+不思議な女性+
〜レノンルート 第5話と第6話の間〜
アーク国で倒れているところを見つかり、そのままバーン国に連れてこられた女性――。
以前、偶々居合わせて彼女の独り言を聞いてしまい、彼女がアーク国のレジェンス王子の連れだと知ったものの、
独り言を呟いていた彼女に罪はないし、あの口ぶりでは最近知り合った程度の間柄だろうと思った為に王にそのことを告げるのはやめた。
一目見ただけでそのひととなりを察することのできる王がすぐに信用して気に入っているのだから、恐らく悪者ではないだろうし、
何よりこの国に連れてきてしまったのは自分なのだからという負い目があったのかもしれない。
しかしながら彼女は自分だけでなくバーン国の全ての者に対して憎んだり嫌悪したりする素振りは全くなく、自分から率先して城の生活に溶け込もうとしている。
それが不思議でならない――と、レノンは胸に着けたプレートの隙間からに渡されたハンカチを取り出してじっと見つめたが、結局使わずに元の場所に戻して左腕で頬の汗を拭った。
息を整え、訓練用の剣を持ったまま窓辺へ向かう。
半地下にある訓練場には侵入者を防ぐ為の鉄格子がつけられた窓があって、外から見ると丁度地面と同じ位置にある。
その窓から中庭の草花を眺めながら休憩するのがレノンの習慣となっていた。
しかし今日は違うものが目に入る。
それは地面に座り込んだの姿だった。
何やらじたばたと上半身を動かしているがその場から動こうとしない彼女の様子が気になるので、レノンは剣を置いて彼女の元へ向かうことにする。
「どうかしたのか?」
「あ、レノンさん」
慌てて顔を上げようとしたは「痛っ」と小さく声を上げ、仕方なく首を傾けながらレノンを見上げる。
その膝にはスケッチブックと鉛筆が。
「あぁ、これね。ここのお花が綺麗だったから、何かこのままにしておくのが勿体ない気がして。
そしたらいてもたってもいられなくなっちゃって。
でも切ったりするのは可哀想だから絵で残しとこうと思ったんだけど……」
レノンの視線に気づいたはこれまでの経緯を一通り説明してくれた。
花のスケッチをしていた最中に鉛筆を落とし、茂みの中に転がった鉛筆を取ろうとして手を伸ばしたところ、
鉛筆は無事に回収できたが髪の毛が茂みの小枝に引っかかってしまって身動きができなくなってしまった、とのことだった。
「もードジでしょ? 手探りで外そうとしたんだけど余計に絡まっちゃったみたいで……」
「では俺が手を貸そう」
「え、いいの? カルトスの護衛は?」
レノンは彼女の隣に膝をついだ。
そして枝に絡みついた髪の毛に手を伸ばす。
「今は訓練の時間故、気にせずともよい」
「あ、近衛兵って交替制なんだね。……そうよね、ずっと傍で守ってるばかりじゃ腕が衰えちゃいそうだし」
「ああ、そうだ」
「――でも、大切な訓練の時間を邪魔してごめんなさい」
「いや、休憩中だった。構わない」
「そう……? ありがとう」
「――が……」
「……が、何?」
レノンの背中に先程の訓練の時とは違う汗が滲む。
「不器用故、上手く外せるかどうか……」
「え……? レノンさん、不器用なの? 訓練の時、あんな重そうな長い剣を針みたいに扱ってたのに」
「戦いに関すること以外は苦手だ。――例えばマッチで火をつけることなどは特に」
キョトンとした表情を浮かべ、はレノンの方を振り返った。
そしてクスッと笑う。
「凄く意外。レノンさんって可愛い人だね」
「か、可愛い……と?」
普段、ポーカーフェイスであるレノンもさすがに驚いたのか、ギョッとした表情を浮かべた。
彼の指は更にぎこちない動きになる。
そして2人の間に暫し沈黙が流れた。
「――そういえば、ずっと聞きたいと思っていたことがある」
「え、何?」
レノンが沈黙を破る。
「お主は俺が……バーン国の者が憎くはないのか? 意識のない間に敵国へ連れて来られて軟禁状態にされているというのに」
彼がそう言うとはキョトンとした表情を一瞬浮かべたが、優しく笑って首を振った。
「憎む筈ないじゃない。レノンさんに命を助けてもらっただけじゃなく、お客さん状態で城に置いてもらって色々とお世話してもらってるんだもの。
感謝こそすれ、憎むなんてこと有り得ないよ。
それに私、バーン国もそこに住んでる人たちも好きだもの。といっても、お城付近しか知らないけどね」
「だが――」
俺がお主を連れて戻ったりしなければ、というレノンの言葉を遮っては口を開く。
「レノンさんが見つけてくれなかったら、私、あのまま誰にも見つからずに消えてたか、もしくは死んでたかもしれない。
仮に同行してた皆が気づいてくれたとしても、あんな山道を大人1人担いで歩いて移動するなんてきっと大変だし、時間もかかるでしょ。
そしたら麓の村に着く前に私、やっぱり死んでたかもしれない。
――レノンさんは馬を持ってたし、早く処置しようと思ったから私を連れて山を下りて自分のよく知る高名な薬師の所へ連れて行ったんだろうって、
前にね、カルトスが教えてくれたの。私もレノンさんと何度かお話ししてみて、カルトスの言葉に納得した。
レノンさんはきっと、苦しむ人間を放っておくこともできないし、そこら辺の医師がいるのかもよく分からない村の前に病人を置いていくなんてできない人だもの。
そう……レノンさんはあの時、私にとって最善の方法で助けてくれた。貴方には重要な任務があったにもかかわらず……」
の言葉は最後で小さな声になっていた。
そして動かせる範囲で首を動かしてレノンの方を振り返る。
