夢見堂 a la carte


〜夢喰い〜

 子どもながらボクは「しきたりなんて知るか、何で好きに生きられないんだ」と思っていた。
なので4歳の時に突然、を巫女の家系のご息女だと紹介されて「お力になるのですよ」なんて言われても
「そんなのボク知らないし」とそっぽを向いていた。
 全然相手にしてくれないボクを前にしては困っていた。
今思えば恐らく彼女も同じように言われて引き合わされたのだろう。
茶を啜りながら世間話に花を咲かせてこちらの様子に気づきもしないボクの母親と彼女の乳母をちらりと見ながら
救いの手を求めている彼女の様子にさすがに良心が痛んで絵本を一緒に読もうと誘ったのは今でもはっきりと覚えている。
そしてその時ののぱああっと花が開くように喜ぶ笑顔も。

 は優しい雰囲気を持つ子だった。優しいというよりも控えめで自分の意思をあまり出さなかった、と言う方が正しい。
大人といる時は顕著で、乳母は大丈夫でもそれ以外の両親や知らない大人とは距離をとっていた。
何故両親とも距離があるのかその理由を知ったのはもう少し後のことだけれど。
 また当時からスキンシップを苦手としていた。
転んだ時にボクが手を差し出しても手が触れる寸前で俯いて手を下ろしていたし、
乳母くらいしか手を繋いでいるところを見たことがなかった。

 そんな自分には理解できない生き物であるは更に理解不能な癖を持っていた。
やたらとリアルな怖い夢を見るのだ。
怨霊や化け物とかそういった類のものではなく、大人のドロドロとした利己的で実利的な群像劇だ。
相手を酷い言葉で罵っていたり妻とは別の女と付き合ったりする大人の姿は子どもには夢でもきつい。
 何でそんな夢ばかり見るんだよ、っていうか何でボクにそんな話するんだよ、と嫌な夢の話をいつも聞かされてボクは辟易していた。
普段はそこまで話さないのに夢の話ばかりする彼女にもイライラしていたのかもしれないし、
ボク自身、そんな夢の話をされるのは怖かったのだ。
 そこである時、ボクはもうやめろと言わんばかりに彼女の頭を右手で鷲掴みにした。
すると彼女は夢の話を止めた。
いや、正確には夢の話をしていたことすら忘れるくらい夢について忘れてしまった。
 その後も日を変えて同じことを試してみた。
するとやはりは先程まで話していた夢のことを忘れていた。
ボクは人の記憶を消せるんだ!ボクって凄い!!と高揚したが、その興奮は長くは続かなかった。
夢以外の記憶は消すことなんてできないとその後すぐに分かったからだ。


 ――夢なんてそもそも覚えていない人間もいるくらいなのに消せたところで何の役に立つんだよ。
そう思っていたボクの能力が役に立つ時が来たのはボクらが8歳になる年のこと。
 初等学校からの帰り道、道を歩いていたボクらにある男がぶつかってきた。
焦点の合っていない目、ぼんやりと開いた口。
振り向いたその男の顔を見てボクは子どもながらそいつが正常ではないと分かった。
咄嗟に反対側に弾き飛ばされた筈のを探した。
尻もちをついた状態で震えながら短い息を繰り返していたは今にも金切り声をあげそうな様子だった。
相手を刺激して何かされたらやばいと直感的に感じ、ボクは強引に彼女を縦向きに抱えてその場から逃げた。

 どこをどう逃げたのかは覚えていない。
それでもできるだけあの男が通れないような細い道を抜け、子どもしか行けないような他所の家の裏を通ってみたりしたと思う。
そうして辺りに誰もいないことを確認してボクはを下ろした。
 彼女は「ああああ」と声にならないような声を上げ、時折胃の中のものを吐き出していた。
今度はがおかしくなってしまったことにボクは酷く困惑し、誰か大人を連れてこなければとその場を飛び出した。
するとすぐ目の前に警備隊の分庁舎が見えた。
ボクは慌てて駆け込むとその場にいた警備隊員の手を引っ張りのところへと連れて行った。
その隊員があのサビさんだったわけだが。
 
