隣の石田くん 第3話?




 「友松くん、彼女と別れたらしいよ」

友達から聞いた噂話。
私の胸は不謹慎にも弾んでいる。
だってずっと好きだったんだもん。
でも迷惑かけたくないから表にそれを出すことはできなくて、
このままずっと私はひっそりと彼を想い続けていくのではないだろうかと思っていた。
そこにこんな大ニュース。
彼と彼女には悪いけれど、やっぱり自分が可愛いものは仕方がない。
そのくらい彼が好きなのだから。

『バチン』

――そんなことを考えていたら石田くんにいきなり殴られた。
右腕に軽い痛みが走る。

「俺の話を聞いてんのか?」
「聞いてないけどさー。…いきなり殴らないでよ」

やれやれ、といった具合に私は隣の席の彼を見つめた。
数日前、席替えがあったにも関わらずまたもや石田くんが私の隣。
何か呪われているのか?と本気で心配になった。
しかし体育祭から彼は無口になった気がする。
勿論、私の前だけだ。まぁ、無口になったというか、考え込むようになったというか。
他のクラスメイトたちには普通に話すし、教師らとも砕けた言葉で話をしたりしているし、
私としては“話しかけられることが減る→殴られる回数が減る”なので、ありがたい。
それでもこうやって時々殴られるけれども。
そんなことを思いながら隣の石田くんを見つめる。
自分から話しかけてきたくせに、もう違う人と話している。
休み時間の度に誰かが彼の傍にやってきて楽しそうに話をして帰っていく。

…本当に石田くんは人気者。
次の生徒会選挙では、生徒会長に立候補するらしい。
まぁ、人気がある人だからきっとダントツで当選するでしょうよ。
呆れた顔で思いながらも自分も彼に投票するつもりなのだが。
だって彼は本当に見てて安心感があるというか、何と言うか…。
何かやってくれる、というような気持ちにさせてくれるから。

まぁ、時々ヤンチャ坊主みたいだけど。そういう所が男女問わず人を惹き付けているのだと思う。
彼は人に好かれて、皆をまとめてグイグイ引っ張っていくような星の下に生まれてきたような気がする。
私にはない才能だから本当にそういう所は羨ましい。
しかし私に対する暴力はなくして欲しい所だが。

――そうしてその後、見事に石田くんは生徒会長に当選したのだった。




 生徒会選挙で石田くんが生徒会長になった日の放課後。
突然の雨が降り、皆が濡れてその中を帰っていた。
私は折りたたみ傘を持ってきていたので慌てる必要もないと思い、教室で今日出た宿題をして帰ることにする。
周りには2人の女子が残って雑談していたがシーンとした教室のドアが突然開かれた。
するとドアを勢いよく開けたある人物が私のもとへやって来る。
生徒会長になった石田くんだ。

「おい、お前副会長になれ」
「は?」

いきなり彼は私の机の上に小さな紙切れを置いた。
どうやら副会長候補者の名前を書く紙らしい。
そこには≪立候補・推薦≫という項目があって、すでに石田くんが立候補に○をつけていた。

「…私そんな人前で何かするような能力ないから」
「俺を手伝えよ!人前に出なくていいから」
「…つまりは君の手足となって働けと…」

おぉおぉ、ジャイ●ンとの●太の関係だと思ったら、の●太以下の奴隷になっちゃってる?私??
そんな話を邪魔しては悪いと思ったのか、雑談をしていた2人のクラスメイトたちはバタバタと教室を出て行く。
帰らないで〜!2人だけになったらこの人、暴力で訴えてきますから〜!!
と心の中でそのクラスメイトらに呼びかけてみたが、勿論帰ってくる筈もなく。
私は嫌そうな顔をして彼を横目で見つめた。

