――あれは、私が8歳の時でした。

 家に私と同じくらいの年頃の少年が父親に連れられてやってきた時のことは、
今でもはっきりと覚えています。

目の前の少年はやせ細って目は虚ろ、髪の毛は老人のように白髪で、
生きているのか死んでいるのか分からないような状態でした。

今まで何度も父親が素行に問題のある傭兵や、
金のない傭兵を連れてきて少しの間同居することはありましたが、
あんなに絶望的な表情をした者を見たことなんてなかったのです。

そんな彼の名は、カイト=リ=シュトラエル。
食事が喉を通らず口に入れた物をすぐに吐き出し、夜中は悪夢に魘されて嘔吐し、
突然壁に頭を打ちつけようとしたりするのを繰り返していたあの頃は、
自分の方が年下ながらも彼のことが心配で仕方ありませんでした。

私と同じように兄や父親も彼を非常に気にかけており、
できるだけ自然に家族の一員として接するように努めました。

最初は何かに怯えていた彼も、私や兄がいつも傍にいることで次第に危険な行動は取らなくなり、
徐々に気分が落ち着いてきたのか栄養と睡眠を取れるようになって、
こちらが話しかけると反応を返してくれるようになりました。

初めは目を動かすだけ。
次に首を動かし、ついには口を微かに動かした時には家族で喜んだものでした。

そうやって次第に顔にも表情の変化が見られるようになった頃から、
彼はとても優しい人だと分かり始めました。

兄が急な仕事が入って私との約束をキャンセルした時など、
子どもだった私は酷く落ち込んだり怒ったりしていましたが、
そういう時にカイトがすっとやって来て、
本や玩具をこちらに差し出して慰めてくれたものです。

もしかすると、彼には弟か妹がいるのかもしれません。
彼はよく頭や肩をポンポンと軽く叩くように撫でるのが癖でした。

その彼がどういう事情でここにやってきたかは分かりませんが、
彼が私たち家族に心を開き始めてから段々と家の仕事を手伝ったり、
私の勉強などの面倒を見てくれたりとしっかり者の一面を見せるようになったのです。

そんな彼の状態を見た父親は兄と組ませてギルドの簡単な仕事を任せるようになりました。
どうやらカイトは傭兵見習いという身分だったようです。

仕事でギルドに顔を出すようになってからはいっそう彼の回復が著しくなり、
白髪だった髪の毛は次第に元の赤色に生え変わっていき、
声も大きく出せるようになって笑顔も増えました。


 その後、彼が一時期また落ち込む時期がありましたが、
それは何とか乗り越えることができたようです。

見習いであっても傭兵として仕事をしていたプライドがあったのでしょうか。
彼の母親が亡くなった2日後には仕事へ向かっていました。
もしかすると仕事に打ち込むことで忘れようとしたのかもしれません。

そんな彼が時折見せる笑顔で何故かこちらが元気を貰っていました。
その時期、私も兄が家族の反対を押し切って帝国軍へ入ってしまった為、
酷く落ち込んでいたのです。

恐らく優しいカイトは私や父親をこれ以上心配させてはいけないと思ったのでしょう。

彼は兄が私にくれた小遣いのコインを加工してペンダントを作ってくれました。

今でもそのペンダントを見ると思い出します。

兄がそれまで私に注いでくれた優しさと、
自分のつらさや悲しさを押し殺してまで私を想ってくれたカイトの優しさを。

しかし、兄はその1年後に爆発事故で行方不明になってしまいました。

捜索依頼が来たギルドからは傭兵が、帝国軍からは調査部隊が
その研究施設跡を何度も捜索しましたが結局、兄の遺体や遺品は見つからず、
その後、捜索が打ち切られたことで兄の死亡が確定しました。

優しく傭兵としても研究者としても優秀だった兄は、
17歳で命を落としたのです。

魔硝石の力を医療や工業に活用できるような良い力へ変換する為の研究をする為に
兄は帝国軍に入ったのに、兄が亡くなったのは兵器開発施設でした。

私は兄を奪った機械と、魔硝石を憎みました。帝国軍を恨みました。

それでも私はギルド長の補佐としてギルドで働いていた為、
個人的な感情は抑えることにしたのでした。

その私を支えてくれたのは父親とカイト、そしてギルドにやってくる傭兵たちです。

傭兵団には帝国軍からやってきた者、魔王軍からやってきた魔物、
傭兵以外にも傭兵団の領地で生まれ育ってきた者など、
沢山の者たちが入り混じってこの土地で暮らしています。

その雰囲気を私はとても気に入っていて、
特に人の喜ぶ顔を見たいが為に仕事に励むカイトのような傭兵を見ると
こちらにまで力を分けてもらえるような気がするのです。

たとえそれが帝国出身者や、魔物でも、
自分だけではなく誰かの為に生きようとする者を私は心から尊敬するし、
ギルドで勤める者として誇りに思います。

特にカイトのように芯が強く、心優しい者を。



――本人には決して言わないですけどね。



(AHD3500年に古都サンティアカで発掘されたある人物に関する手記より)


WEB拍手お礼SSでした。
もうお分かりでしょうがパッシ目線です。
物語中で書けそうにないので書いてみました。
読んでくださったお客様、ありがとうございました!!!


吉永裕 (2009.6.30)

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