「最初から精神状態を疑われそうな気もするけど、先に私の存在について話しておくわね。
さっき、元々この世界の人間ではないって言ったでしょう?
あ、この世界って言っても今貴方のいるこの世界じゃなくて……」
「理解はできるから話を先に進めろ。最初から詰まっていてどうする」
「分かったわよ、もう」
紳士なところも変わらないが、突っ慳貪な態度も健在なところはやはりエドワード。
は頬を膨らませ彼の後ろ頭を睨みつける。
しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないし、もたもたしてまた彼に邪険に扱われるのも嫌なので話を元に戻した。
「私は元々この世界の人間ではなかったの。元の世界では私は18歳の学生だった。
でもある日、事故に遭って生死を彷徨う状態になった時に魂だけがこちらの世界に飛ばされたの。
何故飛ばされたかまでは分からないわ。そして気がついた時、私はアーク国の見知らぬ野原に倒れていたのよ。記憶を失った状態でね」
「魂だけが飛ばされたというのはどういうことなのだ」
「後々自分の死が近づいて知ることになるけど、その時の私にはそんなこと分かっていなかったわよ?だから存在していられたとも言えるのだけれど。
…私はね、自分の魔力で身体を形成していたの。自分が魂だけ飛ばされたなんて思ってもいなかったし記憶もなかったしね。
だから当たり前のように自分は生きていると思っていた。その思いが魔力となって魂を入れる器…つまりは身体を作り上げたと考えているわ」
「そんなことがあり得るのか?」
「あったんだから仕方ないわよ。実際に私は実体を持って貴方たちと交流し、貴方と恋に落ちたわ」
がそう言うとエドワードは歩くスピードを少し速めた。
たとえ世界が違うとしても、やはり同じ名前、というよりも同一存在の自分が見ず知らずの女と恋に落ちたなんて言われるのは嫌かもしれない、とは思った。
「…ねえ。話を中断して悪いけど、分かりにくいかもしれないしこれから貴方のことをエドワードって呼んで夫の方をエドって呼ぶことにするわ」
「どうでもいい話だ。好きにすればいいだろう」
「ええ、勝手にするわよ」
そんなやり取りをしたはエドと出会った当初を思い出していた。
最悪の印象から始まった関係だった為に暫くは互いに警戒心と敵対心を持っていたしそれらを敢えて隠さず接していた。
しかし、バーン城という同じ空間で過ごすうちに少しずつ彼への考え方は変わっていった。
真摯に仕事に打ち込み常に忙しく動き回っているエドはお世辞抜きで素敵だと思うようになった。
ただその時は素敵といっても人として尊敬できると思っていたのであって恋愛対象としては意識してはいなかったのだけれど。
最初は彼と出くわして口喧嘩するのを避ける為に彼の姿がないか確認する為にきょろきょろしていたのに、
次第に彼の姿を探すようになり、彼が毎朝起こしに来てくれるのを楽しみにするようになっていった。
その時点で恋をしていると自覚すれば良かったのだろうが、二人して最後の最後まで気づこうとしなかったへそ曲がりなところは似たもの同士であるとは思っている。
「――話を戻すわ。
記憶のない状態で辺りをふらついていた私を助けて旅に同行させてくれたのがレジェンス一行だったの。
レジェンス、ククル、シャルトリューさん、ランくんの4人と出会い、私は記憶が戻るまで彼らの宝玉探しの旅に同行させてもらうことになった。
これがAHD3450年の暖期の始まりの頃かしら。
その後、私はレイ山にある湖の畔で水を汲んでいた時に胸の痛みに襲われ倒れたの。
そんな私をアーク国に偵察に来ていたレノンさんが見つけ、バーン国に連れ帰って助けてくれた。
そうして私はカルトスやエド、ヤンとも出会ったわ。
最初は捕虜扱いする人もいたけど、カルトスが客人として置いてくれたおかげでバーン国の人達にはとても良くしてもらったの。
さっき名前を上げた4人には特にね」
「それもAHD3450の出来事か?」
「ええ、バーン国に滞在するようになったのは私が野原で目覚めてから1ヶ月半くらい経った頃だもの」
「……」
