彼と彼女の0401


私は卑怯だ。

「好きなんだ、実は」

私は敢えてこの日にこの言葉を発する。
この日なら、たとえ相手が本気にして断ったとしても“冗談だよ”と笑い飛ばしたら気まずくもならないだろうし
相手が全く本気にしなくてもそこまでショックは受けない。
それにもし…

「…マジで? ……嬉しいんだけど」

ほら、こんな風に相手が本気に受け取ってくれて、尚且つ相手も私のことを好きだったら。
…そんな可能性を考えると、勝負してみたくもなるではないか。

ってえぇぇええぇぇぇ!?

――そんなこんなで、なんと私の恋は実ってしまったのだった。


















 苦しい、苦しい、苦しい…。
あんな愚かなことなんてしなきゃよかった。

明日またあの日がやってくる。
そう、あれから1年経ったのだ。
それでも私たちは何も進んでいない。
きっと彼はあの時私の勢いに流されただけで、私を本当に好きというわけではなかったのだろうと思い至った。
だって、1年経っても彼は私の手も握らないのだから。

彼のアパートに行って一緒にDVDを見たり、一緒にご飯食べたりする時間は、勿論楽しい。
もともと友達から始まった関係だから、そこら辺の関わり方は変化はしていないのだ。
ただ…あまりにも彼が私に対して何も反応しないし求めないから、余程私は女性的な魅力がないのかと思ったのと同時に、
彼は私のことを好きではないのではないか、という気持ちが日に日に大きくなっていく。
そんな気持ちが次第にあの日の自分の行動を悔やませるのだった。

私が、自分のことしか考えていなかったばっかりに…彼を1年も苦しめてしまった。
優しい人だからきっと友達以上に思えないにもかかわらず、私を傍に置いてくれてるんだわと
見慣れた彼の横顔を見ながら、いつの間にか癖になってしまった心の中での自分のため息を聴き、彼の腕に手を伸ばす。

その瞬間、0時からのテレビが始まった。
それと同時に口を開く私。

「…ね、別れよっか」

今回もやっぱり私は卑怯だ。
また複数の可能性を考えて、彼に選択を委ねている。
でも、上手く私は笑えているだろうか。
もし彼が、頷いたら。
私は笑ってお別れできるだろうか。
それとも、“冗談だよ”と引き止めるだろうか。

「そんな分かりきった嘘に騙されるかよ」

一瞬、固まった表情をした彼がニッと笑って見せた。
あぁダメだ、もぉ私、こんなに優しい人と離れたくないよ。
どうしてキミは私が一番欲しい答えをくれるの?

「…ご…ごめん……私――っ…」

自分の汚い心をこれ以上黙って抱えていられなかった。
嫌われてもいい。
いっそ突き放してくれたら、彼は自由になれるのよ。
私なんかに囚われてちゃダメなのよ。

なのに、キミは初めて私を抱きしめる。














 俺は卑怯者。
敢えて彼女の冗談かもしれない告白を真に受けて喜んでみせる。
騙されたフリをしたんだ。
彼女は優しいから喜ぶ態度を目の前で取られたら、嘘だったとしても嘘だと言い出せずに流されて
俺のものになってくれると思った。

それでも、確信はなかった。彼女が俺を好きだという確信が。
実際彼女はこういうイベントが好きな人だから嘘の可能性が高いわけで。
だから手を出せなかった。
硬派だとか言う奴もいたけど、そうじゃない。
その逆で怖かったんだ。
本当は俺のことを好きじゃないかもしれない彼女に触れようとして拒絶されることが。
それで手を出さない位置をキープしていた。
時々、無邪気に笑う顔とか切なそうに遠くを見る横顔とかを見ると、無性に抱きしめたくなるけど、
きっと一度この腕の中に彼女を抱けば放せなくなるのは分かってるから。

でも――

「そんな分かりきった嘘に騙されるかよ」

俺は卑怯だ。
近づくのが怖いくせに彼女が離れたがってるとしてもそれは拒否するんだから。
だけど仕方ないよ、それくらいもう好きなんだ。

「…私、色々計算してたんだ。
 本気に受け取ってもらえたらラッキーみたいな気持ちと、ダメでもなんとか誤魔化せる、っていう保険みたいな気持ちと。
 ……すっごい汚いんだ、私」

あぁ、泣かないでよ。
俺は君のそういう透明で美しいガラスのような素直さが好きなんだ。

「――でもね! …ホントに……ホントに…好き、なの…」

…参ったな。
嘘でも本当でもいいよ。
今度は騙されてなんてやらないから。
その言葉と君の全てを俺の中に閉じ込める。

初めて抱きしめた彼女は思ってた以上に華奢だったけど、
柔らかくて、いい匂いがした。










ふとエイプリルフールのことを考えていて浮かんだネタ。
朝の4〜5時に書きました^^;

こういうすれ違いまくりなカップルって痛々しいけど、愛しいと思います。
きっとこれから先は、幸せになれるはず。

というわけで、エイプリルフール企画とはまた別のエイプリルフールネタでした^^
読んでくださった皆様、ありがとうございました!
吉永裕 (2008.4.1)

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