幸せはここにある −5−


 麟太郎への想いから解放されたからと言って、急にアシュウを愛せるわけがない。
私は寝る前にアシュウに電話をしてプロポーズを断った。
 けれど次の日から始まったアシュウの怒濤のような口説き文句に私は紅潮させられるのだった。
「おはよう、桜子。今日も女神のように綺麗だ」から始まり、
油断していると「君の髪はどんな花よりも甘く良い香りだ」と髪にキスをされ、
「君の声をずっと聞いていたい。寝る前に電話しても?」と別れ際に懇願される。
口下手キャラはどこに行った!というこの変わりっぷりに私は非常に混乱した。
 更に今まで誰にもこんなことを言われたことがなかったので口説かれるたびに恥ずかしくて赤面していた私だが、
次第に言葉だけでなくアシュウの目線や表情、仕草に胸を高鳴らせるようになった。
素直にこれはアシュウへのときめきであると認めはしたものの、しかしながら「大学を卒業するまでは勉強に集中する」と自分に言い聞かせて、
自分の心の変化についてはアシュウには黙っていた。
 あまりにも場所も考えず口説いてくるアシュウに「あまり度を超すとそれはセクハラよ」と言ってみたら叱られた大型犬のようにしゅんとした姿が可愛いかったり、
男友達と話している後ろ姿だけで彼だと分かるようになってしまったり、照れる私を見て幸せそうに微笑んだりする顔を見るたびに胸が締めつけられたり。
 今の私は彼の掌の上で踊らされてばかりで、非常に悔しい。
でも、彼が諦めずずっとこちらを見てくれるのが嬉しくて、彼が先を歩くたびにその広い背中に抱きつきたいと思うようになってしまったから、
私も彼を愛しているのだと遂に認めた。
 私は灯台へ向かってゆっくりと歩く彼の背中目がけて心のままに飛び込み手を伸ばす。
彼は私の勢いに押されて前傾姿勢になりながらも立ち止まり、私の次の行動を伺うように数秒動かなかったが
私が手を離さなかったのでそっと彼の手を重ねた。

「――桜子。
 ついに俺だけのプリンセスになってくれるのか?」
「…そうね。
 私が年をとっていずれ骨皮になって最後は灰になってもアシュウなら愛し続けてくれそうだから」
「それは勿論、この気持ちに変わりはないさ。一緒に骨皮になろうじゃないか」

 そう言って後ろから抱きしめられたままの彼はもぞもぞとジャケットから何かを取り出した後、
彼の腰に手を回している私の左手を取って指輪をはめた。

「見せて?」
「どうぞ、プリンセス」

 そう言ってアシュウはゆっくりと振り向き、勿体ぶって私の手を包み隠していた自分の手を蕾が開くかのように開いてそのまま私の指を支えた。
アシュウの瞳と同じ美しいエメラルドグリーンの宝石がついたエンゲージリングが左手の薬指にきちんと収まっている。

「こういうのって普通は私の誕生石とか好きな宝石とかじゃないの?アシュウの瞳の色の石を選んだのね」
「ああ。離れて過ごさなければならない時も、この指輪があればずっと一緒だろう」
「ふふっ、貴方って本当に私が好きなのね」
「好きだよ。愛している」
「…知ってるわ」

 涙が出そうだった。
悲しみの涙は散々流してきた。
けれど嬉しくて泣きそうになったのは初めてだ。
 以前プロポーズされた波止場に春の暖かい風が吹く。
潮風が私の髪を梳くが、アシュウが風よけになってくれた上に乱れた髪の毛を優しく整えてくれた。

「ありがとう、アシュウ。
 ――貴方の手、大きいけど指は細くて綺麗ね。
 私、好きよ。貴方に撫でられるの」

 私が彼の手に触れながらそう言うと珍しくアシュウは頬を赤らめて驚いたような表情を浮かべた。
ああもう、貴方が今までどれだけ私を照れさせたと思っているの。
頼りがいのある逞しい青年の貴方がこんなことで動揺するのね。

「アシュウ、愛してるわ」
「…俺も、愛してる」

 震える声を振り絞り、アシュウが私を抱きしめる。彼も涙を堪えているのだ。
私も彼の背中に手を回す。

 お母さんが言ったとおり、愛されるのって幸せね。
それに愛することも幸せなのね。
 麟太郎、貴方への想いは手放したけど貴方のことも貴方を愛した記憶もずっとここにあるよ。
そんな私をアシュウは愛してくれたんだよ。
今日から私は毎日幸せを味わって生きていく。
私はアシュウと麟太郎という素敵な二人に愛されて世界一幸せな女なのだ。










―終―



今日でサイト開設13周年です!
こんなに続けられたのは皆様のおかげです。
自分の好みばかり押し出しているサイトですが、どうぞ今後とも拙宅と管理人をよろしくお願いいたします。

さて、今回の話について。
まずは以前アンケート(2018年の拙宅に求めることみたいなやつ)を置いていたのですが、そこで「名前変換のない普通小説」を求められていたので
今回は名前変換のない話にしました。管理人のやる気に繋がるので皆様もお気軽にリクエストなどしていただけたら。でもすぐに書けないのでその点はご了承ください。

