モラトリアム狂想曲(カプリッチオ)   〜後編〜






「……よし、入るぞ」

次の日、本日最初の授業は専門の授業。
確実にくんと顔を合わせる。

昨日は身体を重ねた後、バタバタとシャワーを浴びたり、服を漬け置き洗いしたり、ソファや床を拭いて片づけをしていたらすっかり遅くなってしまって
結局、DVDは見ずにくんは帰って行った。
部屋に残された私は暫く茫然と座り込み、まさか自分が彼とあんな関係になるとは思っていなかったなぁと呟いた後、
帰って行った彼が急に恋しくなって少し泣いた。

 何だろう。この急激に始まる恋は。
 アバンチュール? それとも若気の至り?
 ―― No!
 きっと違う。違う筈。

彼は私を何度も好きだと言ってくれた。
私も彼の真っ直ぐなところが好きになった。
私たちの恋は最初にバチッと化学反応が始まって、それからじわじわと変化していくような、そんな恋なのだ。
そう、そんな青臭いモラトリアム真っ只中でしか許されないような――

「……」

教室に入った途端、足が止まった。
目の前には女子数人に囲まれているくんの姿。
彼本人は女子が苦手と言っていたこともあってか戸惑っているように見えたけれど、
周りの子たちは楽しそうに色々と話を展開しているようである。

 あ……そうか。昨日、私がくんは親しみやすい人って友達に話したから皆、話しかけに行ってるんだ……。
 ――それにしても、何だろう……この気持ち。

不安でモヤモヤする気持ちと共に浮かんできたのは悔しい気持ち。
一瞬、彼と目が合ったけれど思わず逸らしてしまった。
すると視界の隅に映った彼は凍りついたような表情を浮かべている。

 ……あ、私……最悪だ……。

自分の心の中に生まれた感情を理解する。
嫉妬と劣等感と疑心。
嫉妬だけならこんなにも落ち込まない。

 分かってしまった。

私は、女子の中で自分が唯一彼と話ができるという優越感に浸っていたかったのだ。
それは彼を想っての気持ちではない、私のエゴ。
それだけではなく、私は彼を疑ってしまった。
昨日は互いに好きとは言ったものの、恋人関係を決定づけるような言葉はなかったのだ。
だから余計に彼との距離感に戸惑いがある。

もしかしたら昨日のことはお酒の勢いでやったことで、遊びだったんじゃなかろうかと思ってしまう自分。
あんなに彼は真っ直ぐに好きだと言ってくれたのに。
私の方が俗に言うヤリ逃げしたような行動を取ってしまった。

 ……ホントの私は…くんが好きって言ってくれた“私”じゃない……。
 本当の私を知ったら…いや、今、無視した時点でくんは私を嫌いになってしまったかもしれない。

胸に何かが詰まっているような感覚がする。

「おはよう」
「あ…おはよう」

授業が始まる数分前、くんの所にいた友達が隣にやってくる。

「昨日、が言った通り、くんって結構話しやすいね。
 独特な方言が何か可愛いっていうか」
「…うん、ホントだね。関西の方言とも違うみたいだし、どこ出身なんだろうね」

落ち込みが表情に表れないように気をつけながら返事をする。
その後すぐに教官がやってきて授業が始まったが、その日は内容が全く頭に入らないまま、1コマ目の授業が終わった。




 ――次の授業まで1コマ空いてるんだよなぁ。
 90分って微妙な時間なんだよね……やっぱりピアノ棟かな……。

専門の授業と実習が増える三年次ともなると、一年次と比べて授業数は大幅に減少する。
かといって必要でない授業を受けるつもりもないので、どうしても無駄な空きコマができてしまうのだった。

そんな時間がある時は基本的にピアノ棟に行くことにしている。
時間を決めて練習をした方が集中できて効率が上がるような気がするのだ。
しかし、今日はピアノを前にしても気分が乗らない。
はぁ…と大きくため息をつく。

「……どうしたらいいんだろう」

胸につかえた気持ちを吐き出したと同時に涙がポロポロと零れた。

 こういう時はどうすればいいのだろう。
 これまでとは違う恋愛の仕方だから、どうしたらいいのか全然分からない。
 どう行動したら正解になるのかが分からない。

『コンコン』

思わず猫背になっていた背中を伸ばした。

 もしかして――くん…?

嬉しいような怖いような複雑な気持ちで私はドアの方を振り向く。
そこには予想通り、くんが立っていた。

「――っ……。…あの……」

扉を開けて部屋に入ったと同時に私の涙に気付いた彼は、驚いた様子で立ち止まり俯く。

「……もしかして昨日のこと、後悔しとる…とか?」

彼は非常に悲しそうな表情で足元に視線を落として口を開いた。

「昨日のは酒の勢いとかじゃないけ。勿論、酒に背中を押してもらった感はあるけど…でも、さんを俺は本気で好きで……。
 ずっと手に入れたいと思ってたさんが手に届きそうな位置におったけ、早く俺のものにしたくて強引なことしてしまったんよ……。ごめん」
「あ…ちが…違う……そうじゃない」
「――じゃあ、俺が一つ年上って他の子から聞いて引いたん? 中学浪人だったって、これまで隠してたことに軽蔑した?」

咄嗟に首を激しく振る。

「軽蔑なんてしないよ! 第一、私、友達とそんな話してないよ?
 それに、今知ったけどくんの年が上だろうと下だろうと、今のくんのままでいてくれるなら構わないって思う。
 ――昨日のことだって、後悔なんて全然してない。寧ろくんにあんなに好かれてるって分かって嬉しかった……。
 ……でも、私……」

