エドワードの家に向かう道すがら、レイラに尋ねられたこともありはククル達との思い出を話していた。
彼女が彼のことをぶっきら棒だけれど頼もしくて兄のようだったと話すと、ククルは気まずいような照れ臭いような複雑な心境で表情をころころと変え、
それを見たレイラやカルトスは笑い、つられてククルやも笑う。
の隣を歩くエドワードは仲間たちと一緒にいる為か出会った時よりもずっとリラックスしているように思えたが、
やはり自分は彼からはあまり歓迎されていないな、とは思った。
「おかえりなさい」
一行がエドワードの家に辿り着いた時、既に家の前に青年が二人立っていた。ヤンとレノンだ。
ピーコックプルーの癖っ毛の青年――ヤンは大袈裟に両手を腰に当てて「もう、待ち草臥れましたよ」と頬を膨らませている。
「こっちは仕事終わりでお腹ぺこぺこなんですからね、今から夕食作り手伝えとか言わないで下さいよ」
「心配は無用だ。マーサがサラダとスープを用意してくれた」
「やった!!さあさエドワードさん、早く開けてくださいよ」
「煩い、少し黙っていろ」
エドワードにこんなにも気安く接することができるのはヤンだけかもしれないなとは改めて思う。
カルトスも気楽に話しかけるけれども、わざとエドワードの眉間に皺を入れさせるような冗談を分かっていて言えるのはヤンだけではないだろうか。
しかし、そこに悪気や他意が全く含まれていないことを皆知っている。
少々堅苦しいバーン国の面々の潤滑油となり場を和ませる役割を持っているのがヤンなのだ。
そんな彼の姿には心から笑みを浮かべた。ヤンはいつでもどこでも“彼らしさ”というものを自覚している。
そんな変わらない彼の存在が嬉しかったのである。
「…いやあ、それにしても並行するように別の世界が存在するとは想像もしませんでしたよ」
「ヤンは呑み込みが早いわね。
実際に鏡から出てくるところを見たエドワードはともかく、話を聞いてそんなにすぐ信じられるものなの?
まあ、私としてはすぐに信じてもらえるのは嬉しいことだけど」
「そりゃまあエドワードさんが冗談を言う人だとは思えませんし、指輪のこともありますしね。
何よりこんな狭い集落で暮らしていて今まで貴女とは面識がなかったんですから突然現れたって言われた方が納得いきますよ。
…アーク地方は壊滅状態ですし、バーン国民はまだサウスランドから戻ってきていないですしね。
また他の大陸から渡って来たにしては貴女は軽装ですので」
「確かにそうね」
マーサから貰ったジャガイモとカボチャをマッシュしたサラダと根菜類の入ったスープ、噛み応えのあるパン、干した肉を口にしながら
ヤンはからここに来た経緯や彼女の世界の歴史、そして黒い影のことなどを一から聞いていた。
「何より残念なのは何故貴女の世界の私は貴女を死ぬ気で口説かなかったのかってことですよ。
こんな綺麗で可愛らしい人をむざむざと身近な男に取られるなんてそちらの世界の私はどうかしてる」
「ふふっ。
…ヤンのそういう明るいところに救われるわ。ありがとう」
「言っておきますけどこれは本気で言ってますからね。
でも、どこが良かったんです?
この人、仕事はできるし顔も良くて周りの女性からは大人気の割には恋愛とか避けて無愛想極まりない人でしょう」
「ヤン、それ褒めてるのかけなしてるのか分からないわよ」
「私は客観的に判断して言ったまでです」
そのような会話をしているとヤンをエドワードは面白くないように遠目で見ており、
カルトスとレイラはそんな彼を見ては顔を見合わせ時折肩を震わせて笑っている。
こちらの世界でもエドワードは損な役回りのようだなとはひっそりと苦笑した。
「…そうね、最初の印象が最悪だったのが逆に良かったのかもしれないわね」
はエドワードとの出会いを思い返していく。
胸の痛みで意識を失ったところをレノンに助けられそのままバーン国へ連れて来られてしまったは
当然ではあるが酷く疑われてエドワードに冷たく接されたことからかなりの苦手意識を持っていた。
しかしカルトスから亡くなった妹のことを聞いたり、いつも真剣に忙しく働いている姿を見ているうちに苦手意識はなくなり、人として尊敬するようになった。
「これは皆に言えることかもしれないけど、基本的に紳士でしょう?
