ラスティア山に到着し、一行は山道を登っていく。
ラスティア山も津波の影響を受けており整った道は見受けられない。
一応、カルトス達が通った形跡はあったが、その後の砂嵐や地崩れによって埋もれていた。
レノンが剣を手に持ち枯れた枝を薙ぎ払い、ククルが足で腐った木を蹴散らしながら一行は進んでいく。
 太陽が昇りきる頃、山の頂上付近まで辿り着いていたは足を止め前屈みになり膝に手をついて息を整えた。
足元が悪いだけに以前登った時よりも時間がかかり、疲労も大きかった。
レイラが用意してくれた水をが口に含むと汗がどっと噴き出る。
そして持っていたハンカチで汗を拭い改めて景色を眺めると眼前は茶色の土地が広がっていた。

「…、もう少しで頂上だぜ。
 勿論、願い事は決めてるんだろ?」

 表情を曇らせたに気を遣ったのか、ククルが彼女に話しかける。
するとは少し困った顔を見せた。

「はっきりとした願いはないの。
 でも、今もし宝玉の神様に会えるなら会いたいと思ったのよ」
「まあ、一つだけ何か叶えてやるって急に言われても迷うよな」
「ええ」
「確かに何か一つと言われると迷ってしまいますわよね。私もそうです」
「私も一つだけと言われると即決はできないですね。以前だったら国の統一だとか災害の回避だとか考えたのかもしれませんが…。
 つまりは皆、今の生活で満足しているということでしょうか」
「…そうかもしれないわね」

 ヤンとレイラも会話に加わる。
日頃から畑仕事などで身体を動かしているというレイラは程疲れてはいないようだ。
それでも薄らと汗が滲んで頬が紅潮している。
は上品なレイラしか見たことがなかったので意外ではあるが、
だが日に焼けたショートカットのレイラもとてもキュートだと思った。

「ごめんなさい、私が行きたいって言ったのに足を引っ張っちゃって…。
 向こうに戻ったら運動時間を見直すわ」
「今は山の状態が悪いから仕方がねーよ。本来は比較的登り易い山なんだが」
「道を作るだけでも時間がかかるからな、このくらいの時間はかかると予想していた。なあ、レノン」
「はい」

 カルトスとレノンが穏やかに笑みを湛えている。
昔からカルトスは少年のような表情を見せる時があったけれど、レノンは以前よりも表情が豊かになったように見えた。
国が解体してからもカルトスとの特殊な絆は変わらないようだが、それでも王と騎士という枠組みが無くなった為に
レノンも少し肩の力を抜いて人々と接すことができているのかもしれない。

「…そろそろ行くぞ」
「ええ、行きましょう」

 後ろで静かに達が会話する様子を見ていたエドワードが頃合いを見計らい声をかけた。その声で一行は登山を再開する。
それから1時間程歩き、漸く達は頂上の祭壇へと辿り着いた。
 石造りの祭壇は若干風化しているが、それでも威厳のあるものだと感じさせる造りである。
の代わりにアーク国の宝玉を持っていたエドワードは祭壇の前に宝玉が入っている鞄を置き、その隣にカルトスが所持していたバーン国の宝玉も置かれる。
それらの宝玉をは受け取って一つ一つ祭壇に並べていく。
特に並べる順番は決まっていなかった筈だが、落としでもしたら大変だとは片手で握れる大きさの宝玉を両手でしっかりと握った。
それまでの和やかな雰囲気は立ち消え、皆は固唾を呑んでを見守っている。

「――宝玉よ。8つの封印を解き放ち、今ここに力を解放せよ」

 静かにがある言葉を唱えると宝玉が光を放ち始める。
その光は最初はぼんやりとしていたが、あっという間に光の柱となった。彼女が眩しさに思わず目を瞑ると次の瞬間には光の柱が消える。
しかし、入れ替わるように人間の男の姿をしてはいるが背中に羽根を生やした者が鎮座するように空に浮かんでいる。
その威圧感に一行は揃って身体を硬直させた。恐らく彼がアークバーン大陸を守護するオーランドという神なのだろう。

