――あの時、私は15歳でした。
この呪われた体のまま家族の傍にいては
皆を不幸にしてしまうことが目に見えていたので
これからは一人で生きていこうと思い、家を出ることにしたのです。
子どもの頃を思い出してみるに、私はとても幸せな家庭で生まれ育ちました。
特異な体質にも関わらず、私を産んだことで魔硝石中毒がすっかり治った母親、
そして彼女が再婚した私にとっての新しい父親と、
彼らの間に生まれた息子の全員が私を愛してくれました。
子どもの頃は特にそれをありがたいと感じることもなく、
それが当たり前のように生きていましたが、
次第に自分は普通の人間ではないと理解し始めてからは、
満月の夜に魔物のような姿になってしまう私を
何故彼らが受け入れてくれるのだろう、と不思議に思いつつ、
なんて私は心優しく愛情深い人々との出会いに恵まれたことだろうと、喜ぶとともに
そんな優しく温かな愛を向けてくれる皆に申し訳ない気持ちもありました。
そして家族を世間から守る為、また私自身が傷つけることがないように
15歳のある晴れた日に家を出発しました。
このような自分が何をしようかと考えた結果、今まで自分が迷惑を掛けてきた分、
他人の為に何かできることがしたいと思い、傭兵になる決意をしました。
しかし大ギルドのあるサンティアカに行く途中に魔物化し、
偶々そこに居合わせた傭兵を襲ってしまったのです。
幸いにも相手は軽い切り傷で済みましたが、その後、鎮静して
正気を取り戻した私は警備隊に引き渡されました。
人の為に生きようと思った矢先に人を傷つけてしまう自分を情けなく思い、
牢で自分の血を憎み呪っていると、そこにギルド長がやってきました。
すると彼から自分の血を呪うことは両親を呪うことに等しいと諌められ、
その言葉で私は反省したのです。
自分を呪うことで、あんなに愛してくれている母親を、その母親を愛した父親を、
そして現在の父親と弟を否定することになってしまうなんて。
私は2人の父親から譲り受けた懐中時計を懐から取り出し、
上蓋を開いてそこに刻まれた家族の名前をじっと見つめました。
この懐中時計は私が家を出る前日、今の父親が自分の時計のチェーン部分を
実の父親のものと取り替えて渡してくれたものなのです。
私は家族との絆を痛いほどに実感し、次第に懐中時計の文字版は滲んでいきました。
そんな私を見ていられなくなったのか、ギルド長が身元引受人になってくれました。
そこで私は自分の生い立ちを全て話し、人の為に働きたいと申し出たのです。
そうして私はサンティアカに家を借り、傭兵になりました。
不幸中の幸いとでもいいましょうか、魔硝石の力によって
私は魔物並みの強い魔力を持っていました。
魔法詠唱のコツを覚えると実戦にも使えるようになり、
次第にレベルの高い任務も引き受けられるようになりました。
すると仕事を依頼した人々の喜ぶ顔が嬉しくなり、
そんな自分の仕事に喜びと誇りを持ち始め、
漸く私は生きる意味と生きがいを見つけたのです。
そして傭兵になってから1年後、シルバーLvの試験に合格したばかりの私に
提示されたのが、魔王軍と傭兵団の中の魔物たちによって結成された
レジスタンス運動を鎮圧する任務でした。
運動発起直後は、自然回帰主義と機械化政策という思想の違いによって
争っていた両者でしたが、次第に魔物対人間のただの殺し合いになっていったのです。
私はその時、複雑な気分でした。
帝国軍の機械化は確かに近年甚だしく、ティン島の東は既に
帝国軍の本拠地と同じくらいに鉄の町ばかりが立ち並んでいて、
機械装置を動かす上での燃料となる火竜岩と呼ばれる石を掘り出す為に
次々と森は切り崩され、大地には大きな穴が掘られています。
そんな状況を目の当たりにしたり耳にしたりする度に、
この美しいティン島の自然が失われてしまうことと
自然破壊をしても痛まない心を持つ帝国軍の者たちを非常に残念に思いながらも、
レジスタンスのようなやり方は受け入れられませんでした。
人を傷つけて理解させようとしたり従わせようとしたりすることは、
何の解決にもならないと思ったのです。
ましてやこのような小さな島に色んな思いを抱く者たちが住んでいるならば、