私は授業前に気付いてしまった本当の自分の姿を伝える。
自分は利己的で疑り深く卑屈であると。

「……くんは、こんな私のこと知らなかったでしょ?
 私もくんのこと、詳しく知らない。だけど、好きになったし、今も好きなのは変わらない……。
 これってどういうことなのかな……? これからはどうしたらいいんだろ…。
 私、くんに嫌われない為にはどうすればいいのか分からないの……」    
「――そんなん……」

突然ギュッと彼の胸に押しつけられるように抱きしめられる。

「そんなん、悩む必要ないよ。俺がさんを嫌いになるわけないやろ」

頭の上から聞こえる声が力強くて温かく私の心に沁み入ってくる。

さんのこと、全部、教えてって言ったやろ?
 どんなさんでも俺は好きになれるし知る度にもっと惚れると思う。今もさん、凄く可愛いんやもん。
 俺なんてもっと卑怯な人間よ? この前、前の席に座った男がさんを可愛いって言っとったの聞いたけ、早く手に入れんとって思ったんよ。
 昨日は俺にしか見せない表情見れて凄い優越感やし。
 今日だって、素直に何でも話してくれたのが嬉しくて仕方ないんよ。
 ……嫌いになんてなれるわけがないやん」

私も彼の背中に手を回して力いっぱい抱きしめる。

「俺の方が不安よ。さんに釣り合う男にならんとって。
 でも、これからは俺のことも知って欲しいんよ。その度に惚れ直すような男になってみせるけ」
「…ん……」

顔を上げると彼がコツンと額をくっつける。
そのまま指で優しく涙を拭って、そっと唇にキスをした。

「へへ、しょっぱいなぁ。
 ――ね、アイスでも食べん? 今日もアイス買って来たんよ。
 またちょっと溶けとるかもしれんけど」
「うん、食べる」

そうして昨日と同じようにピアノの椅子に座って、アイスをポキンと半分こ。
昨日と違うのは二人の距離。
そして彼の右手と私の左手が結ばれていること。

「…甘いね」
「……うん、甘い」

アイスを片手に持ってするキスは、甘いチョコレートと大人びたコーヒーが混ざったモラトリアムな味がした。







――その後。
くん、もといくんとの交際は順調に進んでいる。

「わざと皆の前で言ったでしょ?」

と私が言うと、彼は無邪気に笑って頷いて、

「だって他の奴がを狙ってるって情報があったけ」

彼は一つ年上のくせに子どもみたいな言い訳をする。
先程の七夕祭の打ち上げで、彼は私と付き合っていることを公言してしまったのだった。
しかし、私も少しホッとする。
学科の人に隠して付き合うのはやはり気まずいものがあるし、それに彼を狙う子もこれで少なくなるだろう。

 ――あーあ、やっぱり私は悪い意味で人間臭くて強かだ。

そう思いながら隣を歩く彼の手を掴む。

「あれ、今日は外で手ぇ繋いでもいいん?」
「今日はもう暗いからいいの」

私がそう言うと彼はギュッと手を握り返す。

「あ、コンビニ寄らない? アイス買いたい」
「またアレかい。好きやねぇ、ホント」
くんと私の縁結びアイスですから」
「でも、真ん中でポキンって折って分けるけ、縁起は悪そうやけど」
「なにー!?」
「嘘やって嘘! 一つのもんを分けて食べる感じがするけ、俺、あのアイス好きよ」
「うん、私も」

繋いだ手を振ってコンビニに向かう私たち。
青臭くて見苦しくも甘美なモラトリアムの恋は続く。







―終―



というわけで、長くなってしまってすみません!
リクエストしてくださったあげぱん様、ありがとうございました!!!
これは表に置ける用にR-17にしたものです。
それでも私的には結構きわどいんですけど。
前編が物凄く長いのは、こういう仕様の為でしたm(__)m

18禁名前変換小説、という自由なリクエストだった為に、好き勝手書かせていただきました^^;
方言を使う男が嫌いだったら、ホントに申し訳ないですというしか……ないのですがorz
こういう方言を使う(だがメジャーな方言ではない)キャラをずっと書いてみたいなと思っていたのでした。
また、基本的にサイト内の作品の登場人物が教育学部出身が多くて申し訳ないです^^;
“有り得ない設定の中にちょいリアルな描写を”というのが私のコンセプトだったりするので
どうしても自分が経験したことを中心に書いてしまいます。
やはり実際経験してみるのと、調べて知識を入れただけっていうのは違ってきますので…。

さて、一応相手にはデフォルトの名前(菊池 聡)があるのですが、聡と書いてソウと読むつもりです。
サトルでもいいんですが、何となくソウの方がこいつらしい気がして。
まぁ、皆様はお好きな名前を入れてください^^

あ、ちなみに心は永遠に乙女の古臭い昭和女である私からどうでもいいけどどうでもよくない一言。
物語はフィクションなのでこんな描写をしていますが。
よく分からない相手とはなるべく無防備に身体を交えないでくださいね^^;
勢いでするとしても、ラブホなどコンドームのあるところで。
病気や望まない妊娠など、後で発覚して傷つくのは自分ですから。
黒歴史増やしてもいいことはないです^^;

…というわけでバタバタ書いたのがまるわかりな青臭い話でしたが、
リクエストしてくださったあげぱん様、そして読んでくださった全てのお姉さま方も、本当にありがとうございました!!!



吉永裕 (2010.6.16)






メニューに戻る