「ほう…。世界を越えてやってきたか、希望と躍動を与えし者よ」
「…身に覚えはありませんが、もしかしてそれは私のことでしょうか。
 それから私のことを御存じなのですか?あ、神様だから何でも知っているのかしら」

 自分のことを知っているような口調のオーランドには委縮しながらもいつもの調子で話しかける。
後半は独り言のつもりだったが、そんな彼女の様子に目の前の神は磊落に笑った。

「そうだ、私は何でも知っている。たとえ別の世界のことでもだ。
 ――してよ、別の世界に来てまで私を目覚めさせたのだ。一つ願いを叶えてやろうではないか」
「私の…願い……ですか」

 は未だに迷い戸惑っている。そもそも宝玉の封印が解けたこと自体が不思議でならなかった。
封印の解除は誰かの為の強い願いを持つことが条件になっていると考えていたからだ。
今の自分には迷いがある。それなのに何故神を呼べてしまったのだろうか、とは祭壇の宝玉を見ながら思った。

「…願いはありません」
「ほう」
「ですが、私にはある想いがあります。それを聞いて頂けますか」
「ああ、言うてみよ」

 はここに来る前まで大陸を襲った津波の被害をなかったことにしてもらえないか尋ねるつもりだった。
単純に、失われた環境と命がこの大陸に戻ってくればいいと思っていた。
しかしそれでは人を生かそうと駆け回った者や生き残った者、そして彼らが必死に築き上げた今の生活を踏み躙ってしまうことになる。
危険が迫っているとも知らずに災害に巻き込まれた大勢の人達の恐怖や苦痛、無念さを思うと言葉もないが、
それでも、カルトスが言ったように宝玉によって本来あり得ない未来を手に入れた後に人々はそれまでと同じように生きていけるものなのか。
それならば――とは思う。

「この大陸は災害により環境が破壊され命を落とした者が沢山いると聞きました。
 中には自分の命が尽きたことも気づけずに亡くなった方もいるでしょう。
 住み処と食料を失い命を落とした生物も多いと思います」

 の言葉をエドワードたちは静かに聞いていた。
オーランドも空に佇んだまま耳を傾けている。

「私は世を去ることになってしまった者たちが安らかな眠りにつけるように祈りを捧げます。
 そして今生きている者たちの努力が報われ、希望と幸福に溢れる未来が訪れるように祈ります。
 ……これが私の願いに代わる想いです」
「ほう、お前は現状のままで良いというのだな」
「はい。 生き返らせてもらった私が言えることではありませんが、本来、起こってしまった過去は変えられないのが世の理です。
 悲しみを乗り越え今を必死に生きている彼らの姿を見ていたら、簡単に過去をなかったことにしてしまうことはできないと思いました。
 亡くなった大勢の人達には……本当に、申し訳ないけれど……」

 涙で声を詰まらせたにレイラが駆け寄った。
は選べなかった。何事もなかったように人々が生きる世界にすることはどうしてもできなかった。
被害がなかったとしても、こちらの世界はのいた世界とは全く違う歴史を歩んできているのだ。
アーク国とバーン国は未だ戦争中であるだろうし、手と手を取り合い自らの力で未来を築いていこうとするレイラやカルトスの想いは立ち消えになってしまうかもしれない。
それに自分に宝玉を託してくれたレジェンスやカルトスの想いを踏み躙ることになるような気がした。

「ふむ、過去を変える願いは受け入れないつもりであったからお前の考えは間違ってはおらぬな。
 ただお前が生き返ったことについて一つ教えてやろう」
「…はい、何でしょうか」
「厳密に言うとお前は生き返ったのではない。お前は命を終えてあの世界で新しい命として生まれてくる予定であった。
 しかし宝玉の封印を解いた者がお前と共に生きたいと願った故に以前と同じ姿で誕生させたのだ。
 お前の知識や記憶を維持させることと引き換えにお前が生まれてから育つまでの18年を私が奪った形でな」
「18年、ですか?」
「ああ、それは一見他愛のないものと思うだろう。だが、人が生まれて育ち18歳になるまでにどれだけの可能性を孕んでいると思う?
 どんな環境で生まれ育つかで人の成長は違ってくる。
 お前は多様な可能性を捨て、更には世界を飛び越え血族の全くいない唯の“”として生きることになるのだ。
 一生命としては不利な条件であろう」
「それでも私は幸せです。唯ので生み出してもらえて良かったと思います。
 それに今からだって可能性は無限にあります。何せこんな風に世界を越えてしまうこともあるんですもの」
「はっはっはっ、その意気や良し、それでこそ希望と躍動を与えし者よ」

