「“げ”とは何だ。失礼な奴め」
そう言うとエドワードは取った本を彼女に渡さずに元の位置に戻す。
「ちょっと〜!! 取ったなら渡しなさいよ!」
はジャンプして彼の腕に手を伸ばした。
「フン」
「やっぱりあんたって性格最悪ね!! 独断主義の利己主義ヤロー!」
自分を鼻で笑う彼の胸にパンチする。
「激情型の暴力女に言われたくない」
そう言いつつも、エドワードはが取ろうとしていた本を再び取り、彼女に渡した。
「…どうも。で、エドワードは何しに来たの?」
「調べ物だ」
「何を調べるの?」
「生体エネルギーの事だ」
「研究員でもないのに?」
「研究資金を出すには、まずは結論が出そうかどうかを調べなければならないのだ。
そして、研究する価値がありそうなら資金を出す」
「そうなんだ…。宰相も大変だね」
「宰相だからというわけではない。
ただ、どんな所にどのくらいの資金が投入され、どのように使われるかを自分の目で確かめねば気が済まぬのだ。
そういう資金は全て国民から納められる税金によるものだからな。 無駄にする事はできない」
「…真面目ね」
さっきアーク国を滅ぼしたがっていたエドワードと同一人物とは思えない。
(きっとバーン国が大好きなんだ。このエドワードって人は)
「それに生体エネルギーはお前の身体の謎を解く鍵にもなるしな。
…お前も自分が何者か早く知りたいだろう」
「え、それって…」
(私の為でもあるの…?)
普段嫌味な彼なだけにこんなちょっとした事でとてもいい奴に思えてきた。
(そのいい奴ぶりに私は見事に引っかかって今すっごいドキドキしてますよ、悔しいけどさ!)
「お前も学習しに来たのだろう。話は終わりだ」
「…はぁい」
そうして2人は机に向かい合って座り本を開いて熱心に読み始めた。
『アークバーンの伝説』
それにはこう書かれていた。
8つの宝玉は己の為に光らず。
両国がひとつになる時、封印は放たれる。
「これって…自分の私利私欲の為に宝玉を集めても、願い事は叶わないって事なんじゃ…」
「ブツブツ煩いぞ」
「すみませんでした」
そう言い、 は本を立てて顔を隠しながらこっそりエドワードの方を見る。
彼の読んでいる本にはよくわからない化学反応式や物質の名前などが載っており、
それを物凄いスピードでエドワードは読んでいっていた。
(凄い…。この人、天才だ…。容姿端麗で頭脳明晰、性格は最悪だけど…。
怖がる人も多いかもしれないけど、ファンも多いだろうなぁ)
などと思いながらエドワードの俯いた顔をしげしげと眺めていると、その視線に気づいた彼と目が合った。
「…どうした?」
エドワードの口元が少しほころんでいる。
どうやら今は機嫌がいいらしい。
「え?う、ううん!! 難しそうな本、読んでるなと思って」
そう言うとエドワードはこっちへ来いと掌を上にし、人差し指をクイクイと動かす。
「ん?」
そうしては呼ばれるままに彼の隣に行く。
「生体エネルギーが魔力を上回る人間は今までのデータから見るに多く存在していないようだ。
どうやら皆、魔力に頼り過ぎている節がある」
「え、そうなの?じゃあ私、希少価値だね!!」
「…お前のそういう前向きな所が生体エネルギーを強めている所以なのだろうな」
エドワードは控えめに微笑んだ。
「…」
(な、何かエドワード、変!?)