 それからを見つけたサビさんは救急隊に連絡を取ってくれた。
その後、病院に入院したを見舞いに訪れたサビさんは彼女に何があったのかと優しく問うた。
すると彼女は驚くべきことを話したのだ。
自分はあの男が何人もの子どもを殺すところを見てしまった――と。
何を馬鹿なことを、とボクが茶化すこともできないくらいには真剣で青ざめた顔だった。
 一人目は私と同じくらいの男の子で車の絵が描かれたTシャツとチェックの半ズボンを着ていた。
公園で一人で遊んでいるところに声をかけて近づき誘拐した。
 二人目は制服を着ている少し大きい女の子。ポニーテールにヒマワリのヘアゴムをしていて胸には赤い造花を付けていた。
その子は道を聞くふりをして近づいて誘拐した。
 三人目は私よりも幼い男の子。犬のワッペンのついた赤いトレーナーに白いズボンを穿いていた。
その子は母親が目を離した隙に抱えて逃げた。
 どの子も首を絞められて殺され、暗い部屋の床下に埋められた。
その傍に祭壇があり、生贄のつもりで子どもたちを殺したようだった。

 ――そんなおぞましい話を聞きボクは口を押えて退室した。
妄想にしては描写が詳しすぎるだろう、とボクは壁に背中を凭れさせながらしゃがみ込む。
もしかしてまた変な夢を見ただけではないかとも思ったが、
がおかしくなったのはあの男にぶつかった後からだし、歩きながら寝ていたわけではないので夢の筈がない。

 病室の外で待っていた母に抱えてもらい給水器で水を飲んで一息ついてからボクは再び病室へ戻った。
するとボクとは反対にサビさんは凄く真剣な顔をして彼女の話を聞いて手帳にメモをしているようだった。
警備隊員は真面目で優しいんだなと彼の姿を見て純粋に感心したのを覚えている。
だが所詮は子どもの話なんだからとボクはその時、の話に重点を置いてはいなかった。

 それから半月ほど過ぎた頃、僕たちにぶつかったあの男が連続殺人犯として逮捕された。
が話したことは真実で、サビさんはそれを信じ辛抱強く証拠を集めてあいつを逮捕するに至ったのだ。
あいつは10年の間に子どもを何人も殺していた。
が話した3人以外にも人のものと思われる骨が敷地内でいくつも発見されたらしい。
 その後、サビさんはに何度も会いに来た。心のケアをしたいと思ったのだろう。
はあの時のショックからなかなか立ち直れずにカウンセリングを定期的に受けているような状態だったが、
ボクら現在の夢見堂メンバーやサビさんと一緒にいる時は比較的落ち着いていた。
それでもびくびくと何かに怯えた様子は拭えなかったが、それ以外では怖がって外に出ようとさえしなかったくらいだ。
 そして更には夢見が悪くなった。
あの男とぶつかった時に見たあの男が人を殺すビジョンを繰り返し夢で見るのだそうだ。
その度にの精神は傷つき、戻りかけた心の平穏が遠のいていった。
 そんな彼女の姿を見てボクは自分の使えないと思っていた能力を思い出す。
何故あの男の記憶をが知っているのかは分からないものの、夢の記憶だったらボクが消せるのだ、と。
 それからボクはできるだけの傍にいるようにした。
夜眠りたくないなら無理に寝なくていいと彼女に言い、僕といる時に昼寝をすればいいと提案した。
そうすればが魘されている時点ですぐにボクが夢を喰ってやれる。
夢に魘されて彼女が起きることもないのだ。


