「…レノンさん」

思わず出た言葉に驚く。

「…別に好きとか…思った事なんて…ないし」

自分に言い聞かせるように呟いた。

だって彼の事、全然知らないし。優しい人だっていうのは知ってるけど…でも…。
係が同じだから辛うじて関わりがあるだけで、それ以外の場では私たちが関わる事なんて…。

――それでも…。
時折、穏やかに微笑むその顔や、広い彼の背中を見て、胸が…温かくなるのも事実で。


 そんな事を思いながらはふらりと散歩をする事にした。
折角、異国の地に来た事だし、色々見て回らないと勿体無い気がして旅館の隅々まで歩き回る。
すると中庭でレノンが佇んでいるのが見えた。

「…レノンさん?」

は彼を見上げながら呼びかける。しかしいつものように無反応だった。

…いいけどね。慣れてるし。

そんな事を思いながら、は彼の目線の先にあるモノを見る。
それは夜空にポッカリと浮かぶ美しい月だった。

「…綺麗な月だね」
「…あぁ」

静かに彼は返事をした。
そんな彼の横顔をはじっと見つめる。
銀色の月明かりが彼に降り注ぎ、彼はまるでガラスでできた人形のように白く美しく見える。

「…月など…暫く見なかった」

そう言うと、レノンはふっと表情を緩める。
そんな彼にの表情も明るくなった。

「そうだね、普段は意識してあんまり見ないかも」

そうしても月を見上げる。


2人の間に沈黙が流れる。
それでも、全然気まずいなどとは感じない。
寧ろそんな静かで穏やかな時間を彼と共有できる事を嬉しいと思う。
傍にいると、彼の優しい気持ちが伝わってくるような気がするのだ。
それは科学的な根拠などは何もないけれど、
恐らく一種の精神エネルギーとか、その人の持つオーラというモノなのだろう。

……そんな少しずつ滲み出るような彼の優しさに惹かれて、私は――


「…どうかしたのか」

彼の横顔を見つめていたら、バッチリ目が合った。

「あ、べ、別に…」

咄嗟に首を振るが何だかとても頬が熱い気がした。
もしかしたら顔が赤くなっているかもしれないが、レノンはきっと気づかないだろう、とも思う。
だって彼は動物と植物以外の事に関しては、結構無関心だから…。

「――具合でも悪いのか?」
「え?」

突然の彼の言葉には驚きの声を上げる。

「顔が赤い」
「え!? そ、そうかな」

こんな月明かりの下にいるというのに、
しかも、まさかあのレノンさんに、顔色がバレているなんて!!!!

恥ずかしさでは俯く。
そんな彼女を心配してか、ピタリと額に冷たい彼の手が触れた。

「…っ」

彼の行動に驚きすぎて言葉にならない。
ただ益々顔は熱くなるばかりだった。

はすぐに無理をする。…心配だ」

ポツリと呟いた言葉にドクンと大きく胸が鳴る。

「そんな、無理なんて全然…」

胸がギュッと締め付けられているようで、何かが胸から喉にかけて詰まっているような感じもして、
それを察知されたくなくて、は無理矢理に笑いながら首を振った。
そんな彼女の笑顔にレノンは苦笑する。

「――俺が無理をさせているのならば、もう近づくまい」

突如、彼から飛び出した悲しい言葉。
それがの胸に突き刺さる。

「ヤダ!!!」

はグッと彼の袖を握った。
自分でも無意識の行動だった。

「…そんなの、嫌…。――だって、私…」

益々胸が苦しくなる。
言葉が詰まってなかなか出てこない。
それでも、このまま離れて行かれるなんて絶対に…嫌――!

