その後、エドワードは自分が使っているという小屋にを連れて行き、小屋に着くまでの間に話の続きをした。
それは、津波が襲う前にククルがアーク国の軍を率いてバーン城を攻めに来たことや、
カルトスとレノンが残って攻めてきたアーク国軍をラスティア山に誘導して救おうとしたこと、
残されたククルとヤンとエドワードとレイラは転送装置で無事に地下シェルターに避難したこと、
津波をやり過ごした後は復興に向けてシェルターに避難していた皆をレイラが導いていること、
そして、災害の約一ヶ月後にカルトスとレノンは生き残ったアーク国の者たちを連れて帰って来たことと
レジェンスやククルの両親など数名のアーク人とアーク国が所持していた宝玉が波打ち際で見つかったことなど、
良くも悪くもの胸を締め付ける出来事ばかりだった。
「ねえ、皆に会えないかしら?レイラ達に会いたいの」
「相手はお前が誰か分からないのに会ってどうするというのだ」
「どうって…ただ目で確認したいだけよ。
レイラやレジェンス、ククル、カルトスやレノンさんにヤンだけでも無事に生きてるってことを……」
悲痛な表情で口を開くに対してエドワードは複雑な想いを抱いていた。
彼女が来た世界は奇跡のようなことが次々と起こり人々は幸せに暮らしているのに、こちらの世界はほぼ崩壊してしまっている。
両国が協力しなければと分かっていても未曽有の事態が引き金となったアーク国王の荒み具合はこちらからはどうにもならなかったし、
自分たちは最大限の努力をした結果として今生きているのであって、人口は少ないながらもアーク国やバーン国といった国や歴史の柵から解かれて
仕事に勤しみ寝食を共にしている仲間たちとの現在の生活をエドワードは幸せだとも思っている。
それでも、皆が完全に救われた世界から来たというの話を聞くと、何故自分たちは皆の幸せを貪欲に勝ち取らなかったのだろうかと腹立たしく思えたし、
その感情を平和な世界で幸せに暮らしているという彼女に理不尽にぶつけてしまいそうで怖かった。
何よりの世界とこの世界の何が違うかと言えば、彼女の話を聞く限りは彼女が存在していたか否かであって、
女が一人存在しただけでこんなにも未来が変わってしまう程に世界や未来というものは姿を変えやすいものなのかと思ったし、
小説等に出てくる“未来は変えられる”といった慣用句にも似た言葉を目の当たりにさせられて、
「何故こちらの世界に存在してくれなかったのだ」とを詰ってしまいたい気持ちだった。
だが、目の前の彼女は詰ることなど憚られる程にこの世界の有様を見て自分に起こったことのように受け止め涙を流すような人間であった。
アーク国から連れてこられたにもかかわらず、数ヶ月バーン国で過ごすだけで「バーン国の人達も好き」と言えるような心優しい彼女だから周りを大きく巻き込み、
その結果、未来は変わったのだろうとエドワードは想像する。
しかし、それもただの想像にすぎない。本当にがいたから未来は変わったのか、そもそも彼女はどんな人間なのか彼は純粋に知りたいと思った。
そしてもし、彼女が存在することで未来が変わったというなら、この世界に彼女が現れた意味は何なのだろうか――
「いきなり皆の前にお前が出ていくのはやめた方が良い。ここにいる者はアーク国軍だった者以外は城の関係者か研究員で昔からの顔見知りだ。
不審者だと思われ捕らえられるかもしれないし、奇跡的に生き残った者だと思われるかもしれない。後者の場合は皆をぬか喜びさせることになる」
「ぬか喜びって…」
「お前は別の世界の人間なのだろう。ずっとここにいるつもりか?」
「いえ、勿論帰るつもりだけど…でも、帰れるのかしら。確かめずに貴方についてきてしまったけど、
来た時と反対にあの鏡に飛び込めば向こうに帰れるかどうかまでは分からないわ」
「それは私にも分からぬ。明日、また見回りのついでに見に行ってみるつもりだが。
――それはともかく、お前が会いたいという特に親しかった者に関しては私の方から話をしてみる。それまではここに身を潜めておけ」
「分かったわ」
はそう言ったものの、小さいこの小屋に隠れていてもすぐに見つかるだろうと思った。
それにどれくらいこちらにいることになるのかは不明だが、出会ったばかりのエドワードと一つ屋根の下で過ごすというのも気まずい。
たとえ自分の世界では最愛の夫だとしても、また人格までは変わっていないとしても、
こちらでは互いによく知りもしないし同じ過去を共有していない他人同士なのだ。
「とりあえず、まずはカルトス様とレイラ様に話をしてくる。あの二人は適応力が飛び抜けているからな」
「うん。お願いします」
小屋から出ていくエドワードの背中を見送ったは少し笑った。こちらに来て初めて笑った気がした。