 そんな日々を過ごすうちにはボクの家の離れで暮らすことになった。
元々彼女は両親から疎まれていたらしかった。
それも彼女が人の潜在意識を共有してしまうという能力のせいらしいと彼女の乳母から初めて彼女の能力のことを聞かされた。
最初は何も言わなくても言うことを聞いていい子だ、と褒められていたのに
いつしか心の内を覗かれることが不気味で不快だからと言われ、距離を置かれたが不憫だと乳母は涙を滲ませたのを覚えている。
 が唯一心を許せた大人は裏表のない真の心で接してくれた乳母だけだったのだ。
ずっと彼女は独りぼっちの世界にいたのだろうか。
同年代では一番傍にいたと自負しているボクですら理解できないと思っていたのだ。
誰が彼女の気持ちを分かってあげられただろう。
 そういえば、クロ子はと出会った時から何かとの傍にいて
ボクの次くらいには一緒に過ごしているようだが、あいつはの能力を知っていたのだろうか。
 …そんなことを考えると面白くなかった。
自分が一番傍にいて一番力になりたいと思っているのに、ボクは夢を消すことくらいしか取り柄がない。
彼女の能力を知ってしまった後ではクロ子のようにが落ち込んだ時に手を握る勇気すらないのだ。
ボクが考えている捻くれた思考やボクが抱いているへの気持ちを知られるのが怖い一心で。

 そんな折、夢見堂メンバーが昼寝中にの意識を共有してしまうハプニングが起きた。
忘れたくても忘れられない内容だった。が心身ともに病む筈だ。
手に首を絞めた感触が残るような夢なんて初めてだった。
ボクは慌てての夢を喰った。それからクロ子とサバ子も。
 続けて夢喰いを行ったからかそれともボク自身の夢見が悪かったせいか、
ボクは三人の夢喰いを終わらせた時点で酷く気分が悪く倒れそうだった。
するとミケとノスケは夢喰いをしなくていいと断った。
二人とも気分の悪さと恐怖に泣いていたがが苦しんでいるなら一緒に苦しむという理由で夢喰いを辞退したのだ。
その時からミケとノスケはボクのライバルである。

 ボクは自分自身の夢は喰えない。
だからボクを含む夢見堂メンバーの男たちは未だにあの悪夢がちらつくことがあるようだ。
ボクも未だに夢として見ることがある。疲れた時なんかに。
けれどあの夢を見る時の規則性のようなものが分かってきて、最近では「あ、これはあの夢だ」と
冒頭の部分で判断して目覚めるようになってしまった。
もそうだとよいのだけれど、あいつは変なところで不器用だから心配だ。
 現に今でもボクはよくの夢喰いをしている。
夢見堂で裏メニューを設定してからも一番の依頼者は彼女だったりする。
夢喰いの時だけがボクが唯一触れられる瞬間だ。
その時だけはボクも「の悪夢が早く消えますように」と心から祈っているから
心の奥底にある特別な気持ちは漏れないのではないかと思っているが、どうだろう。







夢見堂メンバー、5人目シロの話です。シロは警戒心が強くて現実主義なタイプ。桜田門家の人間ですが天摩by『destin』とは大違いですね。
というか、4〜8歳なのに思考が子どもらしくないだろう、と我ながら思いつつ書きました。
こういう子もいるよ、多分。私もどちらかというと自問自答タイプの子ども(というか今も)でしたので。
ちなみにシロの皆の呼び方は
  対 ヒロイン→名前呼び捨て
  対 クロ→クロ子
  対 ミケ→ミケ
  対 サバ→サバ子
  対 トラ→ノスケ
  対 サビ→サビさん

クロはサバと出会って皆がサバ子って呼び始めてからクロ子に変えた、っていう裏設定。
ヒロイン親衛隊としてボクの方が立場が上なんだからな!みたいな気持ちで子ってつけてる。
実は凄い子どもじみてる子だったり。

さぁ…というわけで、ヒロインの設定が明るみになりましたが…ホントすみませんとしか。
こんな子と自分を重ね合わせられるわけないだろ!!いい加減にしろ!というお叱りはごもっともでございます。

本当は夢見せの部分を書きたかったのですが、“何で他人に夢を見せられるのか”という仕組みをを考えて
それを分かりやすく描くにはどうしたらいいかなー(分かりやすくもないですが)と思ってこのような内容構成や設定にしました。
まだヒロインのターンがきておりませんが、私としてはこれで結構満足しているのですけど…(;´▽`A``
個人的にくっつくシーンは皆さまの胸の中で…でとか思っている私ではありますが、
いつかヒロインの夢見せの場面を描きたいと思いますのでその時にまたお会いいたしましょう。

中途半端ですが、ここまで読んでくださってありがとうございました!!

裕 (2015.8.23)


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