「…ヤン」
思わず出た言葉に驚く。
「…っていうか別に好きとか…そんなのじゃないし…」
自分に言い聞かせるように呟いた。
――それでも。
彼の真剣な横顔や屈託のない笑顔にドキドキして、
「好きですよ」と軽い挨拶みたいに毎度のように言う言葉に「はいはい」と答えながらも実はキュンとしていたりするのも事実で。
とりあえず、は風呂の中でこの心のモヤモヤを整理する事にした。
パンフレットを見ながらうーんと悩む。
旅館には沢山の露天風呂があり、全体の人数が少ないたちは、
決められた時間内なら好きな所へ何回でも入浴しても良いと言われていた。
「…この真珠の湯にしようかな!お肌スベスベになるって書いてるし!!」
そうしては真珠の湯に向かう。
「…広い」
が入った乳白色の真珠の湯は実際には他の湯とも中で繋がっており、とても広々とした露天風呂だった。
風呂場で合流した友達は「色々な他の湯に入ってくる」と言い、すぐにいなくなってしまった。
ゆっくりと考え事をしたかったし、色々お風呂を回ってのぼせるのも嫌だったので、このまま真珠の湯にのんびり浸かる事にする。
「…わ〜、綺麗な月〜!」
空を見上げると、澄んだ光を降らす月が夜空に浮かんでいた。
すると…
「その声はさん?」
ある人物の声が聞こえた。
「や、ヤン!? え!? 何!? どこにいるの!?」
はキョロキョロと辺りを見回す。
「すぐ近くですよ。この岩場で男湯と女湯が仕切られてるみたいで」
そう言うのでは近くにあった塀のようにそびえ立つ岩場へ近づく。
「さんはお1人ですか?」
少し響いて聞こえるヤンの声。
何だか場所が場所なだけに、ドキドキしてしまう。
「…うん、皆は色々見て回りたいんだって」
岩場に背を向けて静かに口を開いた。
「こちらも私1人ですよ。ククルさんがサウナで我慢比べをしようとか言い出して。
私は汗だくなんて真っ平御免なので逃げてきました」
「我慢比べだなんて…子どもみたい」
ククルたちの様子を思い浮かべてはクスクスと笑う。
「――ね、さん。さっき月、見てたんですか?」
口調が少し下がって穏やかな声が聞こえる。
「うん、そう。月がさ、凄くくっきり空に浮かんで見えてしかも銀色なのね。
何だか神秘的でさー」
は頭が水面に浸るくらいの角度で空を見上げた。
「えぇ、ホントに。今日の月はとても目と心をを惹き付けますね。
まるで貴女みたいです」
「…え…?」
水面に雫が落ちて徐々に波紋が広がっていくかのように、ジワジワと胸に温かい気持ちが広がり、心が震える。
「そ、そろそろ私、上がるね。…何か、のぼせそうだし」
そう言っては立ち上がろうとすると――
「――のぼせるのはお風呂に?それとも私?」
ヤンがクスッと笑ったような気がした。
「ば、馬鹿言わないでよ!! そんなの――っ!!!」
――馬鹿なのは私。
こんなに動揺したら丸分かりじゃないの。
恥ずかしい事ばかり、言わないでよ。 言わせないでよ、ヤン…。
は俯く。
ポタポタと髪から滴る水が水面を揺らした。
…私、今どんな顔してるんだろう。
凄い真っ赤なのかな。ホントにのぼせちゃうかも…。
「――ね、さん、良かったらこの後、少し中庭を散歩でもしませんか?」
「……いいよ」
「じゃあ、中庭のベンチの所で待ってます」
「…うん」
どんな顔をして会えばいいのだろうと思いながらは風呂から上がった。
旅館の用意してくれた浴衣に着がえて鏡を見るとほんのりと肌がピンク色になっている自分がいた。
それでも先程の余韻か、頬の所が特に赤い。
…会うまでには収まってるよね。 それに外は…暗いだろうし。
とにかくヤンを待たせないようにと、軽くタオルで髪の毛を拭き、ブラシで整えると
は荷物を持ってヤンの待つ中庭へ急いだ。
「…お待たせ」
中庭のベンチに腰掛けているヤンに横から声をかける。
普段1つに髪をまとめているヤンが髪を下ろしている姿と眼鏡を外した姿は何だか新鮮だった。
「あ、さ――」
こちらの方を向きながら立ち上がり、目が合うとヤンは立ち尽くす。
「…どうか…した?」
急に固まるので具合でも悪くなったのだろうかとは近づき彼の顔を覗き込んだ。
「…いえ…」
そう言ってヤンは俯いて口に手を当てる。
そうしてゆっくりと顔をあげると微笑んだ。
「…のぼせたのは私の方みたいです」
「え、どういう…――っ?」
ニコッと笑うとヤンの唇がスッと重ねられ、すぐに離れる。
「……」
彼の突然の行動にはポカーンと突っ立っていた。
そんな彼女にヤンは目を細めて笑う。
「さんが悪いんですよ。あまりにも色っぽくて綺麗だから」
「そ、そんな…!」
私は別に、と言おうとしたがグッと両肩を掴まれた。
月明かりの下の眼鏡をしていないヤンはどこか普段よりも大人びていて、男の子というよりも男の人、という感じに思える。
「――今日こそは、本気に受け取ってもらいますよ」
「…何を…」
そう言いながらピンと来た。
