不器用な彼女 第10話
「あ、もしかして高田くん?」
土曜日、夏香と一緒にランチを食べていたの携帯が震えた。
「あぁ、よく分かったな。――明日の七夕祭、皆で行かないかって。夏香は予定はあるか?」
「ううん、ないけど……2人の方がいいんじゃない?」
「何故だ?高田くんは皆でと言ってるぞ」
…それに彼はお前に会いたいんだから、と心の中で呟きながらは夏香と携帯を眺める。
「そう?最近2人、仲良いみたいだからさ〜もしかして高田くん…と思って」
「……いや…ないから。じゃあ、いいって返事するぞ」
幹に匡のことをからかわれたことが原因で、匡に対してどう接して良いのか分からなくなって平常心でいられない自分を心配してくれた緑に
正直にそのことを話してからは、1年次よりメールの回数も会話も増えた。
といっても、2人の共通の話題は授業のことや、将来のこと、匡のこと、そして夏香のことくらいで、互いの突っ込んだプライベートな話はあまりしない。
両者ともに普段聞き手に回ることが多いからか、も緑も人に対して深く質問をすることはないのである。
それでも確かに夏香の言うように仲良くなってきたように思える。
誘われなくても、こちらから学食で食事をしようと言えるようになったのだ。
夏香が一緒に食べようと言って来た時は誘えていたのだけれど、それ以外は誘われない限り1人で学食や購買に行っていた。
今は躊躇することなく話しかけられる――それが、以前よりも仲良くなれた何よりの証だった。
「あ…」
「よぉ」
ランチ後、そのままバイトに向かう夏香と別れて1人でアパートに戻ってくると駐輪場で幹と会った。
彼もどこかから帰宅した様子である。
知り合いで尚且つ隣人を置いて先に行っていいものか分からなかったので、何となく彼に歩く速度を合わせてみる。
「今日は1人?」
「いや…さっきまで夏香と一緒だった」
「仲良いよな、ホント」
「あぁ…。――お前は……」
ハッとして口を噤む。
友達はできたかなんて、他人がとやかく言うことではない。ましてや友達の少ない自分が言うことでは――
そう思って俯いていたら、幹は立ち止まって親指で部屋を指差して見せた。
「これから暇?一緒にゲームでもどう?」
「構わないが…私はそういうのはやったことがないから……」
「ま、なんとかなるよ。ボタン連打すればいいし」
「じゃあ、お邪魔します」
折角の誘いを断ることも悪いと思い、申し出を飲むことにする。
時々英文の訳で分からない時などに彼がやって来ることはあるが、自分が彼の部屋に入ったのは初めてだ。
幹はいつもシンプルな服装をしている為に部屋もそうなのかと思ったが、入ってみると予想外では目を見開く。
部屋は可愛らしいもので溢れていたのだ。
「ん…あ、ビビッた?俺の部屋、幼稚園とか保育園みたいだから」
「あぁ…」
頷き、は辺りを見回す。
部屋の壁には大きな紺色の布とモールや折り紙で作った星が飾り付けられ、天井からも星が吊るされており、
棚には紙コップで作ったのであろう口がパカパカ開く玩具や木で作られた車などが置かれている。
そんな彼の部屋は全体的に暖色の家具で揃えられており、とても明るい雰囲気で温かい気持ちになった。
「これ、全部自分で作ったのか?」
「あぁ。雑誌とか本に載ってる面白そうな玩具とか飾りとか自分で作ってみるのが趣味なんだよな。
幼稚園とかの実習に行くと、こういうのもやることになるらしいって話を聞いてから興味持って…んで、今じゃ毎月、部屋の装いを変える始末」
「そうか……いい趣味だと思うぞ」
棚に置かれた彼の作品を見ながらは無意識に微笑んで彼の方を振り返る。
そんな彼女の言葉に、珍しく幹は照れて髪を弄りながらニコッと笑った。
