「じゃあ私、水汲みに行ってきます。ちょうどバケツもある事だし」
「ボクも行こうか?」
「ううん、1人で大丈夫!! ランくんは見回りお願い」
「わかった。気をつけてね」
「うん」



―湖―

 「あ、この湖きれ〜!ここの水なら飲めるかな?」

は森の中を少し進んだ所に綺麗な湖を見つけた。
目の前にそびえ立つ山をまるで鏡のように水面に映している。
さらに泳ぐ魚の姿もくっきりと見え、透明度は非常に高い湖だった。

「…これが私なんだよね…」
 
は水面に映った自分の姿を見る。
「この大陸でその服は目立つから」と言われて最初の町で買った服も、最近ようやく馴染んできたみたいだ。
それに自分の顔のようではない気がしていた水面に映っている顔にももう慣れた。

『…ドクン』

突然胸に鈍い痛みが走り、は顔をしかめる。

(うっ…。胸が…苦しぃ…!?)

暫くして痛みが和らぐと彼女は目を開いた。
しかしその時、水面に移っている自分の姿が点滅するように透き通って見える。

「…どういう…事?私が…消えてく…!?」

『ズキッ!』

再び胸に痛みが走る。

(苦し…。誰か…たすけ…て)

そうしてあまりの痛みには気を失ってしまったのだった。



―???―

 「ん…?」

目を開けると見慣れない天井が目に入ってきた。

「ここは…?」
「目が覚めたか」

声のする方に首を動かすと、黒髪に赤い瞳の少年がベッドサイドに座っていた。

「貴方は…?」
「俺はカルトス」
「カルトスくん…」

目の前にいる少年の重々しい服装からは何だかピンと来た。

(…きっとこの人、どこかのお坊ちゃんだ)

服装だけでなく、そう思わせる程の上品さというか威厳のようなオーラを彼は纏っていたのだ。

「2日も目覚めなかったが、具合が悪い所はないか?」

「あ、はい。胸の痛みもないですし…」

そこではハッとする。

「…2日も眠ってたっていう事は皆、心配してるって事!?」

ガバリと起き上がった彼女を心配するように肩に手を乗せると、カルトスが顔を近づける。


「仲間がいたのか?」

「はぁ…、男の人4人と一緒に旅をしていたんですけど」
「…そうか」
「王。むやみにその女に近づいてはなりません」

突然、カルトスの後ろから長髪の青年が現れた。

(むっ…。人を何だと思ってんの!?)

いきなり現れて人を危ない存在のように言うその男にイラッとするが、次の瞬間ハッとある事に気づく。

「…っていうか王!? 王様!?」
「そうだ。そのお方はバーン国の新しき王、カルトス・ゴルディン様だ」
「バーン国の王ですって!?」

(ど〜しよ〜!? 私、敵対国にいるって事!?)

あまりにも有り得ないこの状況にの頭は真っ白になってしまった。
じわりと背中に嫌な汗が滲む。

「女、貴様は一体何者だ?」

そんな彼女に強い口調で長髪の男が問いただした。

「わ、わかりません。そもそも、私は記憶喪失で、自分の名前しかわからない状況だったんです。
 そんな私をいい人たちが旅に同行させてくれて…」

敵対国の王らがいる為、はレジェンスたちの名を出さないようにしていた。

「…記憶喪失か。エド、彼女は嘘を言っていない。瞳を見ればわかる事だ」
「しかし、この女は透き通ったのですよ!? こやつは得体の知れない奴なのです」

一方的に危険人物、いや人物として扱われてもいないが
自分をそんな風に言われての混乱は次第に収まり、反対に少しずつ怒りが募っていく。

「それにこやつはアーク国の者。油断はなりませぬ」

(そうだ、私ってこれからどうなるんだろ…。
 アーク国に…レジェンスたちの所に戻れるのかな…)

「あの…、すみません。
 私、アーク国に戻りたいんですけど。仲間もそちらにいる事ですし」
「…悪いがそれは許可できない」
「え!?」
「お前は研究材料としてこの国にいてもらう」
「嘘っ!? しかも研究材料ですって!?」

(何!? 切り刻まれたりいろんな薬品投与されたり人体実験されるって事!?)