エドワードは何かを考えているようで黙り込んでしまう。何か難しいことを考えこんでいるのだろう。
考え事をする時に眉間に皺を寄せる彼の癖を思い出しつつ、質問は後で受け付けることにしては続きを話す。
「バーン国で過ごすうちに私はバーン国の人達も好きになったわ。だからどうにかしてアーク国と話し合って協力して欲しかった。
宝玉は両国それぞれ集めていたし、いつかはそのことで対峙することになると思ったから。
だからチェリスの関所でレジェンス達を待ち伏せするっていうエド達の話を聞いて私も同行したの。
その頃には私がレジェンス達と一緒に旅をしていたことも知られていたから、交渉の為にも私が必要だと思ったし、
何とか話し合う機会が持てればいいと思って。でも話し合いは行われず、翌日ラスティア山で決闘することになった」
「それはいつのことだ?」
「それもまだAHD3450よ、暖期の終わり頃ね。
――それでね、決闘が行われたの。その結果、カルトスはレジェンスに宝玉を渡したわ。
でも…8つの宝玉は何の反応もしなかった。その時、偶然にも私の最期の瞬間が来たの。
前の晩にもうすぐ元の世界の身体が死ぬって分かってたから、前もって皆とエドにあてて手紙なんて書いてたりしてさ、
最期は綺麗に笑って消えるつもりだったんだけどな……。混乱して血の気が引いたエドの顔は今でも忘れられない」
「……」
「そこで私は消えてしまったから、ここから先の話は全部エドから聞いた話ね。
皆は私が残した手紙に書いた内容を信じてくれたのよ。
人の想いが具現化したものが魔法なんだから皆が必死になって願えば奇跡は起こるんだってことをね。
だからその後、カルトスとレジェンスは近いうちに必ず協定を結ぶと約束し、信用の証として8つの宝玉をその場にいた8人に1つずつ預けることにしたの。
それからレジェンスがアーク国王を説得してくれて、AHD3451になってすぐにアーク国とバーン国は戦争を放棄して協定を結んだ。
そして魔動機器と人を思う力、即ち魔法の力で一年後の災害を防ごうと両国民に和平を呼び掛けたの。その為には皆が皆を想うことが必要だって」
「……それで、どうなったのだ」
「その後、レジェンスやカルトス達の和平統一運動の甲斐あって一気に統一ムードが高まり、AHD3452年にアークバーン国と名前が変更になったわ。
まだ体制が整っていなかったけれど実質上、アーク国とバーン国は統一されたのよ。
そうして津波が押し寄せる日がやってきたけれど、大陸中の人々の想いを魔動機器で増幅した結果、大陸は防御壁で包まれ災害は防ぐことができたの」
「――う…嘘だ!そんなことがあるわけがない!!」
「嘘なんかじゃないわ。まだ話は続くのよ。エドワード、落ち着いてよ。貴方らしくないわね」
がそう言うとエドワードは暫し立ち止まった。エドワードがこんなに動揺するなど滅多にないことだ。
遠慮して肩に軽く置いていた手には少し力を入れる。
それだけ今の話が信じられない出来事なのだろうかとも思うが、世界が違うとはいえエドワードは同じ容姿で恐らくほぼ同じ人格をしているし歴史がそこまで違うとも考えられない、と彼女は思う。
そんなことを考えているとエドワードが再び歩き始めたので、も話を続けることにした。
「津波を退けた後、エドをはじめレジェンス、ククル、シャルトリューさん、ランくん、カルトス、レノンさん、ヤンの8人は宝玉を持ってラスティア山に再び集まったの。
そこで全ての宝玉がエドに渡され、彼は宝玉の神様を呼び出した。そして私の復活を望んでくれて……私は生き返ることができた。
皆は二歳年を取っていたけど、私は着ていた服も変わり無かったからきっと死んだ時のそのままの姿で戻ったんだと思うわ。
その後、私はエドと一緒に住み始めてAHD3455に結婚したのよ。ちなみに今はAHD3456年で寒期の終わり頃よ」
空に一筋の煙が立ち上っているのが見えた頃、話は終わった。
畑や木や石で建てられた小さな家も見えてきた――と思った瞬間、は地面に下ろされた。
しゃがまず声もかけずに手を離すという、普段のエドワードにしてみればかなり乱暴な下ろし方だなと思いつつ、
