Green lovers




 “私のこと……好き…?”

私は彼の腕に抱かれながら、いつものように聞けない質問を心の中で繰り返す。


大学入学後、初めてのゼミに行く途中に迷い途方にくれていた私に、声をかけてくれて教室まで案内してくれた彼の爽やかさと優しさに惹かれ、
気がつくと違う学科の彼の姿を目で追うようになっていた。
その後、私が入っていた天体サークルに彼も偶然入って再会し、それから少しずつ関わりも増えて…。

人と話すことがあまり得意ではなくて無口の部類に近い私が、同性にも異性にも人気の彼を想うなんて身分違いも甚だしいと思っていたけれど、
夏休みにサークルで流星群を見に行き興奮した私は、今でもその時の自分の行動が信じられないが、勢いで周りの人には聞こえないように告白したのだった。

「…あ――っ……うん……」

彼の驚く顔を見て後悔したのだけれど、すぐに彼は私の手を引いて他のメンバーから離れるように移動した。
何だか辺りは酷く静かで虫の声が響いていたのにもかかわらず、自分の心臓がドキドキする音が煩かったのを覚えている。
彼に繋がれた自分の手と、彼の広い背中を交互に見ながら彼の後について暫く歩くと、彼は突然立ち止まった。

「――っあ、ごめん…大丈夫?」

立ち止まれず背中にぶつかった私を心配する彼。
私は額を抑えて何度も頷く。

「――あの……嬉しかった、凄く…。……これから…宜しく」

頭の上から聞こえた彼の言葉がすぐには理解できずにキョトンとしていたけれど、
見上げた彼の表情は出会った時と同じように優しく微笑んでいて、そこで私はやっと彼の言葉を理解した。
そうして私たちは彼氏と彼女になったのだ。


それでも私が無口なせいもあって、一緒にいても彼は楽しんでいるようには思えない。
いつも皆と一緒の時は、少し幼い笑顔で体全体で笑うのに、私の前ではニコッと笑うだけ。
しかも付き合い始めてから今日で1ヶ月経つが、彼の口から“好きだ”と聞いたことがなく、彼の本意が分からないから尚更そう思うのかもしれない。
そんな状況なので、抱きしめられてキスをされるといつも彼に自分のことを聞きたくなってしまう。
それでもあんな一言で嫌われて“別れよう”と言われてしまったら、もう二度と彼と一緒にいられなくなる。
だったら気持ちはよく分からないけれどこのまま彼と一緒にいられる方を選ぼう、と思うのだ。

「……っ…」

キスが深くなりそうだったので思わず彼から離れる。

「ぁ…ごめんなさい」

俯くと彼は首を軽く振って私の体から手を放した。
心と体は完全に切り離すことができないようで、どうしても私はそういう場面になりそうになったら竦んでしまう。
その度に彼は少し悲しげに、それでも優しく微笑みながら私から離れる。

「…じゃあ…私、帰るから………」
「え、もう帰るの?」

遊びに来てから数十分で帰り支度をしようとした私に彼は驚いた様子で顔を上げた。
反対に私は俯く。

「だって…私が一緒にいても……キス以上のことも…できないし……話だって…何も――」
「ちょっと待ってよ、その言い方ってまるで俺が体目当てみたいじゃん……っ!」

珍しく彼が大きな声を上げて、私の肩をぐっと掴んだ。
びっくりした私は呆然と彼を見つめる。

「――俺は、ちゃんと一緒にいれたらそれで……」

こちらの固まった状態を見て、彼は落ち着きを取り戻し穏やかな口調で話す。
彼のその言葉に目からは涙が溢れ出した。
そんな私を彼が優しく包むように抱きしめる。

「…もしかして不安だったの?ずっと……」
「うん……」
「ごめんね。俺、付き合った時点で気持ちがちゃんと伝わってるのかと思ってた。
 …ちゃんが思ってる以上に、俺、ちゃんのこと好きだよ。――ちゃんよりも想う気持ちは上だって自信があるし」