尚更、互いの意見を言い、耳を貸し、最善の策を検討していくべきではないでしょうか。
ギルドでそう言った私に笑顔で頷いてくれたのは赤い髪の少年でした。
彼はギルドではちょっとした有名人でした。
真摯に仕事に取り組み、また厳しい鍛錬も怠らない見習いから
正式な傭兵になったばかりの彼の姿に
ギルド長や年長の傭兵たちは温かい眼差しを注いでいました。
まるで自分の若かりし頃を思い出すかのように、
当時の希望に満ちた瞳を取り戻したいかのように、
彼らはギルドに少年が現れると彼の名を呼び、
自分の体験談を話してやったり、任務のコツを教えてやったのです。
そうして私や他の傭兵と一緒に、その少年もレジスタンス鎮圧任務に就きました。
まだ傭兵になったばかりの彼には早いと言う者もいましたが、
ギルド長の命により私と彼でパーティを組むことになったので
何としてでも彼を守らなければ、とその時は思いました。
しかし、彼は予想以上に強かったのです。
勿論、まだ未熟なところもありましたが、
彼は傭兵になったばかりとは思えない戦闘センスをしていました。
トンファというリーチの短い武器にもかかわらず、
彼は戦場を駆け抜けて多くの者の戦う手を止めました。
彼を強いと思ったのは、自分がどんな傷を負っても
相手には致命傷を与えずに気絶させていったからです。
そんな戦いが何日も続くと、帝国軍からの援軍がやってきて
魔力を吸収する装置というものを起動させました。
すると次々に魔物たちは地に倒れて行き、一気に収束へと向かったのです。
そんな中、傷ついた者を救護隊の元へ運んでいた彼の前に
今にも自分の命を絶たんとしたエルフの姿がありました。
エルフは無気力な目をしていました。
そして殺せと少年に言いました。
しかし彼は笑顔で首を振り、そのエルフを起こして肩を貸すと
サンティアカに一緒に帰って行ったのでした。
その後姿を見て、私はギルド長が彼をこの任務に就かせた理由が
何だか分かったような気がしました。
彼は帝国軍や魔王軍、ましてや人間や魔物すら区別なく平等に
優しさや思いやりを注ぐことのできる心の持ち主なのでしょう。
私はそんな彼に興味を持ちました。
そしていつか自分も彼のように大いなる心を持ちたいと思い、
今後も彼とパーティを組み続けることにしたのです。
その後、ギルド長の推薦で彼の助けたエルフもパーティの一員になりました。
皆それぞれ性格も戦闘タイプも違うけれど、
新しく入った彼も心優しく実に頼もしくて
受けられる任務が更に増えました。
それと同時に喜んでくれる人も増え、そんな仕事ができる私は
本当に幸せ者だと感じています。
ですが、またも魔物化してしまった私は人を傷つけてしまったのです。
しかも大切な仲間であるカイトを。
このような重要なことを話さずにパーティを組んでいた私のせいで、
もしかしたら拒絶されてしまうかもしれないと
彼らを信じることができなかった愚かで弱い私のせいで、
彼を瀕死の状態にしてしまうなんて、悔やんでも悔やみきれませんでした。
それでも回復した彼はまた大いなる優しさを持って私に笑いかけるのです。
そして何も知らずにむやみに近づいた自分が悪かったと謝りました。
そんな彼に泣いて謝罪する私の頭をアステムがそっと撫でてくれました。
カイトも軽く肩を叩いてくれました。
それから彼はずっと首にマフラーを巻いています。
自分の為ではなく私に傷跡を見せないようにという彼の優しさによるものです。
――私は昔も今も出会いに恵まれています。
子どもの頃からずっと、今でさえ、私は皆に優しさと幸せを
たくさん貰って生きているのです。
(AHD3500年に古都サンティアカで発掘されたある人物に関する手記より)
WEB拍手お礼SSでした。
恐らく皆様お分かりの通りと思いますがリットン視点です。
本当は本編でしっかり書けたらいいのですが難しくて(´д`、)
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
吉永裕 (2009.7.22)
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