「レノンさん、お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい。でも見つけてくれたのが貴方で私は幸いでした。
助けてくださってありがとうございました」
は穏やかな表情でゆっくりそう言うとペコリと頭を下げた。
レノンはいっそう彼女のことが分からなくなって微かに首を振る。
どうして会って間もないというのに彼女は自分をここまで信じられるのだろう。
どうして彼女の言葉の一つ一つが優しく響いて聞こえるのだろう。
そんなことを考えているからなのか、やはり不器用だからなのか、なかなかの長い髪の毛は枝から外れない。
「あー、私がぐちゃぐちゃにしちゃったからなぁ。
レノンさん、剣いつも持ってましたよね? これ以上お時間取らせるのも悪いし、髪の毛、切ってください」
「いや、それは。切るなら枝を切る」
「それはダメよ、可哀想じゃない。私がドジって勝手に引っかかっただけなのに……」
その言葉で漸くレノンはの性格や思考パターンを理解した。
彼女は自分よりも他者を大事にする者で、きっと目の前に困っている者がいたら頭で考えるよりも先に手を差し伸べる者。
そして自分の身も顧みず、相手が危険にさらされた場合は躊躇なく前に飛び出して身を呈して相手を守ろうとする、悪く言えば自分の命を人よりも軽く考えている者――。
同時にレノンはカルトスのことを考える。
王を守り、バーン国の未来を守ることが自分の使命。
その為ならば命を落としても構わないというのが本意である。
もしかすると彼女も深層ではそんな風に考えているのかもしれない。
目の前の人を救う為なら、喜んでもらえるなら、と。だから考える前に体が動くのだ。
しかし王には自分がいるが、彼女は違う。
誰かを救いたい一心で命をも投げ出してしまうような性分の彼女の命を一体誰が守るのだろう。
しかも今後、本格的な戦が始まる可能性は非常に高い。
そうなったら王の付近にいる彼女も危険だ。
城にいるだけでも危険に巻き込まれることはあり得るから別の住居を、とヤンはエドワードによく進言しているそうだが
最悪、彼女を人質として利用することも考えている為に城に置くことになっているらしい。
だがそんなことも露知らず、彼女はバーン国もそこに住む人々も好きだと言う。
自分が連れてきてしまったが為に不自由な身になり、尚且つ命の危険も付きまとうようになってしまった。
そんな彼女をできれば自分が守ってやりたいと思うが、それはできないことだと重々承知のレノンはそっと片目を伏せた。
「レノンさん、遠慮せず切っていいんだよ?」
「――いや、問題ない。外れた」
「あ、本当!? ありがとう! 助かったよ」
漸く枝から髪が外れたはホッとした様子で180度回転すると、レノンに頭を下げて笑顔を向けた。
レノンも微かに微笑み頷く。
しかし髪の毛のもつれは無事に解くことができたものの、先程よりもレノンの胸の中は糸が絡まっているようなもやもやとした状況である。
この目の前にいる人を守りたい、だがそれは自分には無理だと分かっているしこの世界に王以上の存在は有り得ない。
王への忠誠はこれから先も決して揺らぐことはない。
それでも王や家族以外の者をこんなにも守りたいと思う感情は何なのだろう。
何より王の為ならば命すら惜しくないと思えるのに、のことになると途端に命が惜しいと思われる。
彼女を残して死にたくはない。生きて彼女を傍で守りたい。
この薄紅色の頬にそっと触れてみたい――。
王を貴び、大切に思う気持ちと似ているようでどこか違うこの感情の受け止め方が今のレノンにはよく分からなかった。
「レノンさん、本当にありがと。貴重な時間を費やさせてしまってごめんね」
「構わない」
立ち上がろうとするにレノンは手を差し出す。
「ありがとう」
そっと重ねられた彼女の手はとても華奢なのにもかかわらず柔らかく、非常に脆いものに触れている感じがした。
けれど、暖期に移り変わる頃の太陽のような優しい温もりが伝わってくる。
「レノンさん、いつか訓練してるところをまた見学しに行ってもいい?」
「ああ、いつでも構わない」
「よかった。――じゃあ長居しても迷惑だろうし、私、これで失礼するね」
「そうか」
そう言い手短に挨拶を交わす。
するとスケッチブックを小脇に抱えて右手を大きく振った後、は小動物のように可愛らしく駆けていく。
レノンは彼女の後姿を見つめながら「不思議な女だ」と再び思う。
しかし「いや、不思議なのは自分自身かもしれない」と考えを改めた。
不思議な気持ちにさせる女性――。
彼女を見つけて幸いだったのは自分の方かもしれない。
久しぶりのanother sideです。
感情の起伏が少ないレノンさんの恋愛までの過程がちょっと飛ばし過ぎてる感があったのと、
ヒロインさんがバーン国に連れてこられた件について書きたかったので
久しぶりにanother sideのSSを書くことにしました。
レノンさんが心の中でぶつぶつ考えている姿は全然イメージできないので、
書いた本人がちょっと「こんなレノン、どうだろう」と不安なのですが、書きたかった物語の背景は書けた気がします^^;
これからも機会があったらSSを書きたいなと思っております。
完全にSSにするキャラが偏っているのですが(汗)
もしこのキャラを!というご希望がありましたらリクエスト用メルフォや拍手などでご一報ください^^
できる限り、お応えしたいと思っております。
それでは、読んでくださった皆様、ありがとうございました!!
吉永裕(2009.7.20)
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