5月21日(土)


 朝、約束通り冬樹くんが迎えに来てくれた。話したいことって何だろうと思っていたら、歩きながら静かに話してくれた。
彼には物心ついた時から不思議な力があったらしく、目が合った人の過去が見えてしまうとのことだった。
勝手に人の過去を覗いてしまう罪悪感と、その人の過去の心ない行いや浅ましさなどを知ってしまったことによる失望感で
冬樹くんは自己嫌悪と人間不信に陥った時期があったのだそう。体調を崩すのは大概その能力が関係する時らしい。
そんな彼を知っているから弟は自分のことをとても気にかけてくれているのだと話してくれた。
私はその話を聞いて漸く冬樹くんがいつも伏し目がちなことに納得がいった。彼なりの配慮と自己防衛だったのだ。
彼のそんな話を聞いた私は、彼の苦しみとは比べ物にならないだろうけど、ふと両親から失望されていることを知った時のことを思い出していた。
「この世界には知らなくてもいいことって、きっと沢山あると思う。それを知ってしまうのって本当に苦しいことだと思うよ」
こんなことしか言えなかったけれど、でも、つらい気持ちに共感することくらいさせて欲しかった。
私の気持ちを察してくれたのか、彼は優しく微笑んだ。その後、私の過去も見てしまったと言って謝った。
「大した過去を送ってないし、不可抗力なのだから気にしないよ」と言ったら、今度は泣きそうな顔をして彼は笑った。
きっとずっと苦しんでいたのだろう。真面目で優しい人だから尚更気にしていたのだと思う。
「これからも気にせず仲良くしてね」と言ったら「ありがとう」って言ってた。
冬樹くんが力のことを話してくれて凄く嬉しかった。信用してくれたのかな、なんてちょっと自意識過剰なこと考えたりもして。

劇の方は、和泉くんやトーヤくん、変装したようには見えない美空も見に来てくれていて「良かった」と言ってくれたので大成功だったと思う。
演じている間、私は冬樹くんがどんな思いでこのシナリオを書いたのだろうかと考えていた。
両親から期待されておらず居場所がなくて城を出た第二王子と、愛して欲しいが故に我儘を言って皆を困らせる姫君。
自分に自信がなく人に嫌われたくないと思う王子は人の頼みを断れない。
愛に飢えていることを知られたくない姫君は自分を偽り我儘を言っては相手の心を試す。
そんな二人は出会った当初は己を守る為にそれまでの自分を貫こうとするけれど、
何でも許す王子によって張り巡らせていた心の棘を取り払われた姫君は彼にこう言う。
「貴方は自分には何もないと思っている。ですが、貴方には自分の受けた苦しみを人には味わわせたくない思う優しい心がある」と。
そして「私は貴方のその優しさに救われた」と言い、ずっと傍にいて欲しいと懇願する。
王子は自分を必要としてくれる人が現れたことで漸く自身を受け入れ、初めて心から頷くことができた。
そんな二人の結婚の知らせを家族や民は心から祝福した。二人は自分で考えていた以上に皆に愛されていたのである――。
劇の最中、私は第二王子を演じながら自身が救われている気がしていた。この王子はどこか私に似ているような気がしていたから。
クヴォレーくんの役はどうか分からないけれど、きっと私が演じやすいように冬樹くんが私に似せて役を作ってくれたのだろう。
劇が終わる頃には、何だか彼に「そんな君でもいいんだよ」と言われているような気がして泣きそうになってしまった。
それは単なる私の想像にしか過ぎないけれど、でも、一つだけ確かなことがある。
私は、冬樹くんのことが好きだということ。こんなシナリオを書ける彼を凄く好きだと思った。

帰りは冬樹くんとトーヤくんが家まで送ってくれた。トーヤくんはわざわざ公園で待っていてくれたんだそう。
「劇、頑張ったからご褒美に鞄持ちしてあげる」だって。普段はクールな表情なのに、二人とも珍しくご機嫌な顔をしていた。
文化祭、楽しんだのかな?