彼は将来の夢に向かって直向に努力する人なんだな、と改めて春日幹という人間について知る。
自分は毎日の授業を受けるだけで満足してしまっているというのに、
きっと彼は暇さえあれば、こうやって何かを作ったり、将来の夢に向かって調べ物をしているのだ。
こういう一側面を知るたびに、再会できて良かったと思える。
「器用だな……しかも、可愛い」
はフェルトと毛糸で作られた人形を指差した。
絵本からそのまま出てきたように鮮やかで可愛らしい配色の洋服を着て大きくクリッとした目の人形に、こちらの顔もほころぶ。
「ん、その人形か? かなり簡単に作れるぜ? 丸めてボンドでくっつけていくだけだし。
もできるよ、このくらい。っていうか、お前って何でもできるイメージなんだけど」
「いや……私は線もまともに引けないから…」
「は?」
はごにょごにょと言葉を濁す。
そう、は試験や実験、そして料理に関すること以外は何もかも下手なのだ。
料理は両親が離婚後、忙しい母親に代わって家事をする必要に迫られてしていたうちに漸く人並み以上になり、
試験や実験などは失敗すると大変なことになるという緊張感からか、恐らくいつもより慎重になるのだろう。
それでも授業中などは緊張感が足りないのか、定規で線を引こうとしてもガタガタに曲がってしまったり、
消しゴムで文字を消していても、力加減がおかしいのかノートを破いたりする。
そんな姿を見ているので、尚更近くにいる緑は世話を焼いてくれるのだろうとは思っている。
「じゃあ何か作ってみる? あ、これなんてどうだ?」
そう言うと、幹は浅いペン入れに立てていた長方形のものを見せた。
牛乳パックを小さく切ったもの2枚から作られているようだ。
彼は机の引き出しから牛乳パックを小さく切ったものが入った箱や必要な道具を取り出してテーブルに置くと、
まるでテレビ番組の工作のお兄さんがやってみせるように、器用で無駄のない動きで指を動かし始める。
彼は2枚の牛乳パックを長方形の長い辺が上に来るように並べて置き、
長方形の短い1辺を合わせて表と裏の両方をセロハンテープで止めた。
そうして、長い2辺のテープを張っていない方の上から1センチ程の部分を鋏でVの字に切り取り、もう一方の長方形にも同じように切れ目を入れる。
そこに輪ゴムを引っ掛け一度捻り、もう1つの長方形の切れ目に引っ掛ける。
そのままゴムのある方を外側にし、セロハンテープで貼り付けた部分を2つに折って、テーブルの上に置くと――
『パチンっ』
「おおっ…」
弾けるようにゴムの力で飛び跳ねてひっくり返ったその玩具を見て、思わずは声を漏らす。
「簡単にできるし、反応が楽しいな」
「だろ?これだったらお前もできる筈だぜ」
「やってみる」
そうしても見よう見真似でやってみるが…
「あーあー」
の手元を見て呆れたような声で幹は頭を抱えた。
牛乳パックを貼り合わせようとするが、セロハンテープをぐしゃぐしゃにしてしまった彼女の姿を目の当たりにした彼は、
“自分は不器用だ”と言っていた彼女の先程の言葉を理解する。
「最初に貼り付けた時点で曲がってるんだよ。ああ、そんな剥ぎ方すると下の紙まで剥げてふにゃふにゃになるって――あぁもぉ……。
……2枚並べて、均等に貼れば誰でもできると思ったんだがなぁ…俺のやり方が悪いのか……。
子どもに教える時はもっと気をつけなきゃなぁ…」
「いや…私が不器用で色々とバランスが悪いんだと…」
「不器用なのは何となく頷けたけど、更に言うと結構、大雑把だろ?」
「そうだな…」
は改めて自分の不器用さを情けなく思いながら、
皺が入って先が丸まってしまったセロハンテープを丁寧に剥いでくれる幹の指先を見つめる。
本当にテレビに出てくるお兄さんのようだ。
「…ピアノとかも弾けるのか?」