特にバーン国の人達はレディーファーストが徹底されているように思えたわ。
だからよく口喧嘩したり皮肉を言い合ったりしていたけど、何だかんだでエドも優しかったのよ。
そういう第一印象とのギャップに惹かれちゃったのかもしれないわね。
それよりもエドが私を好きになったことの方が余程疑問だわ」
実際に自分のどこが好きなのか夫に聞いたことがなかったはずっと不思議だった。
得体のしれない女、色気がない、激情型の暴力女、と散々言っていたにもかかわらず彼は何故宝玉を使ってまで生き返らせる程に愛してくれたのか。
恐らく直接聞いてもエドは答えてはくれないだろうとは思うし、特に聞かなくて良いとも思っている。
何故なら自分もいつ彼のどこを好きになったのか具体的な理由は説明できないからだ。
後から相手の好きなところはいくらでも挙げられるけれど、恋に落ちる瞬間は直感的なもので理由などないのかもしれない。
「貴女と兄のやり取りを見ていましたけれど私はエドワードが貴女を好きになった理由が分かる気がしますわ」
「そうだな、俺も分かるぞ」
「…好奇の目で私を見ないでください。私には関係のないことです」
レイラとカルトスが穏やかな表情で会話に加わってきた。この二人は本当に仲の良い夫婦だとは温容を湛える。
しかし、彼らの目線を感じたエドワードは不快そうな顔をしてみせた。
たとえ別の世界にいるとしても自分と同じ姿形をした者の恋愛話など聞きたくないとエドワードはしかめっ面で顔を背ける。
しかも普段決して口にしない妹のことも知られていることが堪らなかった。
エドワードは妹が病で死んでからは特別な感情を抱く相手を作らないように生きてきた。
愛しい者を失う苦痛は二度と味わいたくないと思ったのだ。
だが、カルトスから城へ呼ばれ、仕事をする上でレノンやヤンと出会い交流して行くうちに彼らに情が湧いてきていた。
カルトスには敬愛と忠誠心、レノンやヤンには信頼とカルトスの下で共に働いているという仲間意識が芽生えたのだ。
そしてあの災害をきっかけにレイラやククルを含む生き残った者たちにも連帯感を感じている。
これはエドワードにとっては望ましくないことであったが、不思議と嫌ではなかった。
それだけではない。認めてしまうのは癪ではあるが出会ったばかりのにもカルトスやレイラが言ったようにエドワードは親しみを感じ始めていた。
あちらの世界の自分の妻であるということは差し置いて、彼女の言動は好ましいと思った。
レジェンスに対する接し方やこの世界に起こった痛ましい出来事に胸を痛める姿は彼女の優しい心を如実に表していた。
感情的な人間とは自分はそりが合わないと自覚しているのでとは相性が悪いように思えるが、純真な彼女に惹かれる心情は分からなくもない。
それでもできるだけ心を許したくはなかった。彼女はこの世界に一時的に滞在している存在だ。
この世界には本来関係のない人間なのだ、お互い肩入れしても良いことはないだろうとエドワードは思った。
「それで話を元に戻しますけど、さんがこちらに来た理由ですがやはり私にも分かりませんね。
まあ、気づいていないだけで貴女だけでなく他の人間が紛れ込んでいる可能性もありますけど。
そもそも世界が繋がった理由も分かりませんしね。
ただ貴女の世界に最近現れたという黒い影が気になります。その影が現れたから世界が繋がったのか、世界が繋がったからその影が現れたのか…」
「成程ね、それは考えていなかったわ。黒い影の正体も分からないし今のところは何とも言えないわね」
「はい。どういう状況で繋がったのかが分からない以上、さんはこちらに長居しない方がいいでしょうね」
「ええ、私もそう考えてるわ。明日、鏡のところへ行ってみるつもりよ」
「――明日ことだが、もしよければその前にラスティア山に行かぬか?」
「ラスティア山?でも、あまり時間をかけるのは…」
それまで穏やかに話を聞いていたカルトスが真面目な顔での方を向き直った。
