――ゆきちゃんへ。
  取り急ぎ、大学の端末からメールを送ることにしました。深夜にごめんなさい。
 今日はゆきちゃんに会えて本当に驚きました。
 ふらっと立ち寄るだけで誰かに会いたいわけではなかったけれど、
 ゆきちゃんと会って話ができたのは幸いでした。

  ねえ、ゆきちゃん。
 俺は時折ふっと小学校の時の道徳の授業を思い出します。
 自分の名前の由来を調べてくるように言われた授業、覚えていますか。
 俺は自分のことは殆ど覚えていないけど、ゆきちゃんの発表はよく覚えています。
 「私の名前を付けたのは父親です。父は雪を見た時に喜びや興奮が混ざったような幸せな気持ちになるらしく
 私にも人に対してそんな想いを抱かせるような人間になってほしいと思ってゆきこと呼ぶことにしたそうです」とゆきちゃんは大きな声でノートを読みました。
 それを聞いた時、俺はなんて素敵な名前なんだと思いました。君によく似合っているなって。
  俺にとってゆきちゃんは幸せの象徴そのものです。
 今日も言ったけど君の笑顔が俺は好きでした。君の笑った顔を見ると幸せになれました。
 君の名前の由来の通り、雪が降った時のわくわくするようなドキドキするような幸せな気持ちをいつも貰っていました。
  燈の浜では詳しく話さなかったけど、俺はあそこを離れる何年も前から両親の異変に気づいていました。
 ギクシャクとした関係がいつしかギスギスした関係になり、最終的には無言の夫婦でした。
 俺は怒られるのが怖くて何も言えなかった。もっと仲良くしてほしい、ずっと親子三人で一緒にいたい、と。
 ゆきちゃんのように素直に思ったことを言えたらと何度も思いました。
 そんなこともあって俺はゆきちゃんに心の底から憧れていたのです。

  だから今日、君に変わっていないと言われて俺は涙が出そうだった。
 ゆきちゃん、俺は君と違い中身も変わってしまったんだよ。
  俺は本当は夜には死のうと思っていたんだ。
 だから携帯も壊して捨ててしまったし、荷物は財布くらいしか持ってなかった。
 けれどあの時、燈の浜で出会ったのがまさかの君で本当にびっくりしたよ。
 君が俺の昔の呼び方そのままで嬉しそうに笑って駆けてくるのを見たらあまりにも懐かしくて幸せ過ぎて、
 その時思い悩んでいたことが何もかも吹っ飛んで暢気に昔話をするくらいに。
  ゆきちゃん、俺はね、罪を犯してしまったんだ。
 母親が一か月前に突然亡くなったのもあって経済的な理由で大学に在学できそうにないと思った俺は、後期の授業料を払う為に早急に金が欲しかったんだ。
 そして小金目的の為にお年寄りを騙して金を預かり、いかにも悪そうな奴に渡してしまったんだよ。
  手間賃程度の金を渡されて家に帰ったと同時に震えと嗚咽が俺を襲った。
 俺は最低なことをしてしまったと漸く目が覚めた。
 けれど警察に出頭するのも怖かった。捕まればますます大学にはいられないから。
  そうするうちに俺は一体何の為にここまでしたのか分からなくなった。
 俺は夜光虫の光る仕組みをマーキング用として細胞学や生理学に応用できないか研究したかったんだ。
 刺激によって発光する特性を利用して体の傷ついた細胞や癌細胞が分かればいいと思ってね。
  なのに俺は反対に人を傷つけることをしてしまった。
 この程度で死のうとするなんて、と思うかい?
 けれどね、人はどんなことがきっかけで死を意識するか分からないものなんだよ。
 俺だってそうさ。こんな自分を母親も許さないだろうと思ったし、何より自分自身に失望していた。
 無意識に死に場所を求めていた俺は、気が付くと電車に乗って今は誰もいない田舎の家へと向かっていた。
  そんな中で燈の浜に寄ったのは本当に偶然だったんだ。
 偶々、車窓から懐かしい海の風景が目に入って外を夢中で眺めていたら無意識に駅に降りてしまったんだよ。
 けれど燈の浜に足が向かったのは必然だったのかもしれないね。
 当時住んでいた家の跡地には行きたくもないし、学校や公園も特別な思い入れはなかった。
 唯一頭に思い描けた光景は君と御祓いの日に夜光虫を見たあの夜のものだったんだ。
  君は無理やり光らされる夜光虫が可哀想だと言っていたね。また満潮が怖いとも言っていたっけ。
 俺は君のそういう感性も好きだった。
 自分の心を中心にして色んな立場の相手を思い遣れる人は本当に有り難い存在だよ。
 ゆきちゃんにはずっとそんな人であって欲しいと思う。

  ゆきちゃん、本当にありがとう。
 君のおかげで俺は真っ直ぐ自分と向き合うことができたよ。
 このメールを送信したら近くの警察署に出頭する。
 もう前と同じようには会えないかもしれないけど、いつか会えたら直接お礼を言いたいな。
 
  さよなら。
 ずっとその笑顔で!
  