帰宅後、美空に冬樹くんへの想いを打ち明ける。ぶつかってこいと言われた。
まぁ、美空ならそう言うだろうなと分かってはいたのだけれど、自分自身の気持ちを奮い立たせる為なので美空がそう言ってくれてよかった。


―メモ―
特になし




5月22日(日)


 今日は文化祭二日目。クラス発表が終わった今日は自由行動できるので色んなところを見て回った。
文化祭が終わりに近づき校庭でキャンプファイヤーが始まった頃、私は冬樹くんに誘われて屋上から燃える火を見つめていた。
ふいに彼が「もしかしたら君の気分を害するかもしれないけど、君の過去を見れて良かったと思ってるんだ」と話し始める。
それまで見てきた他人の過去は人を傷つけたり自分を優先したりするものばかりだった。
勿論、自分もそんな生き方をしてきたから完全に他人を軽蔑することはできない。寧ろ自分も同じような人間なんだと思い知らされ、
その事実がショックだったのだ――と、手摺に両肘をのせた彼はフォークダンスをしている生徒たちを眺めながら言った。
「それでも、君の過去は違った。傷ついた君は人にはその気持ちを味わわせたくないと思い、人の心に寄り添う生き方を選んだ」
「なんだか大袈裟だよ」と言ったのだけれど、冬樹くんは優しく微笑んで首を振る。
「そんな人間がいると知って、僕の心は救われた。君のおかげで僕は自分を含む人間全てを嫌いにならずに済んだんだ」そう言って冬樹くんは私の方を見て笑った。
そんな風に言われた私の方が救われているのに、その時の私の口からはなかなか言葉が出てこなくて涙ばかり流していたら冬樹くんがハンカチで涙を拭ってくれた。
「君が生きていてくれて本当に良かったと思ってる。でも、それだけじゃもう満足できない。これからは傍に居させて欲しい。恋人として」
彼が真っ直ぐ私を見て言ってくれた。それでもまだ声が出なかった私は大きく頷いて彼の手を握った。
嬉しかったり恥ずかしかったり幸せだったりして胸がいっぱいだったけれど、彼の手を握っていたら少し落ち着いて、私もちゃんと彼に好きだと伝えることができた。
それから「これからも仲良くしてね」と昨日言ったこととほぼ同じことを言ったら、冬樹くんは嬉しそうな顔で「ありがとう」と言ってくれた。
最初はどうなるかと思っていた美空との入れ替わりだったけれど、それがあったから冬樹くんと仲良くなれたのだ。美空には感謝しないと。
そんなことを言ったら「甘やかし過ぎ」と冬樹くんに叱られた。顔は笑っていたけれど。

これからもっと彼のことを知っていきたい。過去を見る力に苦しむ時もあるだろうけど、そういう時は傍に居させて欲しい。
私の心を縛っていた鎖を切ってくれた冬樹くんの力になりたいし、一緒に生きていきたいから。


―メモ―
◆冬樹くんと付き合うことになった
◆“Scrapbook -III-”を入手




→ 鎖は切れました。この日記は未来へと続いていきます









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本日、拙宅は開設6周年となりました!ここまで続けられたのも皆様のおかげです。
何か6周年という感謝の気持ちと私個人の高揚を形として表わせないかと思い、ゲーム制作を挫折して今後頭の中でも眠る筈であった
この作品をなんとかサイトにあげてやりたいと考え、今回のような形で作品化しました。
本来、ゲームの作品なのでイベントの発生やおまけアイテムの入手、バッドエンド行きなど
パラメータや選択肢によって立つフラグのようなものがあるのですが
今回は文字で表わすだけなのでバッドエンド(この作品における“途切れた日記帳”ルート)以外は常に主人公が最善の行動を取ったという前提で書いています。
作品を読みながら「あ、これがフラグかな」など考えることも楽しみながら読んでいただけたら幸いです^^

さて、キャラごとの感想を申しますと…
冬樹くんは最初の段階ではメインヒーローのつもりだったのですが……作者の心に比例してトーヤに色々持ってかれた感が^^;
物静かで人と目を合わせようとしないけれど主人公には何故か優しいというミステリアスな感じの男の子のイメージです。
冬樹EDだととても穏やかで静かなカップルになりそうです。美空から「あんたたち付き合い始めたばかりなのになんか暗いよ!?」とか言われそう。
でも本人たちはそんな時間が凄く大切で愛おしかったりするんだろうな。

というわけで、内容としては日記形式で文字も少なく状況説明も殆どない作品で物足りない方もいらっしゃったかもしれませんが、
主人公と冬樹くんの鎖を切ってくださったお客様、ありがとうございました!!!


吉永裕 (2011.11.3)