「心配しなくてもいい。お前に危害を加えるような事はしない。
 ただ、正体のわからないお前をアーク国に戻す事は将来アーク国にとって大きな力になるかもしれない。
 だからお前の正体がわかるまで帰すわけにはいかないのだ」
「…そう…」

(もう何を言っても駄目だ。透き通ってるとこ見られたんだもん。
 普通の人間だなんて信じてもらえるわけない。私ですら自分の事、よく分からないし。
 ここは大人しくしておこう…。大人しくしてれば命は大丈夫そうだ)

「あ、でも…」

はレジェンスたちの事を思い出した。

「手紙を書いてもいい?
 私の仲間、いい人たちだから、私が急にいなくなってきっと心配してる」
「…ここにいる事を書かなければ特別に許可しよう」
「わかった」

するとカルトスは紙と羽ペンを持ってこさせた。


『ランくんへ
 急にいなくなってごめんなさい。
 実は記憶が戻った拍子に、今度は貴方たちの記憶がなくなってしまったらしく1人で山を下りてしまったのです。
 その後、暫くして貴方たちの事を思い出して慌てて手紙を書いています。
 私は在るべき所で生きています。 心配かけてごめんなさい。
 今までありがとう。さようなら。  

記憶喪失が治ると書くのが一番怪しまれない事だと思った。
これ以上、彼らに迷惑をかけてはいけない。
そう思い、はレジェンス宛ではなく、王族と少し縁遠いラン宛にしたのだ。

「…これをマジェスという町の宿屋へ預けてくれませんか?」
「マジェス?」
「彼らはそこに行くと言っていました。
 もしかしたらもう旅立っているかもしれないですけど、一応お願いします」
「わかった。至急届けさせよう」
「すみません、ありがとうございます」

これでレジェンスたちの事は一安心だ。

「ではお前には研究所へ行ってもらう」
「研究所?」
「一応、身体検査をするのだ」
「あぁ、そういう事ですか」
「後に案内をする者を寄こす。それまでこの部屋から出ないように」
「わかりました」

そう言うと長髪の男は部屋から出て行った。

(偉そうだったな〜、あの人)

の眉間に皺が一本できる。

「すまない。エドは真面目な奴なのだ。
 そしてバーン国の繁栄の為ならば手段を選ばない冷酷さを持っている…」
「冷酷…」
「しかしお前を一番心配していたのは奴だ。どうか彼の事を誤解しないでほしい」
「え…」
「お前が時々苦しそうにするからエドは2日間徹夜でお前の傍にいたぞ」
「そうなんですか…」

(何だ、見かけによらず意外といい奴じゃない…)

「…エドは妹を病で亡くしているからな。 生きていたらちょうどお前くらいの年頃だ。
 お前の苦しむ姿に亡き妹を重ねたのだろう」
「…」

あんな鉄の仮面を被ったような男にそんな過去があろうとはは夢にも思っていなかった。
何だか一時的にでも嫌悪感を抱いてしまった事が申し訳なく思えてくる。

「…ところで、お前の名前を教えてくれるか」
「あ、はい。私、っていいます」
、か。先程エドが言っていたが俺はカルトス・ゴルディンだ。
 今までいた男はエドワード・ロイセン。この国の宰相だ」
「宰相…。若いのに、偉い人なんですね」
「そうだな。エドにはそれ相応の能力があるという事だ」
「ふーん。…あ、ところで。ここってどこですか?」
「ここか?ここはバーン国の城だ」
「やっぱり…。このゴージャス感はそうじゃないかと思ってたんだ…」

(あれ、でも…)

「どうしてアーク国にいたんです?」
「…情報収集だ。相手の事を知らなければ何も始まらないからな」
「…戦争、するんですか?」
「……。今すぐではないが、いつかは必ず戦うだろうな」

カルトスの表情は曇るが、きっぱりと言い切った。

「…」

(戦争…か)

想像のつかない世界だ。
こんなに小さな大陸に2つしかない国が対立して戦うなんて。何だかとても悲しくなる。

「…はもう少し休むといい。 夕方、俺が最も信頼する兵を呼ぶ」
「はい。わかりました」

そうしてはふかふかのベッドでもう一眠りする事にした。


『コンコン』

「ふぁ〜い」

窓から差し込む夕日が眩しく感じる。

「起きたか」
「はい、何とか」

ドアを開けるとエドワードともう1人が立っていた。
どうやらカルトスが言っていた兵隊さんらしい。

「この者は近衛兵のレノン・プラスター。研究所までお前を案内する」
「あ、よろしくお願いします。私、っていいます」
「…」

右目から頬にかけて大きな傷跡があるレノンという男は彼女の方を見るだけで返事をしない。
   
(あぁ、もう。どうしてバーン国の連中はこうも失礼なんだろ!!)
     
