカルトスを庇って出来た傷?」
「…。俺の剣の腕が未熟だっただけだ」
はピンと来た。
初めてカルトスと話した日、カルトスは「夕方、俺が最も信頼する兵を呼ぶ」と言っていた。
そしてやってきたのはレノンだった。
きっと彼は身を挺してカルトスを守ったのだろう。
「…そろそろ訓練の時間だ。失礼する」
そう言うとレノンは席を立った。
「じゃあ私も部屋に戻るよ」
も立ち上がる。そしてレノンに頼み本を棚に戻してもらった。
(多分騎士の中では痩せてる方なんだろうけど大きな背中…。まだ若いのに戦いに身を投じてるんだよね。
生と死の狭間も、きっと見てきたんだろうな)
彼の背中を見上げると、は俯いて後ろを向いた。
「レノンさん」
ゆっくりとレノンの背中に背をもたれる。
本当は手を伸ばしたかったけれど、その勇気がなかった。
背中合わせなら、顔も見えないし少し素直になれる気がしたのだ。
「…何だ」
「…この世から戦争がなくなったら、レノンさんはどうする?」
「…俺は武人だ。戦う事しか知らない」
背中越しに静かな声が聞こえる。
はレノンらしいと思って少し笑った。
「そんな世界になったら、レノンさんは騎士としてじゃなく、1人の男として大切な人を守る生き方をするんだろうな…」
「…1人の…男として…?」
「…そんな世界になればいいのに…」
平和を祈ると同時に彼の無事を祈った。そして…。
(…その時、貴方の傍にいるのは……)
とレノンの温もりを感じながらはひっそりと未来を思い描く。
「…王の幸せを見届けた後は、王以外の守りたい誰かの為に生きるのもいいかもしれない」
「え…」
は思わず振り返る。
彼は穏やかな表情をしていた。
「その時は…いや、今はやめよう。…部屋まで送る」
「あ、ありがとう…」
(…その時は…何?誰か守りたい人がいるの?)
前を歩くレノンの背中を見つめながらは聞けない質問を心の中で繰り返していた。
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