あのカルトスとレイラが結婚しているだなんて。最初に聞いた時は本当に驚いた。
もしかすると自分の世界でも国を統一する時にそういう話も出ていたのかもしれないが、今のところは結婚どころか知人程度の関係だったように記憶している。
しかし、エドが仕事を後任の事務官に引き継ぎ初等学校の教諭になってからはレジェンス達の話も聞かなくなった。
自分の知らないところであの二人がパーティーや式典などで顔を合わせて仲良くなっている可能性もある。
ただ、現在カルトスはアークバーン大陸から遠く離れたジッカラートという国に外交官として赴任している為、全く交流がない可能性の方が高いだろう。
お節介ではあるが、機会があれば紹介してみたいものだ。
――そんなことを考えていると、扉がノックされた。
が控えめに返事をすると、扉は素早く開けられてカルトスとレイラ、そしてエドワードが入ってくる。
「カルトス!レイラ!!」
見知った顔が現れて思わずは二人に駆け寄った。
漆黒の髪の毛と赤い瞳、そして褐色の肌の青年と彼に寄り添う快活そうな金髪ショートカットの女性は
にとっては暫く会っていない友人であり、久しぶりの再会であるが、向こうにとっては初対面だ。
それがには少し悲しい。
「カルトス、少し痩せた?でも、何だか前より逞しく見えるわ。
レイラはあの綺麗な髪の毛を切ってしまったのね。でも、その髪型も素敵よ」
目を潤ませながら出会えた嬉しさを噛みしめるように微笑むをカルトスとレイラは驚きつつぼんやりと見つめていたが
悪い人ではないだろうということはすぐに感じ取り、先程エドワードが簡単に説明してくれたように
彼女の世界では彼女と自分たちは親しい間柄だったいうことを察知した。
「――あ、ごめんなさい!一人で舞い上がっちゃって。
あの、私はといいます」
「…か、この辺では珍しいが良い名だな。
さて、エドから簡単に話を聞いたが…申し訳ない、やはり俺達はお前を知らないようだ」
「いえ、貴方が謝ることではないわ。私の存在しない世界だもの、当然よ。
我儘だとは思ったけれど、ひとまず貴方達の無事を確認したかったの。見ず知らずの者が呼びつけてごめんなさいね」
「いや、構わぬ。俺もレイラも詳しく話を聞いてみたいという結論に至った」
「ふふっ、二人は仲が良いのね」
先程からカルトスのレイラを含めた物の言い方には笑みを漏らした。
寄り添う二人の姿を見ていると始まりは政略結婚だったのかもしれないが今は恋愛を伴う良きパートナーに見える。
確かに好奇心が旺盛で活動的なレイラと包容力があり何も言わなくても気持ちを分かってくれる感受性の強いカルトスとは相性が良さそうだとは思った。
「――話は大方エドから聞いた。お前が別の世界の人間であることと、お前の来た世界はこことは全く違う運命を辿った世界であるということをな。
信じられないことではあるが、エドとお前との出会いやお前の持つ指輪が別の世界の存在を証明している」
「信じてくれてありがとう」
「そこで気になることがあるのだが、何故お前はこの世界へやってきたのだろうか。
いや、もっと突き詰めて言うと何故この世界とお前の世界が繋がったのか、ということだが。
普通に考えて別の世界に繋がることなどあり得ない。寧ろ別の世界があるなど誰もが考えたこともないだろう。
だがお前は魂の状態で世界を越え、アークとバーンが一つになった国が存在する世界で生き返ったという。
ならば今回のように世界が繋がることもまた有り得ることなのかもしれない。
しかし、繋がるにしても何か要因があるのではないかと俺は考える。
…こちらの世界は変わりなく過ぎているが、お前の世界では何か変わったことなどなかったか?」
カルトスの話を聞いたは自分の世界で起きている異変のことを思い出した。
次々と現れている黒い影の存在だ。もしかするとそのことと関係があるのだろうか。
「実は私の世界で原因不明のおかしなことが起こっているの。
一週間ほど前から黒い影のようなものが多数現れるようになったのよ。
最初に目撃されたのはアーク地方でだけど、今日はついにバーン地方にある私の住む街でも目撃されたわ。
だから私は夫から隠れているように言われて奥の部屋に移動したのだけど、ふと鏡に違和感を覚えて…」
「成程、それで鏡に触れようとした際にエドによってこちら側に引き込まれたわけだな」
「ええ」
難しい表情で考え込んでいるカルトスとエドワードを前にしてとレイラは顔を見合わせ、そして控えめに笑い合う。
こんな状況でなければきっとこちらの世界のレイラともすぐに仲良くなれるのだろうと思うが
この世界にとって異物のような存在の自分をはとても引け目に感じた。
「だけど、私のいた世界に異変があったとしてこちらの世界に何か影響があるわけではないんでしょう?