そんな事を思いながらはエドワードとレノンの後について行く。
すると城の外に白い馬が待っていた。

「乗れ」

「え!? このお馬さんに!? 無理無理!! 私多分乗った事ないもん!!」
「俺が支える。前に乗れ」
「…怖くない?」
「ゆっくり走る」
「…わかった」

そうしては馬にまたがる。

「…まさか女がそのような乗り方をするとはな」

彼女の姿を見たエドワードがクククと笑う。

(かっちーん!)

「…何よ、乗り方知らないんだから仕方ないでしょ!!
 足を揃えて乗ればいいわけ!?」
「気の強い女だ」
「悪かったわね!!」

そう言い、は馬にまたがっていた足を片側にもって行き、馬に横向きに乗る事にする。

(でもこの体勢、間違いなく落ちる!)

「あの…」
「何だ」
「落とさないでね」
「…承知した」

そうしてレノンはの後ろに乗り、片手を彼女の腰に回し手綱を握る。

(え!? これはこれで恥ずかしいんだけど…)

「研究所のヤンには話をしてある。気をつけて行け」
「あ…、うん」

そうしてとレノンは研究所へと向かった。



―研究所―

 「ようこそ。バーン国立研究所へ」

大きい建物から出て来たのは眼鏡をかけたウエーブヘアの少年だった。

「あ、あの…」
「話は聞いています。私はヤン・ジェラール。この研究所の研究員です」
「あ、私、っていいます。よろしくお願いします」

そう言うとヤンは微笑む。

「苦しんでいる所をレノンさんが助けたそうですが、身体は大丈夫ですか?」
「え?貴方が助けてくれたの?」

ヤンの言葉に驚いて後ろに立っていたレノンに真相を尋ねる。

「…」

「…」

(何か応えなさいよ…)

しかし、彼の反応のなさに思わずも言葉を失った。


「レノンさんは寡黙な人ですから、気にしないでください」

(結構ヤンってレノンさんと仲いいのかな? …ま、どうでもいいけど)

「それでは、身体検査始めましょうか?
 あまり夜遅くまで女性を出歩かせるのは申し訳ありませんから」
「あ、はい」

(…もしかして…脱ぐの?)

はヤンを見つめながら硬直している。

「大丈夫ですよ。魔法と科学の力で身体の悪い所を見つけますから服はそのままで結構です。
 脱ぎたいなら脱いで下さって構いませんけど」
「いえ、このままで!」

ヤンの読心術に驚きつつも、コードがたくさんついた機械の所へ案内された。

「私、どうすれば…」
「そのまま横になっていただければ結構です。 なるべく気持ちを穏やかにしてくださいね」
「はい」

すると手足や頭にコードが装着される。
そしてヤンも同じように身体にベルトのようなものを装着する。

「今から私の魔法の力でこの機械を動かします。 痛くも痒くもありませんから、安心してください」
「はい」

そうしてヤンは目を閉じ、神経をベルトへ集中させる。
すると彼の身体がポワっと光り始めた。

「…さん」
「はい?」
「…眠くなりませんか?」
「はい。さっきまで寝てたし」
「…そうですか」

そう言うとヤンの身体から光が消える。

「…どうした」
「…それがですね。どうやら彼女には魔法が効かないようです」
「え?」

魔法が効かないとはどういう事だろう。

「…本来、この機械を使うにあたって対象者は無意識の境地になるように睡眠状態にする魔法をかけるのです。
 しかし、貴女は少しもその効果が現れません」
「…はぁ、そうですね」
「それに貴女の身体からは莫大な生体エネルギーを感じます。
 貴女はまるで太陽のようにエネルギーを放出している」
「…?」

