最終話 Le lieu de destin





 は涙を流していた。

「…救えなくてごめんなさい」

サルサラを鎮める為に作った小さな墓の前では佇む。
そしてそっと屈むと白い花を供えて手を合わせて目を瞑った。


「…寒い。ここから出して、誰か――」

地下室でクリスタルに触れた時に身体の中に注ぎ込むように入ってきた言葉を思い出し、
目を開けたの頬にはいくつもの涙の筋が流れる。

「――私は…貴方を一時的に眠らせることしかできなかった…っ!!」

わぁっとは顔を覆って泣いた。
伊吹は暫くそんな彼女の様子を静かに見守り、頃合を見てそっと肩を抱き締めた。
そして背後から優しく声をかける。

「そろそろ帰ろうぜ、
「…うん」

は顔を上げ、涙を拭って微笑んでみせる。
そして立ち上がると、2人はその場から静かに立ち去った。 



 その後、ジッカラートにはまた平和が訪れた。
神殿の周囲は再び閉鎖され、次第にサルサラへの恐怖心は人々の中から薄れていっているようだ。

「えぇ!? 妊娠しないってどういうこと!」

居間にの素っ頓狂な声が響く。

「お前が毎日飲んでおった茶は、排卵抑制作用のある漢方じゃ。
 わしとて鬼ではない。一族が勝手に決めたしきたりのせいで孫に望まない妊娠させるなんてことは嫌じゃからの」
「それを最初に言ってよ、バァちゃん!私がどれだけそれで悩んだか…!!」
「じゃが、それでも伊吹を選んだのじゃろ」
「…まぁ…ね」

は壁にかかっている打ち掛けを眺めた。
白くて温かい光を放っている。

「こんなにも平和がありがたいこととはな…」

ウメ婆は静かに茶を入れた。

、これを飲んだらもう寝ねさい」
「…うん」

はゆっくり茶を飲み干すと立ち上がった。

「――ばぁちゃん」
「何じゃ?」
「…今までありがとう」



 残暑の中、行列は続いていた。

「巫女様ー!」
「おめでとうございます!!」

牛車の外から声が聞こえてきた。
どうやら沿道には沢山の人たちがいるらしい。
結界を張り、巫女としての役割を果たしたことで国民からは圧倒的な支持を得ていた。
鬼と恐れられることもあるこの能力も、良いことに使えばこんなにも人から愛されるのかとは少し皮肉っぽく笑った。
そして屋敷の前に牛車が止められる。

「着きました」

媒酌人婦人である伊絽波の母親の声が聞こえた。
はゆっくりと牛車から降りる。
婦人に付き添われ、は屋敷内へと歩みを進める。
式の参列者は既に座っているようだ。
部屋からは緊迫した雰囲気が感じ取れる。
そうして新郎が媒酌人とともに入室したのを確認すると、と媒酌人婦人も入室し上座右側に座っている新郎と対座する。

媒酌人による開式宣言が行われ、結婚式が始まった。
厳かに進行され、三三九度の杯を交わす。
ちらりと見た伊吹の顔には優しさと頼もしさが滲んでいた。
そうして媒酌人が2人が夫婦になったことを宣言すると新郎と新婦は立ち上がり、皆の方を向いて座り直す。
次に新婦が飲み干した杯で新郎側親族が、新郎の父から順に酒を飲んでいき、
新郎が飲み干した杯が新婦側親族を一巡する、親子、親族固めの杯の儀が始まる。
新婦側親族の中には伊絽波の姿もあった。
その顔は穏やかな笑みを湛えている。
親子、親族固めの杯が滞りなく終わると

「幾久しく」

と媒酌人が挨拶をした。
そうして式は無事に終わる。


 「おめでとう」

式が終わり自由に食事を取っていると、伊吹とのもとに伊絽波がやって来た。

「「ありがとう」」

2人は笑顔で言う。

「心から祝福してるわ」
「うん」

全てが終わって伊絽波の身体の中から邪気を全て取り去った時、伊絽波はサルサラに関する全ての記憶を失っていた。
勿論、と闘ったことも。
それを後にウメ婆から知らされて伊絽波はショックを受けていたが、
少しずつその事実とサルサラに付け入る隙を与えた自分の弱さを受け入れ、今では優しい笑顔を取り戻している。

「末永くお幸せに」
「ありがとう」

そう言うと笑顔で伊絽波は去っていった。
その後姿を見てはホッとして伊吹の手にそっと触れる。

「サルサラは救えなかったけど……でも、皆に笑顔が戻ってよかった」
「あぁ」

伊吹はの手を優しく握る。

「これからは自由だ。の好きなように生きろよ。
 もうお前は巫女っていう枠から解き放たれて、大瀬川になったなんだからな」
「…うん」

は微笑んで握られた手にもう片方の手を乗せた。


と伊吹の物語はまだ始まったばかり――


















−END−

やっと完結です!
長い間、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!!
伊吹や作品についてはあとがきでかいておりますので
興味のある方は是非あとがきにいらしてくださいね^^


吉永裕 (2006.5.17)





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