もし、悪影響が出てるなら心苦しいけど…。とりあえず今は影響がないとして、だとしたらどうして世界が繋がったのかしら」
「その逆もあり得るのではないか?
こちらの世界では特に異変は感じ取られないが、知らないうちにこちらの世界からそちらへ影響が及んだことも考えられる」
「確かにエドの言うことも考えられる。だが、情報の少ない現状では判断付かぬな。
今からヤンを呼び相談してみよう」
「そうですね」
「もうすぐ日も暮れる。ヤンが来たら皆で食事を取ろう」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
ヤンにも相談することが決まり、一先ずこの場は解散することになった。
彼らと話したことで思うところがあったは部屋から出て行こうとするカルトスとレイラを呼び止める。
「あの、一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「今のところ世界が繋がったけど、この世界は私が来ただけで何も変わってない。
もしかしたら他にも繋がってるところがあるかもしれないけど、例えば私が元の世界に戻った後、
あの鏡を壊してしまえばもう世界間の繋がりがなくなってこちらはこれまでの生活が続いていくわけじゃない。
それなのにどうして貴方達はそんなに真剣に考えるの?言ってしまえば私のことなんて関係のないことでしょう?」
「確かにそれはそうだな。だが、お前は俺達を知っているのだろう?
そして実際には関わりがない今ここにいる俺達の無事を確認し涙を流して喜んでくれた程に親しみを感じてくれている。
俺はそのことが純粋に嬉しかった。優しい気持ちには同じように応えたいと思う。
…更に言うと、何か理由があるのだろうと思ったのだ。この世界が繋がりお前がこちらに来たことに。
恐らくお前はこちらの世界で何かすべきことがあるのだと思う。
それを来たばかりのお前だけで捜すのは酷であろう」
「カルトス…」
カルトスの優しさがの胸を打つ。
バーン国に連れてこられた当時も彼の計らいで自分は不自由なく客人状態でバーン城に置いてもらえたのだ。
彼がいなければエドと恋に落ちることもなかったのだろうし、生き返ってもいなかっただろう。
何より、アーク国とバーン国が協定を結び統一出来たのはレジェンスとカルトスの二人の存在があったからだと思っている。
「ありがとう。こちらの世界でもし私にできることがあるなら何でも言って頂戴?
皆の力になりたいの。些細なことでもいいわ」
「はは、その気持ちだけでも有難いが、何か考えておこう……いや、考えついた」
カルトスは笑顔を向けた後、すぐに真剣な表情を見せてそのままレイラをじっと見つめた。
彼女は彼の考えが理解できたようで静かに頷く。
「よければレジェンス殿に会ってくれないか?」
「レジェンスに?ええ、会わせてくれるなら会いたいわ」
先程聞いたレジェンスの状態を聞いて気になっていたは是非とも会わせて欲しいと懇願した。
優しく穏やかで周りから望まれたように職務を全うしようとしていた彼が廃人のようになるとは薬の影響もあるだろうが、
何といっても精神的ショックが大きかったのだろうとは容易に推察できた。
レジェンスは旅の間は王族であることを忘れていたいと言っていた。
皆の期待を背負い王族として生きながらも世間一般の人達の生活にも興味を持ち憧れていた。
宝玉を得る為の旅で得た経験は大陸統一後の彼の働きに遺憾なく発揮され、
の世界での彼は統一したばかりで不安定な国を守る為に国防長官となっている。
昔から人々に光の王子と呼ばれていたという彼は肩書きが変わっても自ら光を放ち皆を光の方へと導く存在なのだ。
この世界のレジェンスも目映いほどの輝きを取り戻して欲しいと思い、はカルトスらにレジェンスの元へと案内してもらうことにした。
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