彼女の場合 第一話


 ――人は日々選択して生きている。
将来を左右するような重要なことであったり、
将又、本日の昼食のメニューなどという些細なことであったりと様々だ。
 しかしながら、僅かな違いで生死をも左右することになる選択を無意識にすることもあるだろう。
例えば偶々Aの道を通ったら通り魔に遭ってしまった、なんて悲劇が起こることもある。
 悲劇が起こらなかったとしても、もし、Bの道を通っていたらどうなっていただろうか――そんなことを考える人もいるかもしれない。
道に限らず、人との付き合いなどで想像してみたことがある人もいるのではないだろうか。
 その選ばれなかったもしもの世界は選び取った人間には決して存在しない世界だけれど、
もしかすると選択する度に分岐して存在するという、可能性の数だけ世界があるとすれば、
並行世界とも呼べるその世界の私はこの私とどんな違いがあるのだろうか。
 そこには大まかな違いなどないに等しいのかもしれない。
歴史を変える程の人物であるならともかく、普通の庶民として生まれ生活している私には
その日食べているものが違うだけ、なんてことも有り得る。
 けれど、私は知ってしまった。
人はパニックになると思考を停止することを。
そして、世の中には不可思議なことが確実に存在し、それがまさか自分を襲うなんて有り得ないと思ったことが
事実、起こってしまったことを。


 「大丈夫ですか!?今、救急車を呼びますね!」

 車の運転席でハンドルに突っ伏して意識を失っていた私は体を揺すられて僅かに覚醒した。
体調を管理できないとは情けない、と反省する。
 昨夜は途中でやめることができずシリーズ化されている小説を全巻一気に読んでしまい、
気が付いた時には外が明るくなっていて慌てて寝たものの、次に目覚めた時には妹との待ち合わせの1時間前。
急いで支度を済ませ安全運転を心がけながら待ち合わせ場所である実家近くのショッピングモールへと向かったが、
寝不足と朝食抜きだったのが災いしてか急激に気分が悪くなり、
なんとか駐車場に車を停めることができたのだがそこで意識を失ってしまったらしい。
生理が終わったばかりであったのも要因の一つかもしれない。
「あーあ、初音(はつね)に叱られちゃうな」と薄ら思いながらも救急車のサイレンが聞こえてきた頃に私の視界は再び暗転した。


 次に目が覚めた時、私は煉瓦畳の上に倒れていた。
そして誰かにぐいっと力強く起こされ、その腕に抱えられる。

「佐久良!大丈夫か!?」

 私の苗字を呼ぶ男性は必死だった。
少しハスキーがかった低めの声。

「誰だ!?誰に殴られた!?」

 いったい何のことだろうか、と思いながら私はゆっくり上を向いた。
空を隠すように誰かの顔のアップが視界を埋め尽くしている。
 相変わらず気分が悪い。胸がむかつき生汗が出る感覚がする。
吐いたら楽になりそうではあるが、胃に何もないのでそれもできない。
 しかも救急車が来ていた筈なのに何故私は地に捨てられていたのだろうか。
頭痛や吐き気で思考する力もまともにないのに、状況が理解できないことだらけで眩暈までしてくる。

「…ん…特に怪我はないのか…?
 だが、とにかく病院に行くぞ」

 私は相手が誰か分からないままであったが何とか頷き、そして再度意識を手放した。
自分に何が起こったかまだ気づきもせずに。








名前変換のないverですよ。
また特殊な設定で、読む人を選ぶかと思いますが、そこまで重くしたつもりはないので
楽しんでいただけたら幸いです。

裕 (2016.9.11)



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