「魔力に頼りすぎると自分の努力で運命を切り開く事を忘れてしまいがちだ。
それが本来持つ生体エネルギーを弱めさせているのだろう」
エドワードは説明を続ける。
(とっても楽しそう…。きっと勉強が好きなんだろうなぁ)
「いずれ、自分自身の生体エネルギーを本来の水準まで高める事ができれば、
魔力と結合させてもっと強力な力を出せるかもしれない」
「…結局は力なんだ」
(やっぱりエドワードはそこにしか関心がないのか)
やっぱりね、と思い一気に気持ちが落ちる。
「…悲しい目で見るな。その力を戦争に使うとは言っていないだろう」
「ホントに…?」
「あぁ。その人間の持つ生体エネルギーにより、魔法の効き目を倍増し、
それまで治療の難しかった部位の怪我や病の治癒ができるようになるかもしれない」
「…エドワード…」
(この人、結構いい事考えてるのね)
「あんたって、結構いい奴じゃない!」
は思わず座っているエドワードの背中に飛びついた。
華奢に見えた彼の背中は思っていたよりも広くてがっしりとしている。
「…やれやれ。これだからガキは」
そう言いエドワードは本を閉じた。
その言葉にムッとしながらも機嫌の良いは笑顔のまま彼から離れる。
「そろそろ部屋に戻るといい。入浴の時間だ」
「ん、了解!」
そうしては読み終わった本を本棚に戻しに行こうとするが、それを見たエドワードがさっと本を取り棚に戻した。
「…あ、ありがと」
「…珍しく素直だな」
「何よ、その言い方!」
いつもの調子でエドワードを叩こうとするが見事にかわされる。
しかしバランスを崩して本棚に腕がぶつかり、その衝撃で数冊の本がに向かって落下してきた。
(っ〜!!)
瞬間、自分を襲うであろう衝撃に備えて身体を強張らせ目を瞑ったが、グッと強い力で引き寄せられる。
するとドサドサと本が落ちる音が聞こえた。
(…あれ、痛くない)
そう思ってゆっくりと瞼を上げたの目の前には唇から血を流しているエドワードのアップがあった。
どうやら自分をかばった事で身に受けた本の衝撃で唇を切ってしまったらしい。
「嘘っ!? ごめん!」
は慌ててハンカチを取り出しエドワードの口元を押さえた。
「気にするな。お前の鉄拳をよけた私が悪い」
いつものような罵声が飛んでくるかと思ったのに、彼は静かにの腰を抱いた状態で突っ立っている。
「もぉ、そんな事言って…! 変な嫌味はいいから、こういう時こそちゃんと怒ってよ…」
自分のせいでエドワードに怪我をさせてしまった事にとても胸が痛み、
泣きたいわけではないのに、じわじわと涙が溢れてくる。
そんな彼女のハンカチを持った手を取ると、彼は静かに呟いた。
「…お前が無事なら、それでいい」
「っ…」
キュウっと胸が大きく締め付けられる。
(でも…でもっ、こいつは性格最悪の独断主義者!騙されるな!!)
胸の痛みに逆らうように無理矢理自分に言い聞かせ、は彼から目線を外した。
俯いたまま、目だけ動かして彼の唇を見ると、どうやら血は止まっているようだ。
「…血、止まったみたいだね。…ホントにごめん」
何だかエドワードの顔を真っ直ぐに見れない気がした。
すると頭の上から彼の声がする。
「それを貸せ。洗って返す」
「え、いいよ!」
ハンカチを取り合っていた時、ふと手が触れ目が合った。
そういえば、未だに彼の左手は自分の腰に当てられている。
『ドクン・ドクン・ドクン』
はエドワードから目をそらせずにいた。
あと数p動けば触れそうな唇が互いに少しずつ引き寄せられていく気がする。
(キス…されてもいい)
ふと湧き上がってきた感情に自身驚き、それが逆に彼女を現実に呼び戻した。
そうして慌てて一歩下がる。
「…あ、エドワードってバラの香りがするね!」
「…湯船にバラを入れているからな」
唐突に話し始めるとは反対に冷静なエドワード。
「エドワードらしい」
「バラがか?」
「妖しい感じが…」
「それはけなしているのか」
「これでも褒めてるんだけど。でもいいなぁ、私も湯船にバラ入れちゃおうかな」
「…いや、お前はフルーツ系の香水が似合う。 …覚えていたら今度贈ってやる」
「う…うん」
(何だかとっても今私、エドワードに女扱いされてる)
自分をガキだと言った彼が、今は優しく女性として扱ってくれる事を嬉しく思った。
「…」
図書室を出ると、部屋までエドワードが送ってくれる事になった。
前を歩く彼の背中をはボーっと見つめる。
そしてそっと人差し指で唇に触れた。
(私…、あのままキスしてたらどうなってたんだろ…。
エドワードは……あの時、してもいいって思った…?)
思い出すだけでドクドクと脈打つ心臓の音が何だかとても煩かった。
次に進む メニューに戻る