「お前、頭良いしさ。な、頼むって!!!」

珍しく彼が私に手を合わせている。
そんな姿を見るのも悪くない、と思いながら私はフフンと少し笑った。

「どうしようかな〜」

少し上の立場になった優越感に浸る。
あぁ、何て気持ちのいいことだろう。

「及川の力が必要なんだよ!」
「…」

不覚にもクラっと来てしまった。
そんなこと言われたら嬉しく思うに決まってる。
しかもあの石田くんに。
私はう〜んと唸りながらシャーペンを持った。

「ここに名前書けばいいの?」
「え?」
「私、副会長らしいことできないかもしれないけどさ」

そう言いながらサラサラと名前を書く。

「一応、石田くんをサポートできるように頑張るけど、文句言わないでよね。
 半強制みたいなモノなんだから」

そう言って顔を上げるとそこには子どものように嬉しそうに笑っている生徒会長の顔があった。
その顔を見て苦笑する。

 …ま、腐れ縁のよしみで付き合ってやるか。

「及川、ありがとな!」

彼からありがとうだなんて言葉、聞いたことあったっけ?と思った。
そのせいかとても恥ずかしいようなくすぐったい気持ちがする。

「じゃあ私、そろそろ帰るから」

恥ずかしさを誤魔化そうとしてそう言うと、彼も鞄を持って帰る準備をし始めた。

「俺も帰るからちょっと待てよ」

石田くんが普段の命令口調の彼に戻る。
まぁ、こんな彼もらしいといえばらしいけど。
苦手意識はあるけど――殴られることに関してだが――何だかんだいっても完全に嫌いになれないな〜と思いながら彼を待つ。
そうして一緒に玄関に行くとまだ雨は降っていた。
そこで折りたたみ傘を差す。
すると何も言わなくても石田くんが勝手に傘に入ってきた。
そしてヒョイと傘を取り上げる。
そりゃそうだ。私が傘を持ったら彼は屈まなければならないもの。
そんなことを思いながら雨の中を歩いて帰る。
右隣を歩く石田くんは私よりも20センチくらい背が高いし、骨細だが筋肉があるのでこんなに至近距離だと迫力がある。
ホントに昔からでかかったけど、未だに成長してるのかな〜と思いながら
彼の持ってくれている傘の柄とそれを握っている彼の手を呆然と見つめる。
大きい手だな〜と何の気なしに見ていると、傘が持ち替えられ、それまで見ていた左手は私の肩を抱いていた。

「…何?」
「そっち車が来て水が飛んでくるだろ。場所変われ」

そう言って彼が私を歩道の右に追いやる。
そんな彼の行動に驚いて彼の横顔を見ているとふと気づいた。
そういえばこんなに小さな傘なのに私はあまり濡れていない。
彼の肩はびしょびしょ。
…傘に入っている意味がない気がする程までに。

「…アリガトウ」

石田くんの思わぬ優しさに触れてしまった為に驚きすぎたのと嬉しかったのとで言葉がうまく出ない。
とにかく礼だけはと思って言ったものの…物凄く片言になってしまった。

「何が?」

ケロッとした表情で彼がこちらを向く。
それがまた彼らしくて思わず笑った。

「そういえば、彼女さんとはどうなの?」

いつも彼女さんにこういう心遣いをしているのだろう。
そう思って聞いてみる。

「うーん、まぁ…特に変わったことはねーけど。何で?」
「何か石田くんって彼女さん大切にしそうだな〜と思って」
「っは!当たり前だろ」

得意そうな顔をして彼が笑った。
彼女さんとはうまくいっているらしい。

「――そういえばお前、あいつのこと…」

思い出したように石田くんが話題を変える。

「…何?」

私は特に何も言わないことにする。

「悠樹、彼女と別れたらしいじゃねーか。…どうすんだ?」
「どうって…。彼女と別れてすぐに告白するなんて不謹慎でしょうが」

とは言いながらも嬉しかったことには変わりないのだが。

「…お前が告ったら…どうなるんだろーな」
「さぁ、振られるんじゃないの?彼女ができてから全然話したりしてないし」

第一、彼の好みと全然違うんだもん、私。と言いながら私は笑った。
その悠樹くんとは中学から一緒だった。
話していくうちにドンドン気になって好きになって…。
彼女ができるまではある程度話せる友達だったのだが、彼女ができてからは私が遠慮して彼に話しかけることがなくなった為、滅多に話さない。

…そんなこんなでもう5年くらいはひっそりと片想いしていると思う。
まぁ、その間にも彼は数人の人と付き合っては別れを繰り返してたんだけど。
それを男で知っているのはもう、石田くんだけになってしまった。
最初はからかっていたけれど、今は全然その話をしない。
彼も気を遣ってくれていたのかもしれない。
彼女がいる人を好きな私を傷つけない為に――

「…俺的にはいい加減、告ってもいいと思うぜ」

石田くんの家の前で彼は立ち止まって前を向いたまま口を開く。

「う〜ん…そうだよね」

そうは言いつつも、友達という関係すら壊れてしまいそうでいつもその勇気が出ない。

「第一、何も言わずに相手に彼女ができたり別れたりするの人づてに知って…つらくねーか?」
「…そうかもしれないね」

私は地面に落ちる雨粒を見ながら呟いた。

「…まぁ、結果はどうであれすっきりするとは思うぜ」
「…そうだね」

そう言うと彼は傘を返す。

「じゃ。明日、他の生徒会メンバーも集めてミーティングするからな」
「わかった」

そうして彼は静かに離れていく。
その背中が何だかとても大きく感じられて、彼が家に入るまでじーっと見つめる。
彼の広い肩は結局左右ともにびしょ濡れになって、水が滴っていた。

――初めて彼の優しさが身に沁みて、嬉しいような少し苦しいような気持ちがした。







本当は相合傘のシーンをメインにしようと思ったのに話の流れで生徒会メンバー入りまで書いてしまった…。


吉永裕 (2008.12.14)

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