ラスティア山は神聖なところとされており、ラスティア山の頂上にある祭壇に宝玉を捧げて神を呼び出した者は願いが叶うという伝説はアークバーン大陸に今もなお残っている。
そこはにとっても特別な場所だ。そこでは命が尽き、またそこから新たな命が始まった。
やを生き返らせてくれた8人のアークバーンの英雄達は伝説の生き証人となったのである。
そんな特殊な場所にカルトスは行こうと言う。
彼のことだから何か深い考えがあるのだと思うが、ラスティア山に行って帰ってくれば丸一日はかかる可能性がある。
どれくらい時間の猶予があるのかは分からないけれど、不用意に長居はしたくないとは思った。
「、お前にバーン国の宝玉を渡したい」
「カルトス、貴方まで何を言い出すの!?受け取れる筈ないじゃない」
は驚いて首を横に激しく振った。
だけでなくエドワードやククル、ヤンも驚いているが、レイラとレノンは落ち着き払った様子である。
二人はカルトスの意を理解しているということなのだろう。
「先程、レイラと話して考えが一致した。今、この大陸で宝玉を使えるのはしかいないと」
「使ってどうするの?今の私にはそんなに大それた願いなんてないわ」
「最悪、元の世界に戻れない時は宝玉を使う必要があるだろう」
「それは…そうかもしれないけど、でも、本当に最悪の場合でしょう?
そんな簡単に宝物を渡すなんて言わないで」
「レジェンス殿の言った通り、俺も宝玉を持つのはお前が相応しいと考えている。
この世界のアークバーン大陸は現在、国としての機能は崩壊してしまったと言ってもいい。
自然環境も文明も破壊された土地で暮らすことはとても絶望的に見えるかもしれない。
しかし我々は皆、未来は良いものになると信じている。多くの大切なものが流れて消えていったが、この大陸に残ったものは希望だ。
未知なる希望よりも手の届く位置にある希望の方が我々にはずっと大切なのだ。
そんな我らの許にあっては宝玉は意味を持たずに埋もれ、廃れてしまうだろう。それならばお前に使ってもらった方がいいと思うのだ」
「貴方達が今の状況と支え合ってきた仲間達をとても大切にして生きているということは十分わかったわ。
だけど私には……。そもそも私に神様が呼び出せるとは思えない」
「では呼び出せたらその宝玉は貴女のもの、というのはどうでしょう」
「レイラまでそんなこと言って!」
は次第に膨れっ面になる。皆して宝玉を簡単に扱い過ぎではないだろうか、と。
これは宝とつくだけあって本当に特殊な力を秘めたものなのだ。別の世界から来た部外者の自分にはそもそも関わる資格がないであろう。
それなのに親切心なのかカルトスらがあっさりと手放そうとするのは流石に軽率に思えた。
「ある意味、厄介払いなのかな」
ヤンがぽつりと呟くとレイラはすっと目線を下げた。
「宝玉があればまた争いが生まれるかもしれない。だからせめて150年の間は宝玉をただの石ころにしてしまいたい」
「…私にはそういう気持ちもあります。宝玉さえなければもっと早く両国は歩み寄れたのではないかと」
「……それでも、私には…」
「、一晩考えてみてくれないか」
「……分かったわ」
そうしてその日は解散となった。
レイラが自分とカルトスのところに泊まるかと提案してくれたが、流石に二人の邪魔をするようで気が引けてはエドワードの家に残らせてもらうことにした。
見ず知らずの女を泊めたくはないがカルトスらと一緒にするのも不安だと思ったのか彼は渋々了承した様子だった。
とはいえ、カルトスらの家もヤンやレノンの家もすぐ隣にあるそうなのでバーン城で暮らしていた頃と似たようなもののようにも思える。
あの頃の部屋よりも今の家の方が狭いような気がするけれど1LDKの家なのでエドワードとは同じ部屋で寝なければいいだけの話だ。
これくらいはエドも許してくれないだろうか、とは夫の顔を思い浮かべる。
他の男性の家に泊まったり野宿したりするよりも、別の世界の自分を選んだ方が許してくれそうである。…多分だが。
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