 調子を取り戻して笑みを浮かべたを見てオーランドは豪快に笑った。
こんな風に考えるのは罰当たりだが、神威に気圧されることもあるけれどもオーランドは人の姿をしているのもあって何だか親しみの湧く神だとは思う。
とはいえ、神をも笑わせてしまう自分の図太さはやはりもう取り柄といっていいだろう。

「――ところで、お前は死んだ者たちの平静を祈ると言ったな」
「はい」
「ならばお前の世界に彷徨う影はじきに消えるだろう」
「あの影のことですか?」
「左様、あの影はこの世界で死んだ者たちが残した魔力の塊だ。
 お前が魔力で魂の器を作っていたのと同様に、その者たちも自分の身体を失ったことに気づかず居場所を求めて彷徨っていたのだろう。
 そして辿り着いたのがお前のいる世界だ。そこには自分と同じ存在がいる為に魔力が分断されて身体を具現化できずにいる」
「まあ…何てことなの……」

 思わずは嘆いた。あの影がこちらの世界で死んだ人達の魔力の塊だったとは。
命が終わったことにも気づけずに世界を越えて彷徨い続けるなんて、なんと悲しい存在なのだろう。

「別の世界にいるその人々にも祈りは届きますか?影になった人々の魂は救われるのでしょうか?」
「ああ、お前の慈悲なる祈りは彼らを救うことになるだろう」

 オーランドは慈愛に満ちた目でを見つめる。人々を想う涙で頬を濡らしたままもオーランドを見上げた。
神であるオーランドにとってはこの大陸とそこに生きるものたち全てが子どものような存在なのかもしれない。
そう思える程に彼の表情は温かい。

よ、此度はお前と話せて良かった。お前のような存在がいるから私は神をやめられぬ。
 ――宝玉は人の為、未来の為に必死に考え努力し挑戦する心を持った者の為にある。
 お前やここにいる者達のような志を持つ者が存在する限り、私もこの大陸も存在し続けるだろう。
 いつになるかは分からぬがいずれまたお前と会いたいものだ」
「でも宝玉は一度封印を解くと150年は使えなくなると聞きました」
「それは根拠のない噂であろう、使える者が現れればいつでも封印は解ける。
 ただ集める苦労をしてもらう為に捜し集めるまでに時間がかかるようにしているがな」
「ではもしかするとまた会うこともあるかもしれませんね。
 ですが、宝玉を必要とする機会が訪れない方が良いと私は思います」
「今回のように話をしに会いに来るだけでも良いがな」
「そんなことをしたら夫に怒られます。神を話相手にするなんてお前はどこまで図々しいんだって」
「はっはっはっ」

 大きな笑い声をあげるとオーランドは透き通るように消えていった。
そして完全に光を収めた宝玉は空に浮かび上がり、一気にそれぞれ別の方向に飛んでいく。
 いつか誰かが宝玉を集めることになるのだろうか。あの宝玉はオーランドから与えられた挑戦状なのだ。
それを集めて自己の為でなく他の為に一心に努力する者に会いたいが故にオーランドは宝玉に姿を変えてこの大陸を見守っている。
 はバーン国にいた頃にヤンが古い神話を話してくれたことを思い出した。
オーランドは挑戦と快楽を司る神であり、美酒や美食を愛し希望に向かって努力する者を愛す存在であると。
まさにその通りの神であったとは思う。
なんと親しみの湧く神様であろうか、と彼女は笑顔で空を仰いだ。





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