「おい、!お前、神様相手に自然体過ぎるだろ」
「あはは、我ながら無礼だったね」

 山頂は静けさを取り戻すが、すぐにばたばたと足音が響いた。少し離れたところにいたククル達がに駆け寄ってきたのだ。
皆に囲まれたは肩の力を抜いて笑ってみせる。
自分がこの世界に来た理由とこの世界でのすべきことが全て明らかになり、
また思いがけず成すべきことを遂行できたことにほっとしていた。

「良い経験になりましたわ」
「ああ、直接神の言葉を聞けて良かった。
 …やはり現時点で宝玉はにしか使えなかったな」
「そうですね、誰かを想う気持ちが一番強いのはさんでしょう」
「でも、私はあの時迷っていたのよ。宝玉が反応するなんて思ってなかったの」
「具体的な願いはなくても、人を想うというの心そのものに反応したのだと思うぞ」
「きっとそうでしょう。相手は神ですからね、我々の心の中なんてお見通しですよ」

 そう言ってヤンは祭壇の方を振り返った。皆も祭壇に目を向ける。
オーランドは過去を変える願いは受け入れないと言っていた。
やはり人は後悔したり反省したり顧みることがあっても、結局は前に向かって進まなければならないということなのだろう。
それはとても苦しく悲しいこともあるけれど、人には困難を乗り越えて生きていく力と未来を変える可能性があるということなのだ。
オーランドはそんな人間を愛している。

「――。亡くなった者たちを悼み、冥福を祈ってくれてありがとう。
 お前の慈悲深き弔いの灯はこの大陸に燈り、彷徨う者たちの道標となるだろう」

 カルトスの言葉の後、皆は口々にへの感謝を口にした。
は涙を滲ませながら首を振る。

「感謝されるようなことじゃないわ。私はこれから先、皆と一緒に生きていくことはできない。
 私にできることは祈ることだけだもの…」
「そうやって祈ってくださる様の存在自体が有難いのですわ。
 自分のことのように心を痛めてこの世界を案じてくださるお気持ちはとても尊いものです」
「レイラ…ありがとう」

 はレイラの手を握り返した。
王族だったにもかかわらず彼女の手には硬い肉刺がいくつもできている。
新しい生活に苦労しながらも彼女は力強く生きているのだ。
が住んでいる世界とは違いがあれどレイラ達が築いていく未来もきっと素晴らしいものになるに違いない。
自分は違う世界から彼女達の幸せな未来を祈ろう、とは思う。

「――きっとこの世界の人々が貴女を呼んだんだ。希望と躍動を与えし者と神は言いました。
 居場所を失い彷徨う人々が希望を求めて貴女を呼び寄せたんです。だから世界は繋がった」
「ああ、俺もそう思う」

 ヤンの話にレノンが頷いた。
オーランドが何故希望と躍動を与えし者という呼び方をしたのかは未だに不明ではあるが、
自分がこちらに来たことであの影となった人達が救われたのなら良い。
それにこれで向こうの世界も落ち着くことだろう。

「…これで向こうの世界の混乱も収まるな」
「ええ」

 の考えを見透かしていたようにエドワードは口を開いた。
彼は大きな岩に立てかけるようにして置いてある鏡の傍に立っている。
その表情はどこか浮かぬ顔であり、と目が合うと彼は徐に目を逸らした。

「――私、向こうの世界に帰るわ。これ以上ここで皆と話してたら別れが辛くなるから」
「でもよ、向こうには向こうの俺達がいるんだろ?」
「それはそうだけど、理屈では言い表せないのよ。
 別世界からやってきた私を知っている貴方たちとはもう二度と会えないんだもの。寂しいわ」
「ええ…私も寂しいですわ。様とはいいお友達になれると思いますのに」
「ええ、それは保障するわ!レイラは本当に素敵な私の友達なのよ。
 …こちらの世界の貴女と会えて良かった」
「私もです」

 はレイラとしっかりと握手をする。
そして手を離した彼女はカルトス、ヤン、ククル、レノンと続いて握手をした。
忙しいにもかかわらず突然やってきた正体不明の女を信じてついてきてくれた優しい青年達。
彼らは世界が違ってもその優しさと頼もしさは変わらない。は皆に心から感謝を伝えた。

「エドワードもありがとう。
 昨日、貴方に話を聞いてもらっていたから今日は落ち着いて話ができたと思うの」
「お前は神が相手でも臆すような人間ではないと思うが」
「貴方や皆がいたから平常心でいられたのよ」

 エドワードらしい物言いにはわざと膨れてみせた。
出会って一日しか経ってはいないがが彼の人となりを知っていたのもあっていつの間にか気心が知れた仲となっていた。
勿論それは彼に限った話ではないが、それでもは特にエドワードを渇仰している。

「お前は騒々しい割に何事もなかったように世界を変えていく。
 …人の心も簡単に捉えて変えてしまう」
「エドワード、私そんな大それた人間じゃ……っ!?」

 ははっと口を噤んだ。
目の前に出されたものが自分が左手の薬指にしている指輪と同じものだったからだ。

「同じものが存在するのに持っていけるのかは不明だが、できることならお前に持っていて欲しい」
「駄目よ、エドワード。それは貴方にとって大切なものでしょう?
 いつかそれを渡す人が現れるかもしれないわ」
「お前以上に私の心を乱す奴は現れそうにない」

 そう言ってエドワードは自嘲するが、その瞳はの夫と同じく優しいものだ。
それを見た瞬間に湧き上がってくる焦がれるような感情にはぴんと来るものがあった。
愛慕と思わしきその感情に彼女は後ろめたさを感じてしまう。
夫と同じ人間ではあるがやはりこの気持ちはよろしくないだろう。

「…でも、やっぱりそれは貰えないわ。
 別の人から指輪を貰ったなんて夫が知ったら気分良くないと思うの」
「確かに私なら怒り狂うだろうな」
「でしょう?」

 は後ずさりエドワードから離れる。
鏡は彼女のすぐ真後ろにあった。このまま鏡に飛び込めば元の世界に戻れる。
しかし今のエドワードを放って行くのは忍びなく思えた。

「ねえエドワード。私ね、考えたの。
 きっと近い将来、私と同じ存在がこの世界に現れると思う。
 いつになるか分からないし、どんな状況で会うかも分からないわ。
 もしかしたら私は野生の花になってるかもしれないし、皆の子どもや子孫として生まれることもあるかもしれない。
 だけどきっと私達は出会えると思う。私達って不思議な縁があるもの。
 きっと貴方は私を見つけ出してくれるわ」
「またお前は根拠もなく楽観的なことを」
「ふふっ、それが私の取り柄だもの」
「褒めてはいない」

 はもう一度笑った。エドワードも笑みを浮かべている。
この世界にいつか生まれてくる自分とエドワードはきっと出会える、と改めて思う。
何せ自分は違う世界のエドワードと出会い、そして彼に恋をしたのだ。
いつであってもどこであっても二人は引き合う縁を持っているのだとは信じる。

「だから、それまでさよならよ。
 ――貴方にも幸せな未来が訪れますように」
「…ありがとう、

 二人は手を差し出して握手をし、ゆっくりと手を離した。
そして鏡の枠に手をかけるとは皆に向かって手を振る。
今度こそお別れだ。

「皆、ありがとう。さようなら!」

 ラスティア山にの声が響く。
一頻り手を振った後、はレジェンスのいる方向とアーク地方へ向けて手を振ると、身体を少し屈めて鏡に飛び込んだ。





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