「今、練習中。ギターだったら弾けるんだけど」
「ギターを弾く先生か。場所を選ばないし、それも楽しそうだな」
の頭の中に、ギターを弾く彼の周りに子どもが集まって楽しそうに歌っている様子が浮かぶ。
想像力だけはかなり豊かだな――と、昔から小説や漫画などを好んで読んでいた自分の逞しい想像力に少し苦笑するが、
幹はの言葉に嬉しそうに頷いた。
「なるほどね。ギターだったら弾きながら移動できるし、どこでも弾けるな。いいこと聞いた。
お前も先生になれば? 子どもと同じくらい純粋だから同じ目線で物が見れていいんじゃねぇ?」
「褒められているのか、馬鹿にされているのか…」
いつもの彼の調子に戻ったのでは苦笑するが、幹はスッと真面目な表情をして静かに口を開く。
「褒めてるよ。…これはマジで」
「そうか…ありがとう」
珍しく彼が真剣な顔をしたからか他に言葉が続けられず、その後は沈黙が訪れた。
彼は黙々と別の玩具を作っている。
自分も目の前の作業に集中することにした。
「…そういえば、匡っちとはどうなんだ? あれから意識しまくりで本気で好きになっちゃったとか?」
「ちがっ…――痛っ!」
紙に引っ掛けようとしていた輪ゴムが、動揺した拍子に指から外れて額に飛んだ。
そんなを見て幹は噴出すように笑う。
「面白いなぁ、お前」
「やりたくてやってるわけじゃない…っ」
涙目で額を押さえつつ、は声を上げる。
そんな姿もおかしいようで、彼は笑いが止まらない。
「っ…そんなことより、春日は匡と仲が良いのか?」
「あはっ…んあ? ――あぁ、そうそう。同じ学部だから結構会う機会が多くて。
あの人、凄い人懐っこい性格じゃん? 昼休みに会うと飯とか誘われるんだよな。
で、今では同じ学科の奴らよりも匡っちやその友達の方が仲良いかも」
「そうか」
穏やかな表情を見せる幹に少しホッとする。
時々、学食に1人で来ている姿を見ていたので、もしかしたら同じ学年とは気が合わなかったりするのかも、と余計なお世話だが心配していたのだ。
しかし今の彼だったら、誰とでも仲良くなれそうだし、好かれそうな人間に思える。
きっと、実際も色んな人に好かれているに違いない。
そう思うのと同時に、自分が今まで偏見を持ちすぎていたことを反省する。
そんな彼女の心中を知らずに、幹は話を続けた。
「でも匡っち、“最近、緑とが仲良いんだよね…”って時々嘆いてるぜ。あの人、愛されたがりっていうか、置いてけぼりが嫌な性格なんだろうな。
たまには構ってやれよ」
「…構う…?…サークルで十分話しているつもりだが………お前がそう言うなら気をつける」
確かに最近、緑の方ばかりを応援――といっても夏香の話をするくらいだが――していたなと思い返し、
それはフェアではないと思い至ったは、幹の言葉に頷く。
そうしてふと明日のことを思い出した。
「――そうだ。明日、皆で七夕祭に行くことになっているんだが、春日も良かったら……」
「皆って、いつものメンバーだろ?」
「あぁ。匡と仲が良いって言うし、大勢の方が匡も喜ぶから」
「…でも他の面子が嫌かもよ? ほら俺、あいつらの前じゃ前科持ちじゃん」
「前科?」
「もう忘れたのか? 、頭いいんだからもう少し人を疑うことを覚えろよ」
が首を傾げると、幹はニッと意地悪そうに口角を上げてこちらに手を伸ばす。
何か意地悪されると思い、思わず目を閉じ体を硬くして俯くと、予想通り、先程ゴムが当たった額をピシリとデコピンされた。
「…なにをす――っ」
反論しようとして目を開けた瞬間、至近距離にある幹の顔には驚き、そのビクッと揺れた肩に彼が手を伸ばす。
すると風邪を引いた時のことが頭を過ぎった。
冗談というのは分かっていたけれど、この幹に押し倒されたのだ。