そう言うと、彼はこれまでのことを話してくれた。

「俺が最初にちゃんを見たのは合格発表の時――」


 自分の番号を見つけてひとしきり喜んだ後、その場を立ち退こうとした瞬間、少し遠くから掲示板を見ている子に気づいた。
ふわふわとしたファーのついた白いコートを着ているその子は小柄で可愛らしく、それでいてどこかお淑やかで上品な雰囲気を感じさせた。
とても緊張して不安そうな様子の彼女にこちらも再び緊張と不安の気持ちを呼び覚まされて、
彼女の番号は分からなかったけれど彼女の目線を追って張り出された番号を見つめてみる。

どうやら同じ学部のようだが学科は違うかもしれない――そんなことを考えていると、彼女の表情が一瞬固まった。
そうして緊張した顔は雪が溶けるようにゆっくりと笑顔に変わり、目には涙が浮かんでいた。
その様子に自分も嬉しくなって思わず顔が緩む。
その後、彼女が立ち去る姿を見送った。
俺は嬉しそうな彼女の笑顔に一目惚れしてしまったのだ。

それから、初めてのゼミの日に彼女と偶然学部の3階で再会し――向こうにしてみたら初対面だけれど、
その時にあまりに嬉しすぎて動揺した気持ちを隠す為にクールを装って恰好をつけすぎてしまい、後悔することになる。


「俺、田舎者だし、ちゃんには恰好悪いトコ見られたくなかったら必死で色々勉強して……。
 入学してからは何とかちゃんに近づけるように色んな人と仲良くなって、それでサークルも突き止めたんだ。
 まさかちゃんに告白されるなんて思ってもみなくて…あの時も冷静ぶってたけど、
 あの後、電波の入る場所に突入した直後に大学の友達から地元の友達にまでメール送りまくったんだから!」

彼はそう言って携帯を少し操作した後、突き出して見せた。
液晶には“題名:やったーo(≧∇≦)o”というメールがずらっと並んでいる。
その時の彼の行動を想像して思わず笑いが零れた。

「…本当の俺って凄い恰好悪い男だけど……それでもまだ俺のこと、好きって言ってくれるんなら…」

弱々しい彼の言葉に私は頷く。

「もっと好きになったよ」

そう言うと太郎くんは泣きそうな顔をして笑い、私を強く抱きしめた。


――そんなこんなで、あんなに思い悩んだ1ヶ月だったのに、
お互いの気持ちを素直に話した一晩で一気に2人の間の壁は取っ払われてしまったのである。




 「あれ、今日は寝坊でもしたの?」
「ホントだー、洋服もシンプルだし髪にワックスもつけてないじゃん」
「ん?…もう無理して恰好つけるのはやめただけ。ちゃんはこっちの方が好きだって」
「出たよ、いつもの惚気話」
「――の割には手も出せないくせに。で、ちょっとは進展したわけ?」
「へっ、そんなこと言えるわけないだろ」
「あ、何かあったな」
「バレバレだよ〜太郎ちゃん」
「う、煩いな」


自分の知らないところで惚気られていたことをが知るのは、もう少し後のこと。
そして、自分で思っている恰好いいキャラではなく、皆からは可愛いキャラだと思われているのを太郎本人が知るのも、もう少し後――










拍手をここ数日いただきまくり、パワー充電完了っっ!!!!
それでも連載の気分じゃなかったので、SSで純情カップルを。
Green=青くさい、という意味です。背景イラストはよく雑貨とかであるガラス製の林檎を描きたかったのですが……技量不足です(´Д`;)

普通小説の『彼と彼女の0401』とすれ違い設定が微妙に被ってる気もしますが、
こういう純情でちぐはぐなカップルってやっぱり大好物なんですねぇ、私。
最後の方になるにつれてかなり彼氏の方がどんどんヘタレになっていますが…それすらも愛しく思っていただけたら^^;

ついでになかなか彼氏の名前が出てきませんけど、この彼の名前はすんなり決まりました。

……というわけで、連載をサボりつつSSでした。
読んでくださったお客様、ありがとうございました^^


吉永裕(2008.8.4)


解説はこちら (完全にネタばれしています)       メニューに戻る