  鳴海 ミツヤ



 ――翌日、私はトウノハマの岸辺から海に飛び込んだ。
私に長年憑りついているマキくんの面影を払う為に。
 環境が変わってしまったこの海に夜光虫などいるはずもなく、潮の流れが変わり湾内に海水が留まるようになってしまった海は昔以上に臭い気がした。
潮の臭いに包まれた私は、昔、マキくんがいなくなってから調べた昼間の夜光虫の姿を思い出す。
赤潮と呼ばれる錆色の海は見るからに汚く気持ちが悪かった。泳いだのが夜で良かったとひたすら思ったものだ。
 あれ以来、海では泳がないと心に決めていたのに。
涙がぼろぼろと零れ落ち、黒い海水に溶け込んでいく。

「――やだ!あんた、ずぶ濡れやないの。
 まさか御祓いに行ったん? 危ないなぁ。
 子どもの頃はあんなに嫌がっとったんに…ってこれ、幸子!
 床が濡れるけまだ玄関におりなさい、タオル持ってくるけ」




 祖父の初盆が済むとすぐに下宿に戻った私はウーパールーパーにしか見えなくなった彼氏に別れを告げた。

 ――オンバライの嘘つき。

私は黄金色の飴を口に投げ込む。
神力も魔法もマキくんの面影の前には無力だ。




- 終 -



今日でサイト開設10周年となりました。
ここまで続けてこれたのは皆様のおかげです。
自分の作るサイトだから自分の好きなものを!と、誰得な話ばかり書いてきましたが、
これまでお客様方や同じ創作者の方々から反応をいただけたことは本当に幸せなことです。
これからも斜め上な話を書いていくかもしれませんが、
どうぞ拙宅と管理人をよろしくお願いいたします。

さて、今回の話ですが。
これまでの作品のように、どのキャラを救いたいか・どんな恋愛を描きたいか・どんな主人公にしたいか・どんな幸せ(or可能性)のカタチを書きたいか、などのテーマはありませんでした。
ただ人から聞いた話をどこまで自分で広げてそれらしく描けるか、と挑戦するつもりで書いたものです。
それというのも職場の方(70歳以上の大先輩です)が子ども時代の話をしていた時に、
・7月31日はオンバライといって夜は親から「いってらっしゃい」と送りだされ海に泳ぎに行かされていた
・泳ぎに行くと手で水をかいた時に夜光虫が光って綺麗だった
・その海の浜で見る夕日はとても綺麗だった
ということを仰っていたのですが、夜光虫が夜の海で光る図がすぐに頭に浮かんで「あ、これ文章で書いてみたいな」と思ったのでした。
なのでそこら辺をポイントにした話を書けないかな、と構想を練りました。
更に小さな田舎町っぽさを出したかったので、私の住む地域の方言や言い回しを多用しました。(『モラトリアム狂想曲』で相手が使っていた方言ですね)
読みづらかったらすみません。
また、『Game addict』のレナードルートで主人公が“嘘がばれないようにするには真実を混ぜるといい”というような思考を晒していますが、自論でもあります(;´▽`A``
なので今回、満ち潮が怖いという描写は私のことをそのまま描きましたし、風景もほぼ私の故郷そのままですし、
雪が降った時にわくわくするような気持ちになるのは私の経験談(?)です。
雪の少ない地方に住んでいるので、今でも雪が降ると高揚します。でもあまり降り過ぎると車で通勤するのが怖いので「やめてくれ」と思う我儘な奴です。
また、祖父像は完全に私のイメージですが、人から聞いた話を参考にしました。
父方の祖父は両親が結婚する前に亡くなり、母方の祖父も私が物心つく前に亡くなったので私にとっておじいちゃんとは謎の存在だったりします。
今の仕事でお年を召した方と接する機会が増えて漸く慣れてきました。それまでおじいちゃん世代の方は何か苦手だったのでした。
この話を読まれた方で「オンバライのことや祖父とのやりとりは経験談なのかな?」と一人でも思っていただけたのなら
このサイトを開設した当初よりは少し成長したかなと思っています。
普段私が書いている話とは趣向が違い恋愛がなくほんのりと後味の悪い話となってしまいましたが、皆様に楽しんでいただけましたならば幸いです。


吉永裕 (2015.11.3)


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