Chain




 またあの夢だ――と夢の中の私は思った。
頭では大した出来事ではないと分かっているのに、どうしても怖くて悲しくて泣きながら目覚めてしまう夢が一つある。

「どうしては美空のようにできないのかしら」
「双子だけど能力は全然違うものだな……」

十三歳の私は両親の寝室の前で立ち尽くす。
たまたまトイレから戻ってきた時に聞いてしまった二人の言葉。
その瞬間、体も心も凍りつく思いがした。
成績優秀で運動神経も抜群、明るく元気で頼りになる皆の人気者な双子の姉の美空と、
成績も運動神経も平均的な能力で、どちらかというと受け身でいつも姉の後ろについて回っていた私。
美空を羨んだこともなかったし、自分の性格を好きだとか嫌いだとか、そんなことを考えたことすらなかった。
両親も私たちの違いを分かっていた上で変わらない愛を注いでくれていると思っていた。
しかし、自分は知らず知らずのうちに両親の期待を裏切っていたのだ。
そして両親も私の信頼を裏切った。
親子ですら、無償の愛は存在しないのだ――

――いつもそこで目が覚める。
しかし、今日は違った。
廊下で声を殺しながら涙を流す自分をどこか客観的に見つめていた私の耳に微かに何かの音が聞こえてきたのだ。

「…ピアノの音……?」

柔らかい木の音がした。曲は聞いたことがない。
素人の自分が聞いても奏者は大変高度な技術を持っていることが分かる音の多さと速さのある曲で、
完璧な演奏過ぎてなんだかとても機械的な感じがした。
そんな完璧な演奏もどこか空虚に感じてしまうのは、今の自分の過去の夢が原因だろうかと思いながら、音のする方へ意識を向けた。
するとピアノのある空間が目の前に広がる。
奏者が気になった私は、恐る恐るピアノに近づいた。
機械的な曲は終わりを迎えつつあるようだった。

「……知らなくてもいいことを知ってしまうのはつらいことだ」

演奏を終え、鍵盤から手を離した人物がポツリと呟く。
それが自分に向けられた言葉のように思えて酷く胸が痛かった。
しかし、なんだかとても嬉しかった。

――あの夜の出来事があってから、私は人に嫌われることが酷く恐ろしくなった。
そして、もしかしたら自分も何気ない言動で人を傷つけているのではないだろうかと思うようになった。
それまでも美空と比べたら大人しい子どもだったけれど、あの日から更に控えめな人間になってしまったように思う。
心を傷つけられる痛みは時間が経ってもなかなか消えはしない。
そんな傷を人につけてしまったらと思うと、どうしても受動的になってしまうのだった。
また、傷つきたくないし傷つけたくないと考える為か、自然と人の気持ちを考えたり、人の感情に敏感になりその変化を察する癖がついてしまった。
そのせいで人の悩み相談などを受けたり愚痴を聞いたりすると、相手の感情を受け止め過ぎてこちらまで気分が落ち込んだりもする。
それでも私に話すことで楽になれる人もいるようだから、こんな私でも少しは役立てている気がして嬉しかったりもするのだった。
しかし、何年経ってもあの時の夢を見る度に魘されては涙を流して目を覚ますことは変わらない。
恐らくこれからもずっと私の心に絡みつくのだ、あの夜の両親の言葉は。

「知らなくていいことを知ってしまうのはつらいことだ……」

再び奏者がピアノを弾き始める中、私はゆっくりと奏者が言っていた言葉を呟いた。







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