「レノンさん、私ね…」


――貴方と一緒にいる時間が、とても…とても大切で幸せに思えるから…。
…そんな悲しい事…言わないで……。
私、レノンさんにはもっと近くにいて欲しい。


「――レノンさんが、好き」


最後の言葉を口にした瞬間、涙がポロリと零れ落ちた。
それに気づいた彼は細い指で優しく拭う。

「…俺も同じ思いを抱いていた」


――言葉を交わさずともが傍にいる、それだけで。

俺は心穏やかになれる。


そう言うと、レノンはそっと手を取り、すっと手の甲に口付けをした。



 「…」

はゆっくりと目を開けた。

「……あ…れ…?」

辺りをキョロキョロと見回すと、そこは国立研究所のベッドの上だった。

…あ、そうか。
私、身体の定期検査に来てたのにいつの間にか寝ちゃってたんだ。

額に手を当てながら起き上がる。

「お疲れのようですね?大丈夫ですか?」

ヤンが顔を覗き込むが、はうんと頷いた。

「大丈夫、大丈夫。温かいから気持ちよくなっちゃって」

――夢…かぁ。

なんだぁ、と顔を赤くして俯いた。

そりゃそうよね。
アーク国とバーン国の皆が仲良く同じ学院にいるんだもん。
そんな事、あるわけないし。
それに…私、レノンさんに告白しちゃったし……。

そんな事を思い出すと、は辺りを見回した。
レノンはこの部屋にはいないらしい。

「ね、ヤン。レノンさんは?」

データの集計に忙しそうなヤンに尋ねると、彼は窓の外を指差す。

「レノンさんならあっちの植物育成施設にいる筈です」

そうしては窓の向こうの建物に目をやった。

「植物育成施設があるなんて初めて知ったよ」

パチパチと瞬きをしながら呆然とその建物を眺める。
するとヤンは

「今日の検査はこれでおしまいなので帰っていいですよ」

と言い、

「レノンさんを迎えに行ってやったらどうです?
 あの人、剣の稽古と植物観賞の時は時間を忘れて没頭しちゃう人ですから」

と言うと目を細めて笑った。
は「へー、そうなんだ」と思いながら立ち上がる。

「じゃあまたね」
「はい。お大事に」

そうしてヤンの部屋を出て、外へ繋がる回廊を歩いていくと次第に植物育成施設が大きく見えてきた。



 「…わぁ…」

上を見上げながらは口を開く。
植物育成施設というだけあって、建物の屋上や周囲など、色取り取りの花が植えられていたのである。
そうしてヤンに教えてもらった暗証番号を入力すると、施設の扉が「ギギギ…」と開いた。

中は沢山の部屋があり、色々な植物が育成されていた。
氷で覆われた部屋に咲く花があったり、マグマが噴出すような環境で芽生える植物もある。
少し歩くとそれらの植物を粉にしたり、成分を抽出したりして薬品を作っている研究室もあり、
その全ての部屋が透明なガラスの板のようなもので仕切られていて、廊下から中を見渡せる状態になっていた。
そんな普段の自分の生活とは全く違う環境に興味を抱きつつ、はコツコツと靴の音を響かせながら奥の部屋へと向かう。

 「…ここは……」

一番奥の扉を両手で押すように開けると、一面の花畑が広がっていた。
室内にある中庭のような空間で、天井は丸いドーム型で透明な材質のモノで作られていて、開閉できる仕様らしく
その開いた天井から入ってきた鳥達が小さな木々に止まったり、蝶がヒラヒラと舞っていたり、
そこはまるで春を切り取って持ってきたかのような光景だった。
部屋の隅には綺麗に手入れされた薔薇などもあり、花園という言葉が頭に浮かぶ。
そんな空間の中に見つけた、ひっそりと佇む彼の後姿。
外は日が傾き、茜色の光がこの部屋に差し込む。

「…レノンさん」

は静かに彼の名を呼んだ。
彼はゆっくりとこちらを振り向く。
無表情なのは変わらないけれど、それでもどこか彼は穏やかに見えた。
見えた…というか、穏やかな雰囲気を感じたのかもしれない。
もしかしたらこの茜色の光がそう見せたのかも。
そう思いながら一歩ずつ地を踏みしめるように彼に近づく。

「…検査は終わったのか?」
「うん、もう終わったよ」
「悪い所はなかったか?」
「うん、今の所はないって」

そう言うと、レノンは「そうか」と呟き、少し口角を上げた。
そんな彼の様子を見ては嬉しく思う。

「ね、レノンさんはよくここに来るの?」
「…時々だ」

静かに口を開くと、彼は入り口の方へ歩き始める。
どうやら城へ帰るらしい。 そう思ったは咄嗟にレノンを呼び止める。

「あ、レノンさん!!」

グッと彼の左袖を掴んだ。
そんな彼女の行動にレノンは「どうした」と立ち止まる。

「あ、あの――」


カルトスに外出許可貰うからさ、
今度、レノンさんがここに来る時は、私も一緒に連れて――


言いかけて言葉が止まる。
何故なら彼が穏やかに微笑んでいたからである。

「…そうだな」

穏やかな表情のまま、レノンは扉を開けてが先に通るのを待つ。


――ここで1日過ごすのもいいかもしれない。殿と一緒なら。


前を通る時に微かにそんな言葉が聞こえた気がして、驚いて彼の顔を見上げると
夕日のせいか色が白い彼の頬は少し赤く染まって見えた。







サイト1周年記念小説の割には、大した事なくて申し訳ありません…。
も〜、ホントにレノンの恋愛話は苦手です…^^;
ラブラブになんてなれないよぉ。
唯一口にキスしてないのはレノンだけだった気がします。
彼はね、そんな事しなくても愛してくれてますから。

さて、夢の中ではレノンさんの呼び方が変わってます。
さすがに同じ係の主人公に○○殿、とかお主、とかは…違和感ありまくり過ぎる、と思って^^;

ホントに難しいお人です。


さぁ、それはさておき。
ここまでサイトを続けてこれたのも皆様のお陰です^^
是非是非、今後もR⇔Rとアークバーンの伝説を宜しくお願い致しますm(_ _)m


吉永 裕(2006.11.3)



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