ムッとしながらも彼に並ぼうとしたはエドワードの顔を見た途端に息を呑んで立ち止まる。
「大丈夫…?顔面蒼白だけ――っ」
心配してつい伸ばしてしまったの手をエドワードは辺りに音が響く程に勢いよく払いのけた。
瞬間、の顔も青ざめる。
「――こちらもAHD3456年だ」
「え?」
「だが、お前の話した事柄は何一つ起こっていない。お前の世界とこちらの歴史が全然違うなんて…っ」
「……どういうことなの?」
動揺しているエドワードにも混乱しかけたが一緒に声を荒げても話にならないと思い至り、努めて冷静に振舞うことにする。
これまで感情的だとエドには散々言われてきた自分が、夫と同じような存在のエドワードに対して反対の立場になるなどには想像できないことであった。
自分の話した内容は彼が取り乱す程のものだったのだろうかとは思う。
「ねえ、エドワード。今度は貴方が教えてくれる?この世界のこと……」
はエドワードの瞳を見つめながら努めて穏やかな声で話しかけた。
目の前にいる正体不明の女が冷静な態度で自分を見るのが癪だったのかは分からないが、
エドワードはグッと何かを噛み潰すような表情を一瞬したかと思うと深い溜息を吐き平常心を取り戻した。
「――お前が言ったようにアーク国とバーン国の両国とも宝玉を4つ集めていた。だがどちらも宝玉を譲らず話が進まなかった。
それでも未曾有の災害が大陸を襲うと予測されている時が近づくにつれ両国も焦り始め、アーク国側からある申し出があった。
それはアーク国の第二王位継承者であるレイラ姫をバーン国王であるカルトス様に嫁がせるというものだった」
「えっ?レイラがカルトスと!?」
「ああ。勿論、政略結婚だ。それでも当人であるお二人は互いに興味があったようで政治や国に関係なく上手くいっているがな。ちなみに二人の結婚がAHD3450年だ。
その後、アーク国から条件付きだが協定の申し出があり、こちらはバーン国に帰化していたアーク人の技術者の派遣をしてアーク国からは資金援助を受けていた。
しかし、二年後に協定は破棄されて再び両国は戦争を開始した」
「――待って。二年後ってことは、津波は……」
「…ああ、大陸を呑み込んだ。
しかし、バーン国では予め大陸外に脱出する為の船を建造して民の殆どをサウスランドに送り、
城の者や研究所関係者、民間人の希望者は城の地下に作ったシェルターに避難させた為に想定していたよりも人的被害は小規模であったと思う。
ただ、サウスランド行きの船が無事に目的地に着いているかまでは分からぬ」
「じゃあ、アーク国は……?」
「アーク国はほぼ全滅だ。アーク国王は民衆に災害のことを何一つ発表していなかったらしい」
「――嘘よ! レジェンスはどうしていたの?あの人はそんな酷いことなんて絶対にできない人よ!?」
「レジェンスは国王により反逆者扱いされた挙句、薬漬けにされたそうだ。
だが奇跡的に生き残り、今はこの土地にいる。国立研究所の医療班が保護しているが未だ回復には至っていない」
「そんな……」
エドワードの信じられない言葉の羅列には思考を停止せざるを得なかった。
津波が大陸を襲ったことも、アーク国王が国民を見殺しにしたことも、レジェンスが廃人のようになってしまったことも、
にとっては信じ難く、酷く悲しくて心の痛むことだった。
「それじゃあ、私たちが出会った場所は……」
「元々は森だった所だ。潮風から守るようにバーン城を取り囲んでいた森も、バーン城も全て津波は薙ぎ倒してしまった」
「……」
茫然とは辺りを見回した。ここまで来る間に眺めた景色で何故気づかなかったのだろう。
やけに緑も建物もない土地だなと思ってはいたのだ。
地面も泥のようなもので占められていて整地されておらず、あちらこちらに木々や大きな石が不自然に地面に突き刺さっていた。
今、目の前の実りの悪い畑や小屋のような家がなんとホッとする光景か、とは涙を流して見つめる。
胸を痛めながらも突き付けられた事実から目を背けようとしないの姿を暫し見つめるとエドワードは静かにハンカチを差し出していた。
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