はいまいち意味を把握できない。

「きっとそのエネルギーが魔法の力を跳ね返してしまうのでしょう」
「…ふ〜ん…」

わかっていないが、とりあえず頷く。

「…簡単に言うと、磁石のN極とS極みたいなものだ。
 生体エネルギーと魔法が反発しているのだ」
「あ、そういう事!」

レノンのおかげで何となくニュアンスを掴んだ。

「でも、魔法と生体エネルギーってどう違うの?」
「そうですね…。生体エネルギーはその人の持つ命の輝きというか、生きようと強く思う気持ちのようなものです。
 前向きに生きれば生きるほどそのエネルギーは強まります。
 まぁ、魔法のように何かができるわけではないですが、無意識に身体の回りにバリアを張っているような状況なわけです。いわば免疫機能と同じですね」
「ふーん」

(私ってそんなに生きる事に一生懸命だったのか…。
 確かにポジティブな気はするけど)

「その生体エネルギーとは別に、魔法は呪文や魔法陣などを媒介として精神エネルギーを素に形にしていくものなのです」
「今度は精神エネルギー?」
「強く思う力というか、思いを具現化する力…とでもいいましょうか。まぁ、遺伝的な体質も関わってくるのですが」
「強く思う力…」

(前にシャルトリューさんが言ってた気がする)

うんうん、と頷きながらはヤンの話を聞き続ける。

「つまり、2つとも誰もが持つ力なのです。
 貴女の場合は、生体エネルギーが極端に強いだけです」
「そっか〜。安心した。私、化け物かと思ったぁ」
「しかし、貴女が透明になる原因は掴めません。
 生体エネルギーが人体を消すなんて聞いて事がありませんし。
 …貴女には他にもまだ解明されていない未知なる力が働いているのかもしれません」
「…つまり…私はこれからも要注意人物なワケだ」
「まぁ、そうですね。でも大丈夫です。悪いようにはしませんから」

ニコッと爽やかにヤンは笑って見せた。
だがその笑顔が逆に怖い。何だか自分が本当に実験体になって遊ばれているようで…。

「は、はぁ…」
「時々は研究所に来てくださいね。いろいろ調べたい事がありますから」
「う…」

(ヤンって笑顔なのに何か怖いものがあるんだけど)

「あ、もうこんな時間ですね。 そろそろ城に戻られた方がよろしいでしょう」
「そうだね。でもヤンは?」
「私はこの近くに家がありますから」
「あぁ、そうなの」
「では、お2人とも、お気をつけて」
「わかった、じゃあね」

そうして2人は研究所から出た。


 「…ねぇ、レノンさん」
「…話すと舌を噛むぞ」
「ちょっとだけ」

は行きと同じようにレノンの腕に抱かれて馬に乗っていた。
月が森を駆け抜ける2人を照らす。

「…あのさ、何で私の事助けてくれたの?」
「…あのまま放置すれば死ぬかもしれないと思った。…それだけだ」
「…ありがとね」

(まさかバーン国に連れてこられるとは思わなかったけど。
 でも、バーン国の人は想像していたよりもずっと穏やかでいい人っぽいし
 私は本当に運がいい。しかし何故か王族ばかりと出会うなぁ…)


 その後、夜遅いにもかかわらず城の入り口で待っていたカルトスとエドワードを見ては笑った。

(あんたたち、バーン国の重鎮が何してんのよ。
 こんな遅くまで…。私なんか待っちゃって)

そしてレノンを入れた3人に付き添われ、は夕方まで寝ていた豪華な部屋に戻ったのだった。


 (…レジェンス、ククル、シャルトリューさん、ランくん。
 急にいなくなってごめんね。でも、私はちゃんと生きてるから。
 貴方たちの敵国に助けられて…)

は窓辺に立ち月の沈んだ空を見上げる。

(私の見る限り、こっちの人はいい人だよ。 アーク国にいた私を助けてくれたしとっても親切にしてくれる。
 …両国は仲良くなれないの? お互いピンチには変わりないのに…。
 力を合わせれば、何とかなるかもしれないのに。
 思いを形にできる…それが魔法なんじゃないの…?)

は昼間寝た事もあり、なかなか眠りにつけなかった。




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