「少し学部内を見て回っていいか?」
「うん、行っといでよ。今日は人もそんなにいないだろうし、この学部は迷うような構造じゃないから。
あ、でもエレベータは止まってるから大変かもよ?」
「ああ、そうか。だが少しくらいなら大丈夫だろう。じゃあ見てくる」
そうして美景は部屋を後にした。
薄暗い階段にパッと電気が点く。
すると上の階から足音が聞こえてきた。
「――あ…」
踊り場に着いた美景の目に入ったのは幹だった。
「――…ん?」
目の前で反応を示す美景の顔をジッと見つめるが、幹はいまいち彼女だと分かっていない様子である。
「春日、お前の研究室はもっと上の階にあるのか?」
「――あぁ、赤坂かー! ぽいなぁとは思ったけど、まさか教育学部にいるとは思わなかったから素で見つめちまったぜ…。
うわっ、恥ずかし」
そう言って頭を掻きながら彼は近づいてくる。
「今日は雰囲気違うなぁ。自分でしたの?」
「いや、夏香が。こういう風にするのが好きなんだ」
「へぇ…。そういうのもいいじゃん。可愛い可愛い」
「――かっ…!? 何だ? どうした?」
一瞬驚いたものの、幹がこんなことを言うなんて何か裏があるのではないかと思い、美景は真意を確かめようとしたが、
彼はキョトンとして彼女を見つめている。
「何だ、って何? 俺は素直に感想を述べただけだけど」
「す、素直にって……私は…そのっ…かかか可愛くなんてないだろ!」
「……そういう風に言われると、褒める気なくなるぜ」
美景の様子に幹は「はぁ」とため息を漏らした。
しかし、いつもの調子を取り戻して彼はニッと笑う。
「赤坂。今日の夜、暇?」
「ん? あぁ、暇だが…」
「じゃあ、俺にちょっと付き合わない?」
「…構わないが」
美景がそう言うと彼はにっこり微笑んだ。
「じゃ、9時半に迎えに行くわ」
「ああ、分かった」
そう言うと彼はバイトがあると言って帰って行った。
残された美景は暫く探検を続けた後、匡のゼミ室へと戻ると、
何故か消しゴムスタンプ作りを全員がやっていたので、美景もすることにした。
そうして日が傾き始めた頃、全員は自分のスタンプを持って満足した表情で帰宅していく。
七夕祭というものの、全く祭に関係のないことに夢中になってしまったことを可笑しく思いながらも、
楽しい七夕祭になって良かった、と美景は思った。
その日の夜の9時半、ドアのチャイムが鳴らされる。
用意を済ませていた美景はバッグを持って玄関へ向かった。
「よぉ、大丈夫?」
「ああ。すぐに出れるぞ」
そうして家を出ると、彼は大学の方へ歩き始めた。
どこに行くかを聞いていなかった美景は目的地を訪ねようかとも思ったが、基本的に人に話しかけるのが苦手ということと、
また、さっさと歩を進めていく彼に話しかけるタイミングが掴めなかったので、大人しく彼の後をついていくことにする。
すると彼は大学構内へ入っていく。
構内は未だに祭りの片付けをしている人たちがいたものの昼間とはがらりと雰囲気が変わり、いつもの風景になっていた。
散らばっていたゴミなども各店が片付けたようで、道も普段と同じ状態になっている。
こういう撤去の早さや切り替えの早さに感心しながら、美景は昼間、店が並んでいた道を眺めつつ、幹の後に続く。
その彼の向かった先は教育学部だった。
玄関でパスワードを入力して2人は学部内に入ると、昼間以上にシーンと静まり返っている。
「何か忘れ物でもしたのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。まぁ、後のお楽しみってことで」
そう言ってニヤっと笑うと彼は階段を上っていく。
何だかよく分からないが美景も黙って歩を進めた。
そして4階に着くと、彼は電気を点けて右側のT字になった通路を更に右に進んでいく。
「この先がさ、俺の学科の研究室なんだよね」
「そうか。春日のところも匡のように各学年に一部屋ゼミ室があるのか?」
「うん、そうそう。でもまぁ、俺の学年の研究室は普段、俺以外には誰も同学年は来ないんだけど」
そう言って彼はある部屋のドアの前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出して鍵を開ける。
そして彼がドアを開けて部屋の電気を点けると、そこにはぎっしりと本が詰められた本棚がずらりと並んでいた。
どうやらここは幼児教育研究室の図書室らしい。
幹の話だと、一学年に一部屋割り振ることになっているようだが、
一年生は専門の授業が少ないという理由からゼミ室はまだ必要ないだろうということになり、
部屋数が足りないこともあって無理やり狭い図書室をゼミ室として与えられているのだそうだ。
「俺はさ、結構ココ、気に入ってんだよね。本屋にはないような専門書がたくさんあるし、それに専門が幼児教育だから
子ども向けの絵本とか図鑑とかも置いてんの。昔持ってた本を探すの、意外と楽しいぜ?