「おまっ…お前っ――離れろ……っ!」
「…うん。この反応が一番面白いんだよな」
一瞬にして茹蛸のようになったの顔を見て、満足そうに幹は頷きながら笑って元の位置に戻った。
「…」
は不機嫌に睨みつけるが、彼は物怖じせずテーブルに肘をついてニヤニヤとした表情で見つめ返してくる。
いつも彼を見直した後にこうやって遊ばれてしまうという掌の上で踊らされまくりな自分の単純さを呪いながらも、
やはり幹は自分に対してはずっとこうなのだ、と確信した。
「お前、男を見る目は養えよ。変な男に捕まったら絶対不幸になるから」
「――努力する」
相変わらずニヤニヤしている彼に、は不機嫌な顔を崩さないまま睨みつけて言葉を返す。
何だかんだで真面目で律儀な彼女の様子に幹は笑いながら頷いた。
それを見て、は先程の話の続きをする。
「…それで話を戻すが、明日はどうするんだ」
「やめとく。明日、会場で会ったら挨拶くらいはするから」
「そうか…分かった」
無理に誘っても彼が楽しくないだろうと思い、は了解した。
そんな彼女の手には、完成したばかりの玩具がある。
「お、できたか? ――お前の凄い高さで跳ねるな!」
「あぁ、ゴムの位置と紙の長さで跳ねる力が調整できると思って…」
「ははっ、そういうトコには細かいんだな」
そう言って彼はもう一度、玩具を裏返し机の上に置いて手を放した。
パチンという音とともに、牛乳パックでできた簡単な玩具が飛び跳ねてくるんと宙を舞う。
「春日は何を作ったんだ?」
「俺は簡単な人形」
彼は完成したばかりの紙コップを逆さにして作った人形を手にとって、コップの中に繋がっているストローを上下させた。
すると紙コップの側面から出ていたストローと画用紙で作った手が、彼の動かすストローの上下にあわせてぴょこぴょこと動く。
「何でも簡単に作るんだな」
「まぁ、どれも基本的には簡単な構造だからな。見えない部分は意外と手、抜いてるし」
「そうなのか? それでも私にしてみれば凄いことだ」
がそう言うと、幹は嬉しそうな顔をして笑った。
その後は暫く彼の作った玩具で遊んだり、作り方を教えてもらいながら過ごした。
玩具のお土産も貰ったし、物を作ることでリラックスできたのか、彼と過ごした時間はにとってとても有意義なひと時となった。
なんだか特定のキャラを贔屓しすぎ感じですが…満遍なくしていくつもりです(´Д`)
今回は緑メインにみせかけて、幹メインでしたー^^;
本当は匡がメインの話を書きたいのですが…書かずに分岐に入りそうです。
次回は…分岐有の話にするか、それとも匡の話を一話入れるか、迷っております。
さて、私の書く話はよく教育者系の話が出てきますが…私の専門だから書き易いんです^^;
でもキャラたちは私の理想…な感じです。
私はこのヒロインさんのように不器用でして…壁面に飾る工作物など、凄く苦手でした(;´▽`A``
ピアノも弾き歌いできないし、すぐに間違えるしで大の苦手。実習はアカペラで過ごしたほどです^^;
なので色んなことができて、子どもたちが集まってくるような太陽みたいな先生に凄く憧れておりました。
どうも私は影から見守り、さりげなくフォローな感じの黒子的な先生でして。
そんな先生がいてもいい、と大学の教官は言ってくださったのですが、私は夢から逃げ出したのでした……。
なので、幹で夢を補完です^^;
というわけで後書きが長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださったお客様、ありがとうございました!!
吉永裕 (2008.8.22)
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