きっとヤンは――
「――貴女の事で頭が一杯で、毎日貴女の事ばかり考えます。
…自分でも情けないくらいに貴女を中心に私の世界は回ってる」
ジッと目を見つめられた私には、ヤンのひと言ひと言が胸に刺さるような感じがした。
グッと胸を掴むのに、グラグラと壊れそうな程に私の心を揺らす、ヤンの存在――
「私は、さんが好きです」
「……っ」
何も言葉が出なくて。
ただ涙がポロポロ零れて。
どうしようもなく、コクンと一回頷くと
ヤンはそっと頬の涙を拭ってさっきよりも長めのキスをした。
「さん?…起きてください、風邪を引きますよ?」
ある人物の声がしてはパチリと目を開ける。
「……あ…れ…?」
辺りをキョロキョロと見回した。
そこは国立研究所のベッドの上だった。
…あ、そうか。
私、身体の定期検査に来てたのにいつの間にか寝ちゃってたんだ。
ゆっくりと起き上がる。
「お疲れのようですね?大丈夫ですか?」
ヤンはに水を差し出しながら、彼女の隣に座る。
「あ、うん。大丈夫…」
水を受け取りながらボーっと手の中の水を眺めた。
――夢…かぁ。
なんだぁ、と顔を赤くして俯いた。
そりゃそうよね。
アーク国とバーン国の皆が仲良く同じ学院にいるんだもん。
そんな事、あるわけないし。
それに…ヤンとあんな事になるなんて……。
夢の内容を思い出すと、急に恥ずかしくなり顔が熱くなってくる。
するとヤンが心配そうに顔を覗き込んだ。
「顔が赤いですけど…身体の具合が悪いとか?」
「ううんっ!これは…別に…」
ブンブンと首を振る。
恥ずかしさでヤンの方を向けなかった。
「そ、そういえば!
ヤンって眼鏡かけてるけど結構視力悪い方なの?」
とりあえず話題を変える。
「視力?…そうですね」
そう言うと彼は眼鏡を外した。
眼鏡を外すと何だか少し大人びて見える。
きっと普段つけている眼鏡が少し大きめなフレームだから幼く見えてしまうのだろう。
そんな事を考えていると、すっと顔が近づく。
「…ピントが合う位置はこの位です」
そう言うとジッと至近距離にいるを見つめる。
顔と顔の間は15センチくらいしかあいていない。
「わ、わかった…から」
そんなに近づかなくていいよ、と動揺しながら身体を後ろに引く。
「――というのは嘘で。本当は普通に見えますよ。 この眼鏡は度が入ってなんです」
「え?」
キョトンとしているとヤンが眼鏡を見せてくれた。
「これ、データチップが内蔵されている眼鏡で、ボタンを押すとレンズにデータが出るんですよ。
いちいちデータを引き出すのが面倒臭いので開発したんですけどね」
そうして眼鏡のフレームをピコピコと押すと良くは分からないが、棒グラフのようなものと数字がズラッとレンズに写し出された。
「…こんなの作っちゃうんだ。凄いね…」
ジーっとヤンの眼鏡を食い入るように見つめる。
すると彼がすっと肩に手を回した。
「じゃあもうこんな時間だし、今日はここに泊まっていきませんか?
私も一緒に泊まりますから心配いりませんよ」
「え…」
ドキっとしては固まる。
「何かさん、具合悪そうだし。一応、ここ医療系の施設もありますので」
「…っい、いい!帰る!!」
そう言うとヤンの手を払いのけて彼から離れるようにベッドの端へと移動した。
再び夢を思い出したの顔は更に赤くなる。
「…何だか今日のさん、反応がいつも以上に可愛いですね」
クスッと笑ってヤンは彼女を追いつめるように近づき隣に座ると、身体のすぐ近くに手をついた。
そしてその手に体重を乗せるようにグッと彼女の方に向かって身体を傾ける。
「研究所が嫌なら私の家に泊まってもいいですよ。 寧ろそちらの方が大歓迎ですが」
「っ…や、ヤダっ!」
じっと顔を覗き込み、ニッと笑った彼を咄嗟に突き飛ばした。
――な、何か意識しちゃうじゃないの!
あんな夢見たからだ、きっと。
立ち上がり、ドッドッドッとビートを刻む胸を押さえる。
すると「酷いなあ」と背中越しにヤンが言っているのが聞こえた。
――でも、本気と受け取ってもらって構いませんから。
そう言うと彼はゆっくりやって来て跪き、
のぼせてしまいそうな程、顔を赤くしたの手を取ってそっと甲に口付けを落とした。
サイト1周年記念小説の割には、大した事なくて申し訳ありません…。
最初は、ヤンと混浴風呂で出会わせようかと思ってたんですけども
次第にククルと被りそうになったので変更。
ただのヤンの眼鏡話になってしまいました^^;
しかし…バーン国の科学の発展って凄いな。
なのに連中は馬を愛用し続けてるもんな。
今度、年表とか設定とか作ってみたいです^^;
きっと全然説得力のない内容になるに違いない。
さぁ、それはさておき。
ここまでサイトを続けてこれたのも皆様のお陰です^^
是非是非、今後もR⇔Rとアークバーンの伝説を宜しくお願い致しますm(_ _)m
吉永 裕(2006.11.3)
名前変換小説のメニューに戻る