時々先生とか4年生とか来るけど、普段は殆ど誰も来なくて静かだし。 …まぁ、全然掃除してないから埃っぽいけどさ」
幹は秘密基地を自慢する時のような無邪気な笑顔を向ける。
そんな彼を見て美景は穏やかな表情を浮かべた。
「…で、今日は本を見せたいわけじゃないんだよね」
そう言うと、彼は電気を消す。
幹が何をしたいのかよく分からない美景は、暗い中、彼をじっと見つめていたが、
彼は「こっち」と言って、部屋の一番奥の壁と本棚の間へ美景を誘導する。
「ここじゃないと見えないんだよね」
彼が美景を連れてきた場所は、部屋の一番端の窓辺だった。
「丁度、ここから街の明かりが見えるんだ。ほら…」
幹はそう言うと窓の外を指差した。
すると別の学部の建物が少し邪魔だったが、奥に様々な色の光が浮かんでいる。
「うわぁ……綺麗だ……」
思わず美景は子どものように窓に張り付いて目の前の景色に見惚れた。
今まで夜遊びをしたこともなく、夜景を見に行ったこともなかったので、街の光をこんな風に目の前にすることなんてなかったのだ。
「…あそこにはあの光の数と同じくらいの人が生きているんだな」
暗い空に浮かぶ色とりどりの光が、何だか人の命の光のように思えて美景はひっそりと呟く。
もし自分だったら何色の光に見えるんだろうか――そんな独り言を言っていると幹は驚いたような顔を浮かべた。
「おいおい、夜景一つでそんな境地に行っちまうワケ?」
「何となく…だ。気にするな」
「まぁでも、たかが夜景なのにそういう感じ方をしてくれて良かったよ。自分のお気に入りの場所に連れてきた人間としては、な」
「…そうか。教えてくれてありがとう」
穏やかな表情で窓の外を眺める幹の横顔を見て、美景も同じような表情を浮かべて暫く夜景を観賞した。
その後、2人は帰途につき、アパートの駐車場で幹は足を止めて空を眺める。
「俺、今年中に車買おうと思ってんだけどさ。車買ったら星でも見に行かない?」
「私が一緒でいいのか?」
「いいよ。純粋に喜んでくれそうじゃん。お前、夢見がちだからそういうのも好きそうだと思ってさ」
そう言って幹はニッと笑う。
「…一言多いが…でも違いない。では、いつか連れて行ってくれ」
「おう」
今日一日ずっと、幹が意地悪しないなんて珍しいと思いながらも、
きっと自分と仲良くしようとしてくれているのだと感じた美景は、心から彼のその気持ちを喜んで笑顔を向ける。
その笑顔を向けられた幹も微笑んでいた。
そんなこんなでまだ続くんですよ……。
うひゃああ、ご無沙汰しておりますっっ^^;
これは酷い、約3か月ぶりの更新…? すすすすみませんっっ(><)
それにしても自分で書いておきながら凄いつまらない小説だと…思うのですが、これ以上書き直せません。
もう本気でこの作品は全体的にスランプになります。
さて、今回初めて分岐しました。
ここから一気にラストまでもっていきたいので、あと2話か3話で終わるつもりなのですが…
私のことだから無駄な描写で1話増えたりしそうです。気をつけます。
しかも今回、キャラの扱いに差が…ありまくるんですけども
匡を贔屓しすぎたような。まぁ、匡好きな方にはいいことだと思いますけども^^
幹は次第に普通の軟派男になってきておりますが…、このまま普通にラブラブにはしませんのでご安心(?)を。
ちなみに今回の夜景を見たヒロインさんの感想は、そのまま私の感想なんですよね。
こう見えて私も大学時代は夜景を見に行ったことが数回ありますが、
夜景をずっと見ているとそれが人の魂みたいに見えてきて「あー、人があそこにいるんだな」と思えちゃって。
実際、人がいるから電気があるわけで、光のある場所と人の生きている場所は同じでしょ?(まぁ街灯とかは別ですが)
そんな風に見てたら、光が魂の色みたいに思えてきて、「皆それぞれ自分の色をもって生きてるんだなぁ。私も頑張って生きなきゃ」と
しんみり一人で思った記憶があります。 こんなことを人に説明するのは面倒なので同行した人には言いませんけども。
なので今回、思ってたことを書けてすっきりしました。他にも同じように思ってる方はいらっしゃるのでしょうか^^
それはともかく、ヒロインさんはどこまでも純粋で真っ直ぐで自分に正直な人間として書くようにしています。
不器用な人のそういう面が愛しいなぁと思う今日この頃なんですけども、皆様はいかがでしょう^^;
基本的に私は“有り得ないシチュエーションを前提として有り得そうなちょいリアルなことを混ぜて書く”のが好きですので
ヒロインのような人間はいないだろうな、とか自分でも思うんですけどね^^;
でもそんなヒロインやキャラ達の一側面に自分の欠片のようなものを感じ取っていただけたらと思っております。
というわけで、意味不明なあとがきになってしまいましたが読んでくださったお客様、ありがとうございました^^
吉永裕 (2008.12.22)
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