この話のテーマというか描きたかった部分は、死んだ人には勝てない。もしくは本当に勝てないのか?でした。
というのは、恋人ではないですが私が父を亡くして8年も経つのに未だにふと泣いてしまう時があって、
その時、父の良いところばかり思い浮かぶんですよね。勿論大嫌いなところも多々ありました。
ころしてやりたいと思った思春期も過ごしてきましたし、大学時代から鬱的になり情緒不安定になったのも父が原因だったくらいです。
(そのせいで父が亡くなった後すっかり治って前向きになれた)
それでも亡くなってしまうとそういう悪い部分って思い出さなくなっていくんだよなぁって思って。
そうなったら、やはり死んでしまった人は最強なわけで。
それが恋人とか好きな人だとしたら更に強く、ずっと胸に特別な人として残り続けるのかなって。
そんな中、どうやって折り合いをつけて現実世界で生きていくのか、を描きたかったんですが上手く描けなかったな…。
現実世界で生きていく手段の一つとして、自分のことをもの凄く好きになってくれた人を自分も愛することができたら、ってことがまず浮かんだので今回はこんな話にしました。
でもあまり折り合いをつけられてないような。
ちなみに、桜子の回想で全くアシュウが出てこないのは私の技量の問題とかではなく一応わざとで
桜子にとっては本当にアシュウがそれまではただの近所の男の子ポジションくらいだったわけで、麟太郎だけという本当に小さな世界でしか生きてなかったわけです。
その世界の中心を失った桜子がもっと苦しむ姿を描きたかったんだけど、物語のテンポや形式上うまく入れられなかったなぁ。反省。

それから、私も麟太郎の気持ちは1mmも理解できない派です。
もしもうすぐ死ぬよって言われたら、周りの遺された人が自分の死後どう生きるかを考えることはできないかな。
寧ろずっと特別に覚えていて欲しいって思うかも。
だから私はすぐに「もうすぐ死ぬみたいだから皆に会いたいな。会いに行くし、会いに来て!!」ってSNSとかで言うタイプですね。
あと独りで苦しむのが怖いから知ってて欲しい、っていうわがままな気持ちもあります。
親友が夜とか私のことを思って泣いてくれないかなって思っちゃう。悪い奴だ。ホントに。
そんな私とは全く違い、麟太郎は桜子が自分を失ってもこの先、生きていかなきゃいけないから保険みたいな感じで告白を断り続けて幼馴染みポジションでいたんですね。
恋人を失うより幼馴染みを失う方が悲しみの度合いが小さくなると思ったんでしょう。
だからもし20歳まで生きて健康な身体になれてたらすぐに結婚したはず。
それでもやっぱり20歳まで生きていけそうになかったから自分が彼女を愛した気持ちだけは伝えたい思いがどうしてもあって、あの最後の手紙にしたためたんだね。

とはいえ、本当はね、麟太郎が誰を愛したかは不明にしておきたかった気持ちもあったんです。
読んだ方の解釈にお任せしようかなって最初は思っていたの。
そっちの方が胸がヒリヒリするでしょ。人の死を扱うし、そういう読後感の話を最初書こうと思っていたので。
でもここは一応NLカプサイトだしね…、安心して来たのに突然そんな内容が出てきて不快な思いをする方もいるかなって思って書き直しました。
薄っぺら度が増した気もしますが、でもおかげで二人に愛されて幸せな終わりになりました。
この終わりになった為に、このタイトルに決まったのでした。
なので、書き終わるまで別のタイトルを考えてはいたのだけれど、書き終わるまでタイトルを決めるのが難しかったです。

本当に蛇足で恐縮ですがこの話の舞台も一応リグレスのジッカラートで、アシュウはアークバーン大陸からやってきたレイラとカルトスの子どものイメージでした。
といってもアークバーン物語軸ではなく、アークバーンの伝説軸でヒロインさんがカルトス以外の人がくっついた場合、という感じ。
なので、カルトスとヒロインさんがくっついた時の子どもの名前や瞳の色(ネタ帳のWEB拍手お礼のcategoryに漫画載せてます)と違います。
レイラとカルトスの子どもだったら紳士だけど好きになったら一直線な男にしかならないと思った。


そういえば、今回も実話をちょろっと混ぜていて。
冒頭のシーンは実際に母に聞いた話だったりします。愛されて幸せだったと言ったのも本当です。
私としては自分が好きになった人と結婚したい、と強く思っていた時期だったので「へーそうなん」って相づち打つ程度で、その気持ちを理解できなかったんですけど。
あと父が亡くなった年齢は変えてますが父に関してもほぼ事実を書いてます。
父は家で仕事の話を全くしないので恥ずかしながら父がどんな仕事をしてたか知ったのは大学卒業してからだったよ、私は。


そんなこんなで、描きたかったものとはちょっと違う話になってしまった感もあるのですが、
興味を持って読んでいただけていたら幸いです。


吉永裕